第28話 深部との境界
坂道の終点はちょっとした広間のようになっていた。
エレベーターは少しずつ速度を落とし、音を立てないように非常に静かに静止した。それまでの遠慮の無い駆動音に比べればかなり意識的な消音のように思われる。
タラップからエレベーターを降りる一行。
降り際にオリザは「いってきます」と言い端末でエレベーターを操作していた自衛官に手を振る。それに敬礼で応える自衛官。エレベーターは取り敢えずこのまま待機、ボス・エネミー討伐成功後にパーティーを地上に返してくれるはずだ。もちろんそれは、討伐が成功すればの話であるが。
そのまま土を押し固めただけのように見える床と内壁の広場を進むと、すぐに眼前に、巨大な鉄製の門が姿を現す。
トラック一台余裕で通過できそうなほどの巨大な門だが、いまは完全に閉ざされている。閉じた門の中心には非常に大きな魔法陣が彫られている。
門の傍の詰所から数人の自衛官とローブを着た魔法使いが現れ、地上からやって来た探索者達に敬礼するなり頭を下げるなどする。
自衛官の一人が、鉄の門の下部にある小さな扉を開く。成人男性の背よりやや低い入り口から、探索者5人は潜り込むように一人ずつ先に進む。
○:アイビーさん、背が高いから通りづらそうwww
○:見た目物々しいけど鉄板割と薄いよなこの扉。これボス・エネミーが来たら簡単に破られるんじゃねぇの?
○:この扉の部分狙われると簡単に穴が開きそう。
○:扉はあくまでの結界魔法の依り代。扉自体の強度はそれほど重要視されない。
○:もしボス・エネミーの討伐に失敗したら、さっき映ってた国選魔法使いが扉の結界を発動させてボス・エネミーをダンジョン内に閉じ込める。ダンジョンから地上への出入り口はここだけだからボス・エネミーの再結晶化までここで閉じ込め続けることになる。
○:え……、もしこの扉が破られたら……?
○:上に駐留してる自衛隊の皆さんが全力で食い止める。
○:うわぁ……
○:まぁ、そうなるのか……?
○:え、待って? じゃあソヨギ達はいまからここに閉じ込められるの……?
「視聴者から質問があったから答えたい」
扉を潜り、配信視聴者のコメントに視線を走らせていると、先に潜り終えていたトラヴィスが急に皆に向かって語り掛けてきた。パーティー全員と、その視聴者達全員に。
「先程通り過ぎた扉は魔術的に内と外を隔絶する術式が施されてはいるけれど現在は発動していない。まだ『模様の描かれた鉄の扉』でしかない。我々がボス・エネミー討伐に挑んでいる間も術式は発動されない。しかし、我々が討伐に失敗し脱出が間に合わなかった場合は我々の生死を問わずこの扉は封印されることになっている。これに関してはパーティーメンバー全員から事前に同意を得ている。ボス・エネミーがダンジョン外に流出する最悪の事態は避けなければいけないからね」
○:おぉ……
○:マジか、ヤバ
○:必要な措置なのはわかるけど、こう改めて言われるとな……
○:ボス・エネミー討伐、マジで命懸けだな
恐らく、トラヴィスの配信の視聴者も、ソヨギの配信に寄せられたものと似たような疑問をコメント欄に書き込んだのだろう。
「まぁ、もちろんトラヴィスの攻略法(チャート)に確実性を感じたからこそわたくし達も参加をしましたの。命懸けでしょうけど、死ぬつもりはありませんわ」
トラヴィスの説明に付け加えるアイビー。オリザもそれに力強く頷き、シズも静かに頷いた。
……単独での普段の探索動画配信、海蝕洞の一部と合体するように発生した地元のダンジョンにおいて、小型の水棲モンスターを狩るためにソヨギはしばしば一人で探索する。
入り口周辺なら比較的安全なのだが、それでもダンジョンの奥から凶眼半魚人やドロウミガメなんかが現れたら全力で逃げねば命が危ない。
無論、その辺を対策したりビビったりする様子を動画で配信している訳だが、コラボ配信で有能な探索者と探索をするというのはつまり、安全が確約されるのではなくより危険な目的のために冒険をするに他ならない。
配信を観てくれる皆は良い感じに怯えてくれるけど、ソヨギにとっては、一人の配信でダンジョンの奥から物音が聴こえた瞬間猛ダッシュで逃げ出していたときと本質的にはあまり変わらない。ダンジョン探索動画配信は本質的に、スリルをエンターテイメントにする側面もどうしようもなく存在する。
一人だろうと仲間が居ようと、危険のことには変わりはない。普段と対して変わりはない。
そう言い聞かせておかないと、プレッシャーがヤバいことになりそうなのでそういうことにさせておいて欲しいのだ……!
「音は……、どうなのかな?」
オリザは、恐る恐ると言った感じでシズに質問する。その質問が、一行の空気に微かに緊張を走らせる。
「まだ、普通の話し声なら大丈夫です。通路の途中に防音壁がありますから、そこに行くまでは大丈夫ですよ」
「そのチェックポイントもぉ、かなり余裕を持った位置に設定してあるからぁ、普通のトーンで喋ってくれてもまだ構わないよぉ~」
そう言うトラヴィスは、肩を竦めながら擦れるような小声で、目を見開きながら周囲に言い聞かせるように喋る。
「顔がうるさいですわ」
トラヴィスの顔芸に辛辣な言葉を吐くアイビー。
『八王子Deep』内の壁はくり抜いた土を外側から押し固めたようだが、所々長方体のレンガを思わせる塊が埋め込まれており、それが仄かに明るい薄緑色に発光し、視界を確保する光源になっている。進めば進むほど、土を固めた壁と発光するレンガの壁が混在するようになってくる。奥に進めば進むほど壁が整備され明るくなってくるような錯覚を受ける奇妙な構造のダンジョンである。
リスポーンポイントは最後のひとつ(巨大奇光石)を除き全て破壊され、その道中のモンスターも討伐され尽くしたので、道中でモンスターに出くわす可能性はほぼ無い。そこは気楽な気持ちで前に進める。時々、リスや巨大な蜘蛛のようなシルエットが地面や壁に待機しているが、それらは人類サイドが放った電波の中継や魔力の感知を行う小型ロボットである。
ダンジョンの通路は自動車一台は余裕で通れる程度に広いし、天井も高く壁に埋め込まれたレンガも発光して明るいので圧迫感も感じない。モンスターも一切出現しないので歩くだけなら先日の狭く暗いモンスターも突然現れる『養老山Deep』よりも遥かに負担が少ない。時折分かれ道も存在するが、先達の探索者が順路の標識を設置しているので道に迷う心配も無い。
「えと……、目的地の巨大奇光石は地上の位置で言えば高尾山中腹辺りになります」
淡々とした歩行移動が長く続いているので、シズが動画配信に寄せられた質問に幾つか答えている。
「えー……、それって結構遠いんじゃない?」
シズの言葉に、うんざりしたようにコメントするオリザ。
「でも、エレベーターで大分距離を稼いだので歩く距離はそれほど長くありませんよ。もう半分くらいのところまでは来ているんじゃないですか?」
まだ半分か……、と思わなくはなかったけれど、先人達は我々と同じ距離をモンスターの群れを討伐しながら進んだのだ。
「それで、ボス・エネミーを倒したあと、ダンジョンを構築するための魔力も失われてダンジョンが崩れるんじゃないのって質問なんですけど、基本的にすぐには崩落しません。ダンジョンの内部構造や壁に掛けられている魔法は、まぁ解析されている範囲の情報を鑑みると、『一定時間地下空洞をダンジョンの形に保つ魔法』を維持し続けている仕組みで。ボス・エネミーを倒して術式の維持や魔力の供給が得られなくなったとしてもしばらくはダンジョンは崩れない。これは過去にボス・エネミーを討伐したケースでも検証されているから間違いありません」
「巨大奇光石という要石が無くなっても一定時間はダンジョンの形は維持される訳だね。実際の所、要石の状態が即時ダンジョン全体に反映される術式モデルはあまり現実的じゃない」
シズの配信視聴者への返答に、急に割って入って来るトラヴィス。
「魔力、というか魔力に籠められた思惟は音や光の波のようにお互いに干渉し合う性質が実はある。現代魔術は強固な思惟を術式で更に強化しているから隣同士で別々の魔法を使ったら効果が変わってしまう、なんてことは基本的に起こらないけど、感じ取れないレベルでは間違い無くお互いに影響を与え合ってしまっているんだ。しかし魔法の対象となるダンジョンはあまりにも巨大過ぎる。巨大奇光石の状態が絶えずダンジョンの構造に影響を与えてしまうような術式を採用してしまうと、現代魔術レベルでは殆ど影響の無い些細な干渉でも、魔力が巧く伝わらずにダンジョンの構造に不具合が出てしまう。モンスターや探索者が魔法を使うたびにどこかで崩落が起きるなんてダンジョン、あまり想像出来ないでしょ?」
「……魔力が巧く伝わらなくするって、トラヴィスさんの得意分野ですよね?」
オリザが訊くと、「まぁ、研究の副産物のようなものだけどね」と得意げかつニヒルにトラヴィスは笑う。
「ええと、話を戻します。
それで、ボス・エネミーを倒したあとですけど……、試算では約一日、24時間はダンジョンの形状は維持されるはずです」
「ただ、誤差はかなりあるはずだから、確実に安全に脱出するためには20時間以内を見ておきたいね」
……ボス・エネミーを倒して20時間以内に脱出せねばならない。まぁ、脱出に必要な時間に関してはそれほど心配する必要は無いだろう。仮に我々が身動きが取れないほど負傷していたとしても動画配信を観た自衛隊員が現場に急行して搬送するまでの時間は十分にある。
だからやはり問題は、このパーティーがボス・エネミーを倒せるかの一点だけである。
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