第30話 神槍の真価






 無言での前進が続く中、何度か3つ足の植物モンスター『トライサプリング』と出くわした。しかし、最初の一匹以降はとりあえずスルーする方針が取られ、地面を這う蔦に注意しつつ、トライサプリングから大きく距離を取りつつ脇を通り過ぎた。


 自走する能力があるという話だが、ダンジョンに入ってからはまだ歩いているトライサプリングはまだ見ていない。

 ダンジョンに入る前にも捕獲され研究用に地上で飼育されているものを映像で観た。地面の栄養をより効率良く吸収するために少しずつ移動する以外に、音で獲物を見付けた際に近付くために歩行することがあるようだが、本気を出せば人間の早歩き程度の速度が出せるらしく、一見ただの若木に見えるそれが意志を持ったかのように不意に歩き出す様子は映像越しとは言え非常に不気味な動きだった。






 『八王子Deep』は、奥に進めば進むほど明るくなってくるタイプのダンジョンである。奥に進むほど壁面を占める発光レンガの割合が増える。


 二股に分かれた通路が現れた。

 片方は上へと続く登り坂、その先は少し仄暗い。

 もう一方は下へと続く下り坂。その先はこれまでの通路よりも更に明るい印象を受け、坂道を登る途中のように見える(ソヨギが見たときは例によって静止中)2体のトライサプリングがその場に居た。




Travis:とりあえず、目的地に着いたね。




 トラヴィスのコメントに、探索者各々は小さく頷く。

 この2体は邪魔ですわね、とタイプを打ちながらアイビーは先行し、2体のトライサプリングに素早く青龍偃月刀を振るい、瞬く間に2体の蔦と幹に刃を走らせた。

 トライサプリングを無力化し、アイビーを先頭に光の溢れる下り坂の先へと降っていった。




○:ついに来たか……!

○:うわ……

○:ヤバいヤバいヤバいエグいエグいエグい

○:あばばばばばば

○:圧巻だし、怖過ぎる




 下り坂の先に現れた光景に、配信動画の視聴者達が色めき立つ。ソヨギ自身も、偵察ロボットが撮った映像を観てはいたが、改めて現実にこの場に立つと、その恐ろしい光景にゾッとさせられてしまう。


 その空間は、非常に広いドーム状の空間だった。サッカーグラウンドくらいの広さはあるんじゃないだろうか? そのドームの壁に開いたトラック一台分ほどの穴から下り坂を降り、我々はその空間に足を踏み入れた。 


 視界は明るい。ドーム状の天井の大部分が発光するレンガで構成されており、ここまで通ってきた通路のどこよりも明るい。


 何よりも目を引くのはドーム一杯にひしめく大量のトライサプリングである。例えば人の背丈ほどの高さがあるトウモロコシ畑がずっと続いているような風景。ドーム状の空間を占める人ほどの高さで起立する植物全てがモンスターである。いまは微動だにせず直立しているだけだが、少しでも物音を立てるとこの植物群は弾かれたように動き出し、音源に向かって機械的に襲い掛かって来るのだ。想像しただけでもゾッとする。


 そしてその先、植物モンスターの農園の中央に鎮座する、宙に浮かぶ巨大な発光体がそこにある。人の背丈ほどの大きさの、掘り出した巨石のようなフォルムだが、その表面から翠色と空色がマーブル状に混ざり合うような奇妙な輝きを放ち続けるこのダンジョンの核、巨大奇光石が浮かんでいた。




Travis:さて、ここからだ。まずは手筈通り、安全地帯の確保を行うよ。拡張現実内に魔法陣構築に必要なスペースを描写する。ソヨギとアイビーは、その範囲内に居るトライサプリングの排除を頼む。私とシズは魔法陣の構築の準備をする。




 『八王子Deep』最深部の光景に圧倒されている一行に、トラヴィスのコメントが働きかける。


 全員が無言のまま自分に注意を向けたのを確認したトラヴィスは空中の(本人にしか)見えないキーボードを操作する。

 すると、ソヨギの足元に、不意に白い線で描かれた魔法陣が姿を現す。しかしこれは実際に地面に描かれている図形ではなく、VRゴーグルから見た景色に、バーチャル上の立体映像を重ね合わせているだけに過ぎない。パーティー全員の視界に、同じ場所に魔法陣の構築予定場所を表示しているのだ。


 その魔法陣の広さは直径大体3メートル。巨大ドームの出入り口からダンジョンの中央に向かって描かれた円。その完成予定場所の上には、何体かのトライサプリングが乗っかっていた。トライサプリングの一団は、入り口側から見て左右両サイドの壁際に固まっているのだが、何体かは群れを離れ、入り口の傍まで移動してきている。


 アイビーはさっそく、ソヨギに視線を向けつつ、間近に居る植物モンスターの一体を指差した。


 ソヨギは、足元を這う蔦の位置に注意を向けながら、槍を緩く突き出しゆっくりと近付く。


 そしてトライサプリングの幹の部分に狙いを定め、


 一息で槍を突き出し、


 トライサプリングの幹を突く。


 槍の先端は、驚くほどするりと、抵抗無くトライサプリングの幹を貫く。


 突き刺すと同時に緑色のトライサプリングの全身が水分が抜けるように茶色く変色し干からびてしまった。


 ソヨギは槍を引き抜く。

 槍で一突きしたトライサプリングの身体はそのまま根元まで黒くなり、ボロボロとその場に崩れ落ちてしまった。


 ……トライサプリングが枯れ果て崩れ落ちる音が不気味なほど静まったモンスターが繁茂するドームに響き渡ったが、周囲のトライサプリング達は一切動く様子を見せない。

 よく出来ているというべきなのか、トライサプリング達は周囲の物音に敏感に反応する反面、トライサプリングを由来とする音に対しては殆ど反応を示さない。移動のときに葉と葉がぶつかり合う音や枯れたトライサプリングが傍で倒れたとしても、トライサプリングはピクリとも動かない。生物としての構造上の性質かあるいは奇光石の思惟によって同族が立てる物音を作為的に無視しているらしい。蔦を動かすにもエネルギーが必要な訳で、植物が立てる物音は最初から無視するような習性になっているのだろう。無論、音でしか周囲の状況を判断しないトライサプリングは、間近で同族が朽ち果てて倒れる音を、寿命により枯れて倒れる音なのか、魔法により枯れて倒れる音なのかの違いがわからないのだ。




 


 ソヨギがWEB会議にて初めてトラヴィス・フィビスと対面したとき、トラヴィスにひとつ質問をされた。銃や大砲と比べて、弓や槍が敵を殺傷する武器として圧倒的に優れている点が何かわかるかな? と。


「…………消音性、ですか?」


 ソヨギが恐る恐る答えると、「さすが、よくわかっているね」と腹に一物のある胡散臭い若手実業家のような声に翻訳された日本語と共に満足げに笑った。


 このときソヨギがトラヴィスの問いに即座に正解出来たのには理由がある。このWEB会議の時点で、灯藤オリザの所属事務所の後輩で音響魔法のスペシャリストである大轟寺シズとなにかしらの案件に取り掛かっている最中だと前もって聞かされていたからだ。その前提が頭にあれば、なにかしら『音』に関することが議題に上る可能性があると予想は付く。


 八王子Deep攻略にソヨギが誘われたのはいまから二か月前。トラヴィスが八王子Deep攻略の構想を練っている段階で、オリザが上三川Deepの探索の結果報告をする動画を観て『面白いチートスキル能力者が居るな』と興味を持ったらしい。世の中なにがどう影響し合うかわかったものではない。


 ……現代魔術勃興以前の武器の発展は『エネルギーの爆発を如何にコントロールするか』に注力されてきた。爆発。つまり騒音からは逃れられない。消音による隠密性よりも、如何に的確かつ確実に敵を破壊出来るかの方が重要視されてきた。そもそも、ダンジョン化禍以前の銃火器需要は専ら人類対人類に偏重していたので、武器の行使自体が最終手段であり、武器単体の消音性よりも『如何に武器を使わずに問題を解決するか?』『止む追えず武器を使う場合確実に敵を仕留められるか?』の二点の方がよっぽど重要であった。

 武器の爆発音を極力抑える技術も一応発展はしてきた。養老山Deepで義山厳太郎がアサルトライフルに取り付けていたサプレッサー(消音器)もそれに当たるが、それらの道具は精々『発射音を少し抑える』程度のものであり、ソヨギの傍で発砲していた義山の銃声もしっかりと聴こえていた。騒音や雑踏の中で遠距離から狙撃するとか音が聴こえる範囲を出来るだけ狭くする、みたいな状況ならそれなりに有用性はあるだろうが、今日この場所のように一切の物音を許さないような環境においては意味を成さない。


 しかしいまは現代魔術が発達した時代。科学に出来ないことでも魔法で補えるケースは多いし現にいまここに居る大轟寺シズは音響魔法の専門家なのだが、またここでひとつ別の問題が発生する。大器小用になりかねないということと魔力キャパシティの問題である。


 魔術の発動自体は無音だったとしてもそれが物質や自然界に影響を与えるとき、やはり何らかの音が鳴る。物を爆発させたり物を遠くに投げつけたりする魔法を発動する瞬間は無音だったとしても爆発音や激突音はやはり大きく鳴り響く。無論それらの音が鳴り響かないようにする魔法を使う選択肢は存在するが、それを実際にシズにやらせるとなると、『人材が勿体無いのではないか?』という話になる。


 音を出す魔法と共に音を消す魔法も得意とする大轟寺シズは、音に反応して動き出すトライサプリングが大量発生している八王子Deep最深部においてあまりにもクリティカルな人材だった。適材だった故に、シズにはあらゆる状況に即座に対応出来るように余裕を持たせて運用したいとトラヴィスは考えた。

 それに大轟寺シズは『一般的な一流魔法使い』程度の魔力キャパシティしか持っていないので魔法の行使回数も考慮に入れなければならない。チートスキルで魔力効率に大幅なブーストが掛かったオリザが何十回も攻撃魔法を使うその度に消音魔法を掛けていたら途中でシズの魔力が先に無くなってしまう。シズの運用方法としてはあまりに勿体無い。


 反復作業で大轟寺シズの魔力を消耗するのは勿体無い。それ故に新たに企画参加を要請されたのが牧村ソヨギだ。


 先述の通り、トラヴィスがソヨギ用に用意した小星型十二面体が連なる槍は立体的な『御札』としての役割を果たす。そこに彫られた術式は簡単に要約すると『この槍で突き刺された植物を瞬時に枯れさせる。魔力の伝導音及び槍の刺突音を完全に消音する』である。






 グングニル・アサイン。


 トライサプリングが粉になって朽ち果ててから、ソヨギはそのキーワードを心の中で強く念じる。「グングニル・アサイン」と言葉にせずとも念じればチートスキルは発動する。それはオリザによる『上三川Deep』の探索に関する配信でソヨギが地縛霊(と思しきもの)に首を絞められた際のエピソードで明言されており、それを聞いたトラヴィスはソヨギをパーティーに加える決心を固めた、とのことらしい。本当に、世の中なにがどう作用するのかわかったものではない。


 魔力が伝導した際に過負荷でへちゃげた計24個の星形の立体はチートスキル発動と共に音も無く形が復元され、元の綺麗な星形に戻った。星形の表面に彫られた古今東西様々な呪文や図形を組み合わせた『術式』もハッキリ見て取れるようになった(ハッキリ見て取れるだけで何が描いてあるのかはまるでわからないが)。


 ソヨギの背後に居るアイビーがソヨギの槍の柄に手を触れ、復元された槍に魔力を注入した。


 ソヨギに随伴しているアイビーの役割は主に3つ。ひとつは攻撃対象の指定、2つ目はソヨギの槍への魔力の注入、3つ目は万が一ソヨギが物音を立ててしまった場合にソヨギを抱えての撤退のためだ。

 魔力の注入に関しては別にアイビーである必要は無く、アイビーの魔力量が枯渇しそうな場合はオリザも加わる。トライサプリング撃破における消音のための負担をシズひとりに集中させるのではなくパーティー全体で分散させるための方式である。


 つまり、ソヨギがこの探索に加えられた理由は、大轟寺シズの魔力節約のためである。

 




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