底辺ダンジョン配信者、立ち上がる
背に隠れて見えなかった奴の手には、巨大な‘‘大蛇‘‘が握られていた。
「あぶない!!」
「あっ」
とっさに彼女の前に体を滑り込ませて直撃から守った。だが、その代償として全身を強く打ちのめされる。
「かはっ……」
「かっ、いと……」
鈍い肉を打つ音と共に視界が360度回転する。二人とも壁までふっとばされてしまったようだ、砂になっていく大蛇が視界に映る。あいつは何といったか、確か「ダンジョンマンバ」だったろうか。
肋骨が折れて内臓に突き刺さっているのだろう吐血が止まらない。アリサが涙を流して何かを叫んでいる、鼓膜も破れたのかくぐもって上手く聞こえない。
「フッ―――、フッ―――」
互いに満身創痍、キュクロプスの命もそう長くはないだろう。しかし、奴の顔には勝利を確信した捕食者の笑みが浮かんでいた。一歩一歩、血を流しながら確実にアリサに向って進み続ける。彼女も必死に奥へと這って逃げるがいずれ追い付かれる。
(結局こうなるのか、守れなかった。アリサは死ぬ。オーディールはのうのうとダンジョンを攻略しているだろう。俺もきっと最初は後悔する、でもいつか忘れてダンジョンに潜るんだ)
軽快なファンファーレが脳内に響く。おいおい、今レベルアップかよ。
『レベル15にレベルアップしました。スキル【欲しいものリスト】を獲得しました』
うるせぇよ、今は何も考えたくないんだ。
すべてがどうでもいい、もう全部どうでもいいんだ。
・おい、諦めんな
・まだ終わってないよ
・あとちょっとだろ、立てよ
・アリサが死ぬぞ、お前はそれでいいのか
・まだやれる
『カスケード様から【銀のブロードソード】が贈られました』
・戦え、それともアリサに言ったのは嘘だったのか?
・あんなカッコつけておいて諦めんじゃねぇ
・1万人がお前を見てる、お前を応援している。だからもう一度立ってくれ
・姫を救って見せろ!勇者になるんだよ!
・俺たちに見せてくれよ、諦めなければ何とかなるってことを
お前らごちゃごちゃと………めんどくせぇな。
***
キュクロプスは歓喜に満ちていた。予想外の猛攻を受けて一時は危なかったが、やっとこの女を殺せるのだ。既に召喚されてから1時間、ようやく頭の中を渦巻くこの欲求を満たすことが出来ると思うと震えが止まらない。無表情でなんの反応もしないのが少し気に食わないが、まぁいいだろう。首を絞めてやれば否が応でも面白い表情を見せてくれるさ。
「おい、目玉やろう」
ありえない、渾身の力を込めて叩きつけた。立ち上がれるはずがないのだ。だが、この声は「奴の声」だと肉体が覚えている。
「耳までイかれたか? 大きな声でいってやろうか」
無視しろ、こんなやついずれ野垂れ死ぬ。それより女だ、早く殺してしまいたい。
「目玉がデカすぎて脳みそ詰まってないのか?」
無視しなければ、そう思っているのに体は奴の方を向いていた。光を失った視界に奴の魔力がサーモグラフィのように浮かび上がっている。
「へっ、いい根性だな。それじゃあ」
キュクロプスは既にアリサからターゲットを海斗に変更していた。なんていう事はない、ただブチギレていたのだ。散々邪魔をしてくれたこいつだけは主の命令を無視してでも「ぶっ殺す」と決意していた。
「最終ラウンドだ」
***
振り下ろされる拳の一撃を紙一重で回避する。最初に喰らった一撃と比べると威力も速度も遥かに弱いが、余波に巻き込まれて転びそうになるのを必死で踏みとどまる。
(くそ、回避で精いっぱいだ。なんとかしてあいつの懐に入り込んで一撃浴びせられれば)
ここにきてリーチの差が致命的になっている。まだ視力は戻っていないはずだが、ある程度こちらの動きが分かるのか何度も攻撃がかすっている。
(転んだらもう立ち上がれねぇ。基本を思い出せ、体力を温存してカウンターに徹しろ)
キュクロプスの猛攻を冷静にさばき続ける。上位配信者達の姿を思いだして自身に投影する、彼らはその身のこなしだけで灼熱の火炎弾も無数の斬撃さえも避けてみせたのだ、今までの全てを出し尽くせ。
「フッ―――!!!フッ―――!!!」
打撃に次ぐ打撃、殴り、薙ぎ払い、掴み、突き、叩きつけ。その全てを海斗は神懸かり的なバランスで回避していた。もしもキュクロプスが満身創痍でなかったら、もしも視力が戻っていたら、もしも冷静さを取り戻していたら、これらの条件が無ければ海斗は10秒と持たずに地面に倒れ伏していただろう。しかし、現実に海斗は格上のキュクロプス相手に互角以上に渡りあっていた。
「…………ッッッ!!!」
キュクロプスの表情が驚愕に染まる。奴の右手首には新しく深い切り傷が生まれていた。大きく右手を叩きつけた時にカウンターが決まったのだ。ここまで回避に専念していたが反撃に成功したのは大きな成果だ。しかし、海斗は焦りも感じていた。ギリギリのところで読み勝っているが10数発の攻撃を回避して一発のカウンター、あまりにも割りに合わないのだ。
叩きつけられた時の傷もろくに止血していないため、今も傷口からの出血が止まらない。出血がひどいのはキュクロプスも同じはずだが、モンスターの体力のなせる業なのか海斗よりも余力が残っているように見える。このペースで時間をかけていては負けるのはこっちだ。
(なんでもいい、あいつの猛攻を止めることが出来れば……)
いくら打ち込んでも手ごたえがないのに逆に反撃を受けた、という事実にキュクロプスはさらに攻撃を加速させる。海斗も気を緩めることなくひたすら回避、隙を見てカウンターを決めるが事態は膠着状態のままであった。
(まずい……、血を流しすぎている。視界がぼやけて霞む)
最悪の事態は想定よりも早く来た。腕の振り下ろしを回避した瞬間、体勢を崩してしまう。集中力を僅かに欠いた事で血だまりに足を滑らせてしまったのだ。
何とか転ぶことなく踏みとどまることが出来たが、致命的な隙を晒してしまった。今までのお返しとばかりにキュクロプスは両手をハンマーのように組んで大きく振りかぶる。
(回避できない、だめだったか)
今度こそ諦めかけたその時、眼前の巨体が不自然に硬直する。キュクロプスの脇腹にはレイピアが突き刺さっていた。アリサが渾身の力と勇気と知恵を絞ってチャンスを生み出したのだ。
「カイトっ! いまっ!」
「最高だぜあんた!!!」
攻撃された事で本来のターゲットを思いだしたのか、咄嗟にアリサを攻撃しようとするが既に遅い。振りかぶった体勢から背後のアリサに気を取られたことで胴体が完全に無防備だった。奴がそれに気づいたのは海斗がブロードソードを袈裟懸けに振り下ろす瞬間であった。
「いい加減しにやがれえええええ!!!!」
白銀の一閃がキュクロプスの血にまみれた肉体を切り裂いた。右肩から左わき腹までに至る斬撃を受けたことで鮮血が噴き出し、周囲を血に染めていく。必殺の一撃に自身の敗北を悟ったのか、海斗をじっと見つめると断末魔を上げることなくキュクロプスはその巨体を沈めた。
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