底辺ダンジョン配信者、ダンジョンに潜る
自転車を走らせて30分、神木ダンジョンは交差点のド真ん中に存在していた。役人が魔力を調査したところ、深度約300m、推定危険度低、レリック反応なし、という事が分かったそうだ。アスファルトからこんもりと岩が生えていて中は薄暗い洞窟がぽっかりと口をひらいている、どこにでもある屑ダンジョンと見るのが妥当だろうか、おそらく似たようなダンジョンはこの日本だけで300を超える数があるだろう、いわゆるビギナー向けのダンジョンだ。
「出来立てほやほやだってのに全然人がいないな」
ダンジョンの横に設置された仮設監視所にくたびれたおっさんが1人いる他に周囲にはだれもいない。人気のないビギナーダンジョンはだいたいこんなものだが、こういったダンジョンからレアレリックが発見された事例もあるのに誰も探索しないのはどうかと思う。
「あー、あんたダンジョン入るの? ギルドカードだして」
おっさんは差し出されたギルドカードを気怠げに見ている。
「等級は青銅でこれまでに8回ダンジョンに挑戦してるんだ、ダンジョン内での死亡時蘇生契約とかしてる?」
「無料の蘇生保証が3回残っているので大丈夫です」
「へぇ、じゃあまだ一回も死んでないんだ。でもそういう時ほど無茶しやすいから気をつけろよ」
用紙に軽く書き込むとおっさんはギルドカードを返してくれた。これでダンジョンに入れる、高揚感で浮足立つのを感じる。
ダンジョン内に踏み込むと内部はひんやりとした空気に満ちていて、別世界であるということが否応なしに理解できる。入口から20mほど下り坂を歩いていくと、下りの階段が見えてきた。大抵のダンジョンは階層間を階段で移動するタイプでダンジョン入口から最初の階段までを第一階層と呼ぶ。第一階層はモンスターが出現しないため、ダンジョンの本当の入り口はこの最初の階段だと考えてよいだろう。
自撮り棒にスマホを装着して配信を開始する、資金が潤沢な配信者は自動撮影ドローンを使ったり専門の傭兵なんかを雇うらしいがうちにそんな余裕はない。
「タイトルは、『神木ダンジョン攻略!!! 未踏域に初アタック!!!』っと」
配信を開始してさっそく同時接続数が3人になる。おそらくさっきのスレの連中だろう。
・おいすー
・まじで神木攻略してるんだ
・誰?
「よく来てくれたな、『DUNGEON LIFEちゃんねる』のカイトだ。今日はまだ誰も探索していない未知のダンジョンを攻略していくからな、面白いと思ったら高評価・チャンネル登録してくれ」
・がんばれ~www
・いいからサクサク進もうぜ
・足元には注意しな
「お前らなんか気づいたらコメントで教えてくれよ、即死トラップにはかかりたくないからな」
・フラグ乙
・初見なんだから俺らもわかんねーよ
・おい、前見ろ。曲がり角になんかいたぞ
曲がり角? 数メートル先の曲がり角に目を向けると、暗闇に得体の知れない輪郭が浮かびあがっていた。冷静にマチェットを構えてじりじりと近づくと、影は突然通路の真ん中に飛び出してきた。
「初エンカウントは……ゴブリンか、まぁいい!!!」
ゴブリンはダンジョンを代表するモンスターの内の一体だろう。低い身長と緑色の肌、醜悪な顔にはネズミのように長く尖った鼻が目立つ。ゴブリンはほとんどのダンジョンに出現する、低階層ほど出現数が多いので「ゴブリンは雑魚だ」と思っている冒険者が多いのだがそれは間違いである。ゴブリンは高い社会性と人間のように器用な手を持っている非常に危険な生物だからだ。
純粋なステータスでは貧弱だが集団で統率を取るようになると脅威となる、上位配信者パーティがゴブリンの集団に壊滅する動画を見たときなどはダンジョンの恐ろしさのようなものをひしひしと感じた。幸いなことに目の前のゴブリンは一人だ、闘争心むき出しのゴブリンは石のナイフを持ってこちらを窺っているようだ、こういう状況では無理に攻撃するとカウンターを狙われるから待ちが有効だ。
「グゥゥゥゥ……ガァァァッッッ!!!」
「はあぁぁぁっっ!!!」
我慢できなくなったゴブリンは逆手に持ったナイフをおおきく振りかぶって突進してきた。避けようとしない俺にまったく疑問を持つことなく脳天にナイフを叩き込もうと、渾身の力で振り下ろした。
「グゥ……、ガッ……」
「ふぅ、ゴブリンくらいなら楽勝だな」
カウンターの一撃を食らったゴブリンは小さな断末魔を上げると灰色の砂になって消滅した。ダンジョンのモンスターは死ぬと肉体の大部分が砂になってしまうのだが、「魔石」と呼ばれる強力な魔力を貯めこんだ石や発達した肉体の一部を「ドロップアイテム」として落とすこともある。俺は砂の中から、ドロップアイテム「ゴブリンの牙」をバックパックに収める。
・ナイスやん
・突っ込んで即×すると思ってたわ
・今の動きは誰か教わったのか?
「教わったというか、見よう見まねだよ。上位探索者に弟子入りするコネとかなかったからとにかく配信を見まくってイメトレしてたな」
初めてダンジョンに入ったころが懐かしい、あのころとは力も技術も確実に上がっているはずだ。
・そういえば今のでどのくらい経験値入った?
・ゴブリンだしそんなに入らないだろ
「確かにそれは俺も気になるな……、『ステータスオープン』!!!」
ギルドカードを取り出すと目の前にホログラムの文字列が映し出される。現在のレベル、ステータス、スキルなどが細かく羅列されている。
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名前:弩門海斗 レベル:14 next level 258
ステータス スキル 魔法
筋力:28 剣術:初級 トーチライト:初級
敏捷:40 隠密行動:初級
耐久:33 体術(逃):初級
魔力:20
技能:48
感覚:37
幸運:42
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名前の欄は手で隠しつつ、ステータスを確認してみる。
「あんまり経験値入ってないな、だいたい20くらいか」
・ちょっと渋いな
・ゴブリンでこれならマシな方やで
・魔力すくなくね
・魔法つかわんのやろ、俺もだいだいこのくらいや
「さすがに渋いから、もっと深いとこまで潜るかな。もしかしたらレアレリックも見つかるかもだし」
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