めえめえ牧場の決斗 -Gunfight at the Baa Baa Corral-
兎ワンコ
前編
ジョン・‟リトル”・パーソンが退屈をしていなければ、その男を見逃していたに違いない。
牧場外れの草原の中に、馬とひとりの男を見つけた。馬は若く、悠々しい立て髪を風に靡かせていた。一方、馬に跨る男は裸の上にカウボーイハットに、ガンベルト、ブーツという珍妙ないで立ちで、軽快な口笛を吹かせていた。
全裸の上にガンベルトなど、気を違えたに決まっている。ジョンは慌てて身体を地面に伏せた。背の高いアワダチソウの中で這いつくばり、カエルのようにノソノソと移動すると、男と馬が近づいてくるのをじっと待った。蹄が地面を蹴る音が近づいてくる。
「やい、坊主。そんな風に地面に伏せていると、洗濯している母ちゃんに怒られるぞ」
男の声が降ってきて、ジョンは大慌てで飛び起きた。馬から見下ろす変人の男が男前な顔立ちで、正常な目をしていたことに気づき、胸を撫で下ろした。
「なんだい、おじさん。こんな外で裸にベルトに帽子なんて。頭がおかしくなったのかい?」
「なんだって? そりゃあこっちの台詞だ。こんな何もないナラ州の草原でひとり寝そべって。家出かい」
「違うやい」
ジョンはむきになって否定した。
裸の男は馬から軽々と降り、しっかりした足取りでジョンの前に立った。男はジョンよりも2フィートも高く、目線がだいぶ上であった。ジョンの視線は上から下――ホルスターのない下半身の拳銃がブランと揺れるのを見た。そうして視線は自分よりも大きいイチモツから、腰のホルスターに納まった拳銃に移った。古いものだが、キチンと手入れしていて、ガンオイルが鈍く反射していた。
「かっこいい。本物のコルトSAAだ……!」
ジョンが手を伸ばすが、すぐに男の手に阻まれる。
「おいおい、ガキの玩具じゃないぞ」
「いいじゃないか、減るもんじゃないし」
意固地になるジョンにウンザリしたのか、男はホルスターから拳銃を引き抜くとジョンの前に差し出した。嬉々として拳銃を掴もうと手を伸ばすが、男は素早く拳銃を遠ざける。
「
ジョンは言い返そうとしたが、男の鋭い視線と声音に口をきつく結び、言い直す。
「……僕はジョン・パーソン。でも、みんなは僕をリトルっていうんだ」
「どうしてだい?」今度は男がジョンの頭からつま先まで見回した。
「小さいからか?」
「お爺ちゃんの名前だからさ。お爺ちゃんもジョン・パーソン。僕はジョン・
「そうかい。でも、坊主は坊主だ」
男はジョンが差し出した掌にポンと拳銃を置いた。
「俺はマッパ。マッパ・ライダー。旅のもんさ」
「なんだい、おじさんこそ名前の通りじゃないか」
「おじさんなんていうな。せめてマッパと呼べ」
ジョンはマッパに興味を失くし、受け取った拳銃を手の中で遊ばせた。
「それで坊主。お前さんはここらの子どもかい?」
「なんだい、ここを知らないのかい。ここはヤマゾエ町はずれのめえめえ牧場さ。昔からヤギを飼っていて、ヤギの乳や肉を街に降ろしているんだ。けど、今は……」
「今は?」
「来て」とジョンはマッパを誘った。
「おい、銃は返せ」とマッパが制止するが、ジョンは聞こえないフリをして駆けだした。ジョンは草原を駆け抜け、小高い丘に差し掛かると兎のように身を低くした。後から追いかけてきたマッパも倣うように身を屈め、丘の向こうに目を凝らした。
「あれを見て」
丘の向こうには牧場に続く道があり、道の真ん中で馬と鹿に跨って歩く一団を見つけた。燕尾服を着た小太りの男を中心にし、周囲の男たちは一目でガンマンだというのがマッパにもわかった。古ぼけたダスターコートの下にチラチラと拳銃やライフルが見えるからだ。
「興行師にしては芸がない恰好をしてるな」
「あいつらは悪党だよ。ついさっきまで、父ちゃんを揺すったばっかりだ」
「なんだって?」
「あいつらは最近になってここらを買収した名士ヨシーノ・ク・ズとその部下だよ。町のみんな土地を買って、ここらにある金鉱を独り占めしようとしてんだ。町のみんなはヨシーノの脅しに屈服した。あとは父ちゃんだけなんだ」
一団の中央でチョビ髭で脂で顔がテカテカし、腹のたるんだ燕尾服の男を指差し、「あの鹿に乗っている奴がそのヨシーノだよ」とジョンは説明した。
「その隣にいるのは?」
マッパがヨシーノの隣にいる男を指差す。その容姿はえんじ色のスカーフに古びたカウボーイハットを被り、ナラ州にある大仏とは正反対のような険しい顔つきをしたガンマン。
「ヨシーノの用心棒さ。あいつらは‟先生”って呼んでた」
「先生、ね」とマッパは男をじっくりと観察する。
「どうにも、算数を教えてるようには見えないな」
「馬鹿なこというなよ、マッパ。あのラウフってやつは噂じゃあ保安官を殺したって噂だよ」
「ラウフ?」
ジョンは頷く。
「ヨシーノが前にそう呼んでたのを聞いていたんだ。そして、父ちゃんを痛い目に遭わすってことも、聞いたんだ」
ジョンがマッパの顔を覗くと、目で一団の人数を数えているのがわかった。その目つきはナラ州の空を自由奔放に舞うトンビのように、鋭くギラついたものだった。
「坊主、銃を返しな。これから仕事をしなくちゃならないから」
水面のように冷たく静かな声に、ジョンは素直に拳銃を差し出した。
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