第16話 残響する廻向
「おお、ヘッドディスプレイがちゃんと動いた」
……廃旅館から一時撤退したパーティーは、問題の廃旅館から死角になっている別の旅館の廃墟の陰にとりあえず隠れた。
廃旅館から離れた途端、先程までエラーが発生して動かなくなっていたジンジのヘッドディスプレイが急に起動し、またヘッドディスプレイを被り直したジンジは全員の様子を見渡し、オリザによる現状の報告を(未来の視聴者用に)撮影していた。
廃旅館の入り口にへぐ・あざぜるの生霊が現れ、何度除霊しても蘇るのでとりあえず逃げてきた、と。
……『生霊が蘇る』って文章だけ抜き出すと無茶苦茶だなとソヨギは思ったが、話しの腰を折るだけだと思ったので口に出すのは控えた。
「まぁ、生霊が蘇るって、明らかに日本語として変だけどね……」
しかし、オリザ自身がヘッドディスプレイに向かってセルフ突っ込みしていた。
「いやでも、霊が蘇るとしか思えない現象だよ、さっきのは」
そう付け加えるのはルブフ。建物の陰において、一番廃旅館に近い位置に立っている。
「……その、まず、通常の霊と先程のへぐ・あざぜるさんの生霊?との違いを明確にして欲しいんですが」
そう提案したのはヘッドディスプレイをルブフに向けているジンジ。ルブフは小さく唸り首肯する。
「まず、あれは生霊ではなく地縛霊だと思う。
生霊というのは、生きている人間の魂が肉体から分離して別の人間に害を与える現象なり技術のことを指す。魂の実在は未だに証明されていないから、現代魔術風に解釈するなら術者の精神と対象の肉体に関連性を持たせて呪詛を掛ける方法が一番それに近いか。いずれにしても難易度が高い術式でリスクも高く、無論違法行為だ」
「生霊を扱う術の難易度から、さっきのはへぐ・あざぜるは生霊ではなく地縛霊だと考えているんですね?」
「だがそうすると別の矛盾が生まれる。死んでいない人間が霊になるはずが無い」
「ですよねぇ……」
「通常の霊とは違う異常な点がもうひとつあるとすれば、除霊したはずなのにまた同じ霊が現れた点だ。
生霊にしても死霊にしても、最初の二回は確実に除霊が成功していた感触がある。三回目の聖火で燃やしたのも恐らく成功している。しかし二回とも除霊した直後にまた同じ霊が現れた。三回目の除霊のあともまた再発生している可能性がある」
「霊がコピーされている現象ですね」
「そう、成仏したはずの霊が、まるで成仏する前の状態で貼り付け直されているように『蘇る』」
「蘇る、霊……」
「蘇る……」
ソヨギの呟きを、オリザも何かを思案するようにリフレインする。
蘇る霊、何か記憶の隅に引っ掛かるフレーズなのだ。何かの点と点が線になるような予感が、この一言には存在する。
「へぐ・あざぜるさんの……、チートスキル?」
そのオリザの呟きに、ソヨギとジンジはハッとした顔でオリザの方を向いた。
「へぐ・あざぜるのスキルが! お化けにも継承されてるってこと!?」
「確かに、あの何事も無くふてぶてしく復活する感じ! へぐ・あざぜるさん感があるよね!」
「あ! いや! でもこんなことって有り得ますか!?」
「……ごめん、そのへぐ・あざぜるのチートスキルがここで何かの関係があるのか? というかさっきのあの人、チートスキルが使えるのか?」
オリザのひらめきに興奮する三人を余所に、ルブフは非常に基本的な質問を投げかけてくる。ソヨギも何となく察していたがどうも、ルブフはへぐ・あざぜるのことを全く知らないらしい。
……へぐ・あざぜるの軽い来歴とそのチートスキル『デス・リスポーン』についての説明が行われた。「……それは、かなり強力なチートスキルじゃないか?」と、多くの人間が漏らす共通の感想をルブブも呟いた。
「ただ、生前のへぐ・あざぜるの性質が霊の在り方に影響を与えていると考えれば、何度除霊しても焼き増しのように何度も再出現するのも理屈の上では納得出来る。心霊スポットに取り込まれ、地縛霊版『デス・リスポーン』が発動してしまっているのだろう」
「いやでも、へぐ・あざぜるはちゃんと生きてますよね? 死んでない人が霊にはならないんですよね?」
質問するソヨギにジンジは人差し指をピンと立て「それは多分、こういうことなんじゃないかな?」と答える。
「へぐさんはこのダンジョンで間違い無く死んでいる。恐らく、先日WEB会議で観て貰った映像の続きでね。廃旅館の奥、『上三川Deep』まで探索して命を落としたんだよ。もちろんそのあとへぐさんは『デス・リスポーン』で復活してこの場から離れた。でも、へぐさんが死んだ事実は変わりなくて、『デス・リスポーン』で再生する前の『死んだへぐ・あざぜる』さんの地縛霊が別に発生してしまっている。その地縛霊の方のへぐ・あざぜるが『デス・リスポーン』で除霊されても何度も発生してるんだよ」
「うわぁ……、スワンプマンってヤツですか……」
「……適切な表現だと思うよ。生きている方のへぐさんは、こんなことになってるなんて気付きもしてないんだろうね」
「えと、これ、どうします……?」
オリザが、恐る恐るジンジとルブフの顔を見渡し、質問する。
「わたしとしては現状特に問題はない」
淀み無く宣言するルブフ。
「全く同じ霊が連続して出現する事態には驚いたが、理屈がわかればまぁ支障の無い範囲だ。もちろん他の可能性はあるし警戒は怠れていないがまだ分水嶺ではないよ。あのレベルの下級霊ばかりなら、わたしとオリザならどうとでも対処出来る。専門家としての観点ならまだ探索を中止する段階には至っていない」
オリザは小さく首を縦に振り、今度はソヨギの顔をじっと見た。ソヨギはもちろん専門家ではないが、現状をどう思っているのか、確認を求められている。
「いや、今更変なこと言うんだけど……」
「うん」
「今さっきまで、お化けの存在とか全く信じてなかった」
そう言うとオリザは、小さく笑った。
小さく笑ってくれたけど、また真顔になってソヨギを見詰めてくる。
あっ、はい。今はそういうの要らないですよね……。ソヨギは、心の中で壁に頭を打ち付けながら猛省した。
「おれは、もちろん大丈夫。今回はカメラマン助手みたいなもんだしね」
そして探索再開。
軽い打ち合わせを挟んだあと、四人は再び廃旅館の入り口に向かった。
とりあえずのプランはこうである。『へぐ・あざぜるの霊は取り合えず生者として扱う』。
ある程度想定される会話をシミュレートし、適当に話を合わせる、という段取りだ。
そして廃旅館の入り口、ガラスの割れた自動ドアの様子がありありとわかるようになったとき、その人物は不意に現れた。
「ノブレスオブリージュ、果たしていこうと思います!」
振り向きざまにキメ顔で放たれる。聞き飽きつつある台詞。
迷彩服姿の男、へぐ・あざぜるの出現は本当に唐突で、何もない場所に前触れ無く出現する。景色だけのシーンから人が立っているシーンへ、フィルムを切り貼りしているくらい唐突なのだ。
「う、わああああぁぁ!」
そして、へぐ・あざぜる(の霊)にとってもソヨギ達四人は唐突に現れた謎の集団な訳で、へぐ・あざぜるは非常に大袈裟なリアクションで仰け反り驚いた。
「え? は? え、え? ナニ!?」
「えと、お疲れ様です。へぐ・あざぜるさん?ですよね?」
困惑するへぐ・あざぜるに恐る恐るといった様子で話し掛けるオリザ。
「わたしはダンジョン探索配信者をしています灯藤オリザと言います。初めまして」
「え、あ? あっはい灯藤オリザ……、初めまして。へぐ・あざぜるです」
戸惑いながらも、顔を知る相手を見止めたへぐ・あざぜるはおずおずと挨拶を返した。
「え? ナニコレ? ドッキリかなんか?」
目の前の四人の顔を見渡しながらへぐ・あざぜるは聞き覚えのあるリアクションをする。
「いえ、わたし達も探索途中で、へぐ・あざぜるさんの姿を見掛けてビックリしたんです」
「そぉ? な~んかその割に落ち着いてない? なんかの企画じゃない?」
「その、わたし達はここまで来る前にへぐ・あざぜるさんの後ろ姿を見ていたので……」
「えー、じゃあなんでキミ達が居るの? てか同じダンジョンに違うパーティーが居るとか法的にアウトじゃん。キミら密猟者ってことになるの?」
「あのすいません。私は灯藤オリザのマネージャーをしております山野辺という者です」
「え、……はい」
「オリザの言う通りこれはドッキリではなく、恐らく行政側のミスによるダブルブッキングです。へぐ・あざぜるさんが探索中にも拘わらず、我々が監視地区内に通されてしまったみたいです」
地縛霊へぐ・あざぜると最初に対面したときの会話をほぼそのまま流用して四体目の地縛霊へぐ・あざぜるの言いくるめを行うジンジ。
「ええと……、この場合どうするんですか?」
素の状態で戸惑う演技をしながらジンジに質問するオリザ。
「……制度上では、ダンジョン探索中に別のパーティーと事前の申請の無い遭遇をしてしまった場合、両方のパーティー共に許認可を得ていたとしても両方とも監視所まで戻らなければならない。無用なトラブルを避けるための取り決めだね」
「えー、マジかぁ……。面倒臭ぇ……」
心底ウンザリした様子で天を仰ぐへぐ・あざぜる。
「もうさ、探索途中で出くわしてしゃーなしで一緒に探索してました、とかで良くね? ……いやいやいやダメじゃん! よく考えたらオレ生配信中だよ!」
自分の発言に自分でツッコミを入れながらへご・あざぜるは、大袈裟に目元を手で覆いながら並ぶ四人の背後を指差す。
「えー、つーことで、一旦監視所まで戻ってぇ、問い合せしなくちゃならなくなりましたー。オレの死に様を期待していた全国の皆さん残念でしたぁ。恨むならお役所のミスを恨んでくださ~い」
視線を四人の頭上にずらし、虚空に向かって何やら語り掛けるへぐ・あざぜる。
「あ、そーだ。せっかくだからオリザちゃん、オレの配信にちょっと映ってよ。いいでしょ?」
「え、あ、はぁ……」
「ほら、こっち来て、あそこにドローンカメラがあるから」
「ドローン……」
へぐ・あざぜるが指差す方向をオリザも見上げる。
「あの、ドローンなんて飛んでませんよ……?」
オリザがそう言うと、へぐ・あざぜるは目を剝いて自らが指差した方向を凝視する。
「あれ? ホントだ居ない。は? さっきまで飛んでたのに???」
「……我々がへぐさんの姿を見付けたときには、すでに飛んでませんでしたよ?」
ジンジは恐る恐る補足した。
……ルブフ曰く、霊とは生前の人間の焼き増しであり、生前の知覚を基準に行動するので死後の現実を無視して行動する場合があるとのこと。しかし目の前の地縛霊へぐ・あざぜるのように自ら生者とコミュニケートしようとする個体は、生者の反応に併せて、ある程度記憶を更新するのだとか。
「うーわ、飛んでると思い込んでた。いや、てかドローンいまどこ飛んでんだよ!」
そう言いながら腰の小物ケースのタブレットを取り出して操作しようとする。見たことのある挙動。「はぁ!? エラー!?」と、やはり見覚えのあるリアクションがそれに続く。
「この廃旅館に近付くと電子機器は全てダメになるみたいですね。私の方のヘッドディスプレイも動かなくなりましたよ」
「は? マジで? なんで???」
「わかりません。このダンジョン固有のトラップか、あるいは霊の仕業かもしれません……」
「はぁ……、マジかぁ……」
……そもそも、『上三川Deep』に関する情報は確かに少ないが、撮影機材に高確率でトラブルが発生する事例はいくつか報告されている。へぐ・あざぜるはそれらの報告を軽視して生配信に望んだのだろうか? 僅かな探索報告すら調べなかった可能性も無くは無いのが怖い所だ。
ジンジはおもむろに、ムービーカメラ付きの槍のネジ巻き部分に手を掛け、回そうとした。
しかし、何かがつっかえているようにハンドルは動かず、ネジを巻けない。
「案の定こっちも壊れてるよ。牧村さん、頼める」
「はい、グングニル・アサイン」
ソヨギが呟くと、カメラ付きの槍がジンジの手からソヨギの手へと、ごく短い距離の帰路を飛んだ。
そのままソヨギの手の内に戻ったカメラ付きの槍をジンジに手渡す。
ジンジがカメラのハンドルに手を掛けると、今度は淀み無くするするとハンドルが回る。
「カメラ、撮らせてもらってよろしいですか?」
「え、そのカメラは動くの?」
ジンジの申し出に、別の疑問を差し挟むへぐ・あざぜる。
「はい。このカメラも壊れてたみたいですけど、こちらの牧村くんが、まぁ細かい説明は省きますが、ざっくり言うと電子機器でない道具を修理出来るチートスキルを持っていまして、その能力を使って古いカメラを修理したんです」
一応、へぐ・あざぜる(の霊)に軽く会釈するソヨギ。
因みに、一応念のためにバッテリーと電子回路で動く普通のデジタルカメラもチートスキルで直せないかどうか実験は行われた。
結果は失敗。どうやら、電子基板やバッテリーの類を『槍の装飾』と解釈するのはチートスキルが拒んだようだ。ソヨギ自身としては、骨董品のネジ巻き式カメラにしろ電気文明が生んだデジカメにしろ、槍に飾り(不純物)が付いている点では特に差異は無かったのだが……。
「それが、なんで『グングニル・アサイン』なんて技名なの?」
「…………」
ピンポイントで訊いて欲しくない質問を被せてくるへぐ・あざぜる。
「……厳密には槍を修復するチートスキルなんですが、取り付けた器具を槍の一部と見做すことで槍ごとその器具も修理出来る理屈なんです」
「まどろっしいな。便利なのか不便なのかよくわからねぇチートスキル。いや、やっぱ間違い無くハズレだわ」
……同意見過ぎてぐうの音も出ない。
「でも、このスキルのお陰で『上三川Deep』の撮影が出来ます。霊障でカメラが壊れてもチートスキルですぐ修理出来ますからね」
「はー、心霊スポットで撮影するためにそんなスタッフ準備したんです? 熱意スゲーね」
いやスタッフじゃねぇし。しかし相手が迷惑系動画配信者の霊なので、わざわざ訂正する気力が湧いてこなかった。
「我々は、このまま探索してもいいんじゃないかという気持ちはあるんですが、みんなはどうですか? このまま探索という形で」
(一応ポーズとして)ジンジは他の三人を見渡し同意を求めた。オリザとソヨギは小さく頷き、ルブフは肩を竦めて見せる。
「このまま帰っても骨折り損以外の何物でも無いからなぁ……。オレも付いてって良い?」
……このまま立ち去ってくれればそれはそれで御の字だったのだが、へぐ・あざぜるの霊はパーティーに加わることになった。
一応、ここまでは先程行った打ち合わせ通りである。
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