第21話 ダンジョンと心霊スポット




 狐崎ルブフの爆笑と猛進のお陰で、全員無事に一階への上り階段へと辿り着いた。階段には霊の大群は屯(たむろ)していないらしく、ルブフは進路を見上げ覗き込みながらゆっくりと階段を上った。


「……もう、笑わなくて大丈夫なんですか?」


 階段に差し掛かった辺りで、ルブフは高笑いを止めていた。


「あ、ああ……。ちょっと喉が痛くなってね……」

 やや辛そうに答えるルブフ。普通に大きな声を出し慣れていなかったらしい……。


「この旅館の空気は、大きな声を出すにはあまり向いていないな……」

 あんな堂々とした風だが、無理して笑ってくれていたらしい。自分の安全よりもむしろ、ルブフの喉が心配になってしまった。






 警戒しながらも階段を登り切り一階へ到着。蛍光魔法が必要無いほど明るい館内に酷くホッとさせられる。ここまでくれば、出口までもう少しだ。


「止まれ」


 ロビーまで差し掛かり、陽の光指す玄関までもう少しの所で、ルブフが急に声を上げ、全員を制止した。


 進行方向に、2体のレッサーデビルが歩いている。針金のような体でそろりそろりと周囲を見渡しながら四足歩行で歩いている。旅館の内部にも居たのか……!


 程無くしてあちらもソヨギ達に気付き、飛び跳ねやすいように身を低くし、威嚇するような唸り声を上げ始めた。


「右は頼む」

「はい」


 お札を取り出したルブフの横に、松明を構えながら歩み出てきたオリザ。


 突発的な動きに警戒しつつもすぐにでも攻撃を始めようとしたその刹那、




 不意に、レッサーデビルの内の片方が真横に吹き飛んで行った。




「…………え?」

「…………え?」

「…………え?」

「…………え?」


 まだ何もしていない一行は一斉に唖然とさせられた。


 吹き飛んで行ったレッサーデビルは壁面に強かに叩き付けられ、残ったもう一匹の方は哀れな相棒を一瞥したのち、吹き飛んだ方向とは反対側に視線を移し、怪鳥のような鳴き声で虚空を威嚇した。その直後、背中に重石を乗せられたように上半身をよろめかせ何かを振り解くように腕を振り回し、身体のあちこちから与えられる衝撃に抗っている。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 先程吹き飛ばされたもう一方のレッサーデビルが戻ってきて、地面でのたうつもう一方の傍で威嚇の金切り声を上げる。そして片手を持ち上げ、手の平に何やら光を帯びさせる。電撃魔法である。手の平から稲光を発し、その鞭のような光の筋は傍にいた何者かを跳ね飛ばした。


 半透明の、霊だと思われる。


 そう、先程から実は薄っすら見えているのだ。レッサーデビルに襲い掛かっているのは複数の霊で、レッサーデビル達もそれをわかって迎撃している。


 明らかに、モンスターと悪霊が戦っているのだ……。


「……なるほど、色々合点がいったわね」


 そう呟いたルブフはソヨギとジンジの方に向き直り、おもむろに二人が握る槍を掴んだ。


「オリザ、『ヘスティア・フレイム』を解除して。そのまま近付くと霊が除霊されてレッサーデビルがまた襲ってくるわ。牧村くんの槍を掴みながらこのまま脇を通り過ぎる!」

「は、はい!」


 そう言われオリザは、素直に松明の火を消し去り、三人が掴む槍を掴んだ。

 

そのまま四人は、カメラ付きの槍を中心に、注意深く歩調を合わせ団子になりながら駆け足で、半透明の人影と取っ組み合いをするレッサーデビル達の背後を走り抜けていった。


「いや、なんか廃墟の中から物音がする。え、うわ、ヤバ、誰か走ってく」


 入り口に現れたへご・あざぜるはすれ違い様にルブフが裏拳でぶちのめしていた。






 廃旅館から離れた場所に停車していたワンボックスカーに戻ってきた一行。


 ジンジはアンティークのムービーカメラからフィルムを取り出し成果物を確認。非常に深い安堵の溜息を吐き『上三川Deep』の内部の様子がハッキリ写されていたことを三人に報告する。


 ワンボックスカーの中に乗り込む4人。一応、必要最低限の目標は達成したのでこのままこの異常極まりないダンジョンから逃げ去っても問題は無い。

 無いのだが、その前に話しておきたいことがあると、狐崎ルブフが切り出してきたのだ。


「このダンジョン、『上三川Deep』はこれまで『閉鎖タイプ』のダンジョンと認知されてきた。つまり『ダンジョンの外部にモンスターが現れないから比較的安全なダンジョン』だと思われてきた。今日探索してみてその理由がハッキリわかった。あの廃旅館があるからだ。

 そもそもあのダンジョンに生息していた『レッサーデビル』は好戦的なタイプのモンスターで活動範囲も広い。本来なら恐らく、あの大穴から這い出たレッサーデビルは旅館の外に出て、山間部や近隣の人里に迷い込んでいたはずだ。しかし、ダンジョンの真上に存在したあの廃旅館が、もっと言えば廃旅館の霊達が『上三川Deep』の蓋になり、モンスターの拡散を防いでいたんだ」


「え……? 霊達が近隣の人々を守ってくれていた、ということですか?」

 ジンジがそう質問すると、ルブフは眉間に皺を寄せ難しい顔をする。


「結果的にはそうなっているがそれは別に旅館の外の生者を守ろうとする意図ではない。彼らの関心事は飽くまであの廃旅館のみ、自分達のテリトリーにしか無いよ。

廃旅館の霊がモンスターを襲っていた理由はわたしはふたつあると考えている。ひとつはシンプルに住処である廃旅館の内部からモンスターを排除するため。もうひとつはモンスターを廃旅館の外に出さないためだよ」

「どうしてです? 外に出ていく分には好きにさせていれば良いと思うんですけど……?」

 ソヨギが反射的に意見を出すと「実はそうもいかないんだ」とルブフが首を振る。


「モンスターが廃旅館から出ていくと周辺地域に被害が出る。そうすると行政は『閉鎖タイプ』に指定されていた『上三川Deep』の評価を改めざるを得なくなる。より封鎖範囲を集中的にし、割り当てられる人員を増やされるだろう。生者に騒がれるぐらいなら、自分達で対処しようと霊達が動いた訳だ」

「……お化けと心霊スポットが、監視所の代わりをしてくれてた」

「そういう言い方も出来るね。

 最初、心霊スポットがダンジョン化に取り込まれたらどうなるか気になって今回のパーティーに参加したんだけど、現実はそもそも、廃旅館はダンジョンに取り込まれてはいなかった。廃旅館は廃旅館で独立したままダンジョンの蓋になっていたんだ」


「我々を襲って来ていたり撮影機材をダメにしていたのも、住処を守るためってことですね」

「そう。そしてなお悪いのは、我々が『上三川Deep』の内部を調査出来てしまった点だ。あんな低階層にリスポーンスポットがあるダンジョンは珍しい。多少リスクがあっても研究調査のためのパーティーを派遣する価値がある。廃旅館の霊達にとっては、絶対に持ち帰られたくない情報だったろうね」


「いや、それ……。僕達大丈夫ですかね……? 心霊スポットの秘密を中途半端に暴いてしまって祟りがある、みたいな……」

 珍しく怯えた様子ジンジに、口元に手を当てながら少し考え込むルブフ。


「……帰りに、もう一度神社に寄ってお祓いしてもらおう。ただまぁ、わたしとオリザで除霊しながら出てきたから、まず安全だと思うけどね。

 それでも完全に悪霊との繋がりを断ち切らなければならないなら方法はあるにはある。心霊スポットも悪霊も完全に除霊した上での廃旅館の取り壊し。ただこの規模の儀式になると個人レベルの予算じゃ無理だから行政なり大企業なりからの予算の取り付けが必須になる」


 ……除霊にそんなお金を出すヒトなんて世の中に居るのだろうか? ソヨギには疑問だったが、実際に霊を見てしまったという事実もあり、一般人が知り得ない認知やカネの動きがどこかに存在してしまっているのかもしれないが。


「ただ、わたしとしてはこの廃旅館の除霊はお勧めしないね。さっきも言った通りあの旅館の霊はダンジョンの蓋になっている。あの旅館がモンスター流出を防いでくれている事実は純然と存在している」

「心霊スポットを、放置しちゃうってことですか?」

 オリザが恐る恐る尋ねると、ルブフは困った顔で肩を竦める。


「職業人としては、モヤモヤする部分も無くは無いけど。ただ除霊するにしても危険だし金が掛かる、そして除霊したあともモンスターの流出対策に行政予算と近隣住民の安全が脅かされる、となると放置する以外の選択肢は無いよ」

 そうルブフが言うと、オリザは納得したように頷く。表情は若干曇ったままではあったけど。


「今回の探索を動画にするのは止めはしないけど、霊達へのご機嫌取りも兼ねてその辺の注意喚起は盛り込んでおいて欲しい。その上でここを探索しようとする人が居るなら、それはもうその人達の自己責任だ」


 慎重に首肯する山野辺ジンジはいつの間にかヘッドディスプレイを装着していて、専門家の所感をしっかり記録していた。


「さて、職業人としての最低限の話はここまでにして、ここからは偽善の話だ」

「偽善?」


 急にルブフの口から現れた妙な単語を、ソヨギは思わずリフレインしてしまった。


「偽善だよ。我々生者の都合で旅館の除霊をしないと提案した訳だけど、それとは別で、見知った相手が成仏せず放置する判断はあまり心地が良い物じゃないかもしれないと思うんだけど」


「……へぐ・あざぜるさんのことですか?」


 オリザが、表情を曇らせながら尋ねる。


「えっ? へぐ・あざぜるさん、除霊出来るんですか?」


 ソヨギも尋ねると、ルブフは特ににこりともせず首肯する。


「へぐ・あざぜるの霊はそのチートスキルのように何度も出現するけれど、ここの廃旅館の地縛霊として出現している以上恐らくこの心霊スポットからエネルギー供給を受けている。本物のチートスキルが発動しているのではなく、へぐ・あざぜるの霊を出現させるに当たって、そのパーソナリティに深く結びついているチートスキルも併せて再現せざるを得なかったとみている。

 そしてもうひとつのポイントは地下浴場でソヨギ君の槍をへし折るのを途中で諦めた点。霊場が行使できるエネルギーの量も無限じゃない。エネルギー法則の外側にあるチートスキルと張り合うと霊場のエネルギーが持たなくなる。極端な話、あのまま何千万回と槍の破壊と修復が繰り返されていたらそれだけで除霊として成立してしまう可能性が有る」


「……その前にオレの喉と肩が潰れてそうですけどね」


「うん……。しかし廃旅館の方は根競べから早々に降り、グングニルの形代の破壊から持ち主の破壊を優先した。これは脅かされている側からすれば、心霊現象が生者に根負けしたようにしか見えないから脅かす側からすれば敗北以外の何物でも無い。しかし、霊場を守るために脅かしている霊側はそこでエネルギーを空費するよりも損切りする道を選んだ。これは多分、へぐ・あざぜるにも応用出来る。霊場にへぐ・あざぜるを損切りさせようと思う」


「ソヨギ君の槍を修復するくらいのペースでへぐ・あざぜるさんを除霊させ続ければ、旅館はへぐ・あざぜるさんの再生を諦める……?」

 オリザが尋ねると、ルブフは静かに頷く。


「これを実行するには、オリザのチートスキル由来の魔力が必須になる。わたしの魔力キャパシティでは不可能だ。サポートと術式構築はわたしが請け負える」


 そこまで言うと、ルブフは問い掛けるような眼差しでオリザの目を真っ直ぐ見詰めた。オリザも、何かを訴えるような眼差しでそれを受け止めている。なにやら、二人の中での暗黙の了解のようなものが交わされているように見受けられた。


「やりましょう、偽善。へぐ・あざぜるさんを除霊しましょう」


 刹那の間視線を交わし合ったあと、そう提案する灯藤オリザ。

 狐崎ルブフは呆れたようだが嬉しそうに小さく笑った。



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