後記 あまり喜ばしくない類の後日談




 『上三川Deep』探索の4日後、ソヨギはジンジから連絡を受けた。「伝えたいことがあるからWEB会議に参加して欲しい」とのことだ。


 その日の夜、早速そのWEB会議が開かれることになる。参加者は4人、先日の『上三川Deep』の探索に参加したメンバーだ。


「……忙しい中集まってもらって、ありがとうございます」


 そう切り出すジンジの様子は少し異様で、明らかにやつれているように見えてしまった。顔に掛かる陰が深く濃く、探索中は精力的だった大きな瞳が、どことなく虚ろに見えてしまう。


「ええと、山野辺さん、大丈夫ですか? なんか異様に疲れているように見えますけど?」

 ソヨギが心配しながら尋ねると「ああ、まぁ、大丈夫、許容範囲だよ」と曖昧に返事をしてくる。


「ええと、どこから話そうか悪いニュースと悪いニュースがあるんだけど……」

「わ、悪いニュースしかないの……?」

 オリザが思わずツッコミを入れた。


「厳密には、『悪いニュース』と『嫌な予感がするニュース』かな……」

 どちらにしろ碌でも無さそうなんだけど……。


「えぇ……、まぁ、じゃあ、悪いニュースから、でいいかな?」

 何となくソヨギとルブフに同意を求めるオリザ。ソヨギはわかりやすく頷き、ルブフは無言で同意する(本筋とはあまり関係無いが、このときの狐崎ルブフの服装は薄手のニットのセーター。なんか日常的に巫女装束を着てそうなイメージを勝手に持っていたから、普通の服を持っていることに何故か驚いてしまった)。


「わかった……。先日の探索で撮った映像のフィルム、専門の業者にデジタル化してもらうために直接持ち込みに行ったんだけど、受け渡しの前にフィルムを確認したらとんでもないことになっていてさ……」

 

 酷く憔悴した様子でそんなことを言いながらキーボードを操作するジンジ。


「……ちょっと刺激が強いものが映るよ」

「……え?」

 オリザがちょっと顔を顰めたが制止しようとはしなかったのでジンジはキーボードの操作を続け、新しいウィンドウを表示した。


 途端、ソヨギとオリザから声にならない悲鳴が漏れる。


 画面には人の顔が映っていた。


 画面いっぱいを占有するほどドアップの白い顔で、顔のパーツの輪郭が曖昧。ただ、口を大きく開いて何かを叫んでいるのはなんとなく見て取れた。

 そしてそれは静止画ではなく、コマ送りのように少しづつ角度や輪郭が変化するが、誰かが叫んでいる映像らしい点はずっと変わらなかった。


「えっと、山野辺さん、これは……?」

「……先日牧村さんの槍に付けたムービーカメラで撮ったフィルム映像だよ」

 恐る恐る聞くソヨギにジンジは力無く返答した。


「フィルムで撮った映像はみんなこんな感じになっていたよ。撮ったフィルムの上からこの人の顔が重なるように焼き付いたみたいにね」

「いやでも、旅館から出た直後に確かめたときはちゃんと撮れてましたよね? オレも確認しましたし」

「うん。でも、次の日にフィルムをデジタル化してくれる会社に、念のために自分で持ち込みに行ったら渡す直前にこういう感じになっていてね。ずっと光が当たらない場所に保管してたから露光とかじゃないはずなんだよね。一応デジタルに変換しては貰ったんだけど、全編こんな有様だね……」


「ジンジくんの身体には、何か不調は無いかい」

 黙って聞いていたルブフは、ここにきて口を開いた。


「ああ、身体は問題無いです」

 やつれた様子を見ると、そういう感じには見えないのだが。


「恐らく、霊が旅館からジンジくんの元まで着いて来たんだろうね」


 ルブフがそう言うと、WEB会議には非常に張り詰めた沈黙が流れた。


「わたしやオリザが居る時点では手が出せなかったんだろう。そしてジンジくんが一人になった時点で、ピンポイントでフィルムだけに対して攻撃を加えた。やはり、あの旅館の霊は、情報漏洩には非常に厳しいらしいな」


「…………」


「明日、改めてキミの家にお祓いしに行くよ。玄関や窓の前に盛り塩をしておいて欲しい。会議が終わったらすぐにね」

 ルブフが助言すると、ジンジは力無い様子で「はい」と返事する。


「あっ、アレはどうなんです? へぐ・あざぜるさんを連続で除霊したときに遠くに設置していたドローンカメラは?」

 決死の覚悟で訊いてみたソヨギだが、ジンジの変わらぬ虚脱した様子に、返事を聞く前に結末が読み取れてしまった。


「あれもさぁ、途中まではちゃんと撮れてたんだよ。でもへぐ・あざぜるさんの霊が出てきた瞬間画面が急にブレまくってさ、コマ送りで観返しても何が撮れてるか全然わからない状態になっちゃってたんだよ……」

「えぇ……、心霊スポットの情報セキュリティすご……」


「まぁ、そんな訳でさ、今回『上三川Deep』の映像データ、ダメになっちゃって、何の成果も無いって感じになってしまったんだ。本当に申し訳無い……」

 痛々しいくらい、居た堪れない様子で口にするジンジ。


「いえ、そこは山野辺さんが謝る所じゃないですよ! ベストを尽くして、ダンジョンの方が一枚上手だったってだけなんですから!」

 身を乗り出してジンジを擁護するオリザ。ソヨギもこくこくと頷く。


「実際の映像は駄目になったのは残念でしたけど、生配信の話のネタとしては十分に面白いですし、今回の探索も無駄では無いですよ!」


「いやぁ……、それはそうなんだけどねぇ……」


 オリザの必死の慰めにも、ジンジは沈痛そうな表情を見せる。


「結局話の信憑性に重要なのは証拠の映像じゃん? そこを提示せずに動画配信しちゃうとさ、そこの真偽を疑う人がどうしても出ちゃうじゃん!? そういう正しいか間違ってるか結論を出しようの無い疑念をオリザに向けられちゃうじゃない? ウチのタレントにそんな負担、掛けたくないんだよねぇ~……」

「あー……」


 ……マネージャー兼プロデューサーである山野辺ジンジの懸念は要するにその、『灯藤オリザ』のブランドイメージなのだろう。ダンジョン探索者としてのある種の潔白さが損なわれるようなプロデュースを行う訳にはいかないのだ。その辺の苦労をオリザも十分わかっているので、ここまで言われると、オリザも何も言えなくなってしまうのだろう。


「あの、オレに関しては映像無しで話してもらう分には全然問題無いですよ、好きにやっちゃって下さい!」

 両者の助け船になるかはわからないが、ソヨギは嬉々として宣言する。

「わたしも、契約の範囲内なら好きに話してもらって構わない」

 ルブフもソヨギに続き、そう口にする。


「……この件についてはちょっと他と相談しつつまた別で話し合おう。今日の所は一旦脇に置いておくよ……」


「はい……」


 努めて気丈に話題を切り上げるジンジと、神妙に同意するオリザ。ジンジの中でも、せっかくのエピソードを披露して欲しい願望と一切の証拠無しでダンジョン内の話をするリスクがせめぎ合っているのだろう。


 ……ジンジがやつれたように見える理由って、もしかしたらその辺の葛藤が主な原因なのかもしれない。






「それで、『嫌な予感がする話』というのも聞いておきたいのだけれど?」


 それぞれにジレンマに悶えるジンジとオリザの様子をあえて気にしない様子で、ルブフが話の続きを促す。


「……これを観て欲しい」

 ジンジはまたパソコンを操作し、先程まで霊(と思しきもの)に台無しにされた探索映像が映し出されていた場所に新しいウィンドウが開く。


 そこには見知った、


 なんかすっかり見飽きてしまった気がした、


 へぐ・あざぜるの姿が現れた。


 ジンジ以外の3名は思わず顔を顰める。


 そしてさらに目を引いたのは、そのへぐ・あざぜるの背景の景色。明らかに、『上三川Deep』がある栃木県山中の廃旅館群がある場所なのだ。


「『廃旅館ダンジョンリベンジ』というタイトルで一昨日投稿された生配信だよ」

 一昨日!


「まぁ、とりあえず観て……」


 そう言い、困惑する一同を余所に淡々と動画を再生するジンジ。硬直していた動画のへぐ・あざぜるが耳障りな語り口と共に嬉々として語り始める。






『はい諸君、こんばんは。へぐ・あざぜるの冒険動画にようこそ』


『今回はここ、心霊スポットダンジョンとして知る人ぞ知る、『上三川Deep』に来ております!』


『オレの活躍を追ってくれてるファンなら知ってると思うんだけどこのダンジョン前に一回探索してるんだよねぇ~。でもそのとき急に機材トラブルが起こってて何も撮れてなかったんよ。……は? へぐ・あざぜるにファンとかおるん?じゃねえよ! オレのチャンネル登録者数見てから言えやw』


『でまぁ、改めてこのダンジョンについて調べてみたんだけど、どうやらこのダンジョン、近付くと電子機器の機材トラブルが多発する性質があるらしいんよ。……ん、霊障? そう、心霊現象で機材が壊れている可能性があるし、ダンジョンのトラップがなんか機械に作用してる可能性もある。まぁその辺も? 調べていけたらなぁと思います』


『あと、機材トラブルについては対策しております! いま撮ってるドローンカメラ、魔術干渉に対する護法加工?みたいなのが施されてて、まぁ祝福みたいなもんで壊れにくくなってんの。対策無しよりも絶対壊れにくいらしいんで、その辺の巧くいくかも観察しながら、ね』


『やっぱねぇ、ダンジョン探索者に最も求められてるものって、未知への探求だと思うんスよねぇ~。安定して稼げる、みたいな目標で潜ってる奴ら見ると文句も言いたくなっちゃうんですよ、日和ってんじゃぇえよって』


『まぁオレが、未知への探求ってもんを見せてやりますよ!』






 ……そして見慣れた廃旅館の出入り口へ歩いていくへぐ・あざぜる。


 しかし、例の、ガラスが割れた自動ドアの目前の辺りで不意にドローンカメラの画像が乱れ、画面の中のへぐ・あざぜるの後ろ姿が硬直し、また画像がブラックアウトしてしまった。






「…………」


「…………」


「…………」


 短い映像の鑑賞後、ルブフは眉間に皺を寄せながら押し黙り、ソヨギとオリザは困ったような苦虫を噛み潰したような何とも居心地の悪そうな表情を浮かべた。


「……一昨日の生配信だったんだけど、観て貰ったように途中で機材トラブルで強制終了して。アーカイブにも残されていなかったから、直接録画していた知り合いに送ってもらったものなんだ」


 なんかどっかで聞いた記憶があるような補足説明を加えるジンジ。


「……機材を護法魔法で加工していても駄目だったんですね」

 オリザがぽつりと漏らすと「護法魔法でカバー出来るようなシチュエーションではないだろうからな」とルブフが返答する。


「恐らく映像のドローンカメラに施されていた護法は安全祈願の類で、神社の心願成就や運気上昇のお守りの効力を強化した程度のものでしかない。無論、無力ではないが、あの廃旅館の霊障は撮影機材への害意が尋常ではない。直接機材を攻撃してくるような事態には抗えないよ」


「ていうか、二日前に探索したんですよね……。何とも間が悪いというかなんというか……」

 呆れたようにソヨギが呟く。見事に、へぐ・あざぜるは自分自身のスワンプマン(怨霊)とニアミスしているのだ。


「それについて、考えたくないけどひとつどうしても嫌な可能性がよぎってしまって……」

 そこで、各人の様子を見守っていたジンジが重々しく口を開く。


「仮にだよ、この二日前のへぐ・あざぜるさんの探索でへぐさんが死んでしまっていた場合、また同じ場所にへぐ・あざぜるさんの霊が現れているんじゃないかと思うんだ」


「……あー」


「……」


「……」


「この話題をみんなに持ち出すべきかどうか悩んだんだけど、もしこの件が今後何らかの形で禍根を残す可能性があるなら、情報共有しておくべきじゃないかと思ってね……」


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙が、4人の共有するネットワークを中心に広がった。


 フィルムに霊のようなものしか映っていなかったのを明かされたときも、それなりに悲壮感の有る雰囲気になってしまったが、今の4人の心境は『頭を抱える』と表現する方が近い。


「私情を挟まず専門家としての意見を言わせてもらえれば」


 憔悴の籠った沈黙を最初に破いたのは狐崎ルブフだった。


「幽世との縁は深く関わろうとすればするほど深まる。霊の世界に妄りに関わろうとし過ぎると戻って来れなくなる可能性が有る。余程の緊急性が無い限りもうあの廃旅館には近付かないことをお勧めするよ」


「……私情を挟んだ意見、としてはどうなんですか?」

 仄かな含みを読み取って、思わず訊いてしまうソヨギ。


「死ぬほどめんどくさい。関わりたくない」


 非常にキッパリと答えるルブフ。清々しいほどに正直だった。


「……ええと、二日前へぐ・あざぜるさんは死んでないかもしれないし、仮に死んだとしてもお化けになった可能性も無い訳ですよね」

「ええ、確かめないことにはわからないわね」

 恐る恐るといった口調で質問するオリザに、ルブフは返答する。それを聞いても、困ったような表情が晴れないオリザ。ルブフを含む他3人の注目が自分に集まっているのを肌で感じているのだ。


「ええと……」


 オリザは申し訳なさそうに小さく笑いながら言う。


「……前回は行きがかりのついでで除霊しただけだし、わざわざ行って除霊するのもちょっと違うな―、って思うし。

うん、正直面倒くさいなぁ、と……」


 それを聞き、ジンジが本当に深々と安堵の溜息を吐き、ソヨギとオリザは笑い声を上げた。






 斯くして、偽善は行われなかった。


 後日、オリザによって『上三川Deep』と廃旅館についての配信が行われるとすれば幾つかの注意喚起が加えられるだろうけれど、話の真贋を含めそれを聞いてどう判断するかはもちろん、各ダンジョン探索者達に委ねられる。


 それには恐らく、迷惑系動画配信者の怨霊に対する対処法も含まれるはずだ……。




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