第4話

 あの日、私は一緒に出かけていない。

 事故の連絡のあと実家に帰ると、憔悴ということばが、両親の様子にあてはまっていた。

 どういう状況だったのか聞けやしない。

 報道内容でだいたいのことはわかった。聞いちゃいけないと私はずっと思っている。



 母親はそれからしばらく寝込んでいたようだった。

 実家で母親のそばにいたほうがいいような気がしたけれど、父親から短大に行くように促され、それに従った。

 そういうときにそばにいなかった負い目もあり、私は実家に帰れなくなっていた。



 ぬいぐるみは、母親がしまい忘れただけだろう。

 そう思って二階にあがろうとしたとき、


「さっちゃん、片付けてないのね」


 母が、ぽつり、つぶやいた。


「いつもそうなのよ。片付けないのよ。おねえちゃんからも注意して。手伝ったらダメよ、くせになるんだから」


 お母さん……?

 

 さっちゃんがいると思ってるようだった。


 夜になってその姿をみた父は、


「ときどき、こうなるんだ」


 そう言って、話を合わせて会話していた。


 

「さっちゃんの手を離してしまったんだ。それが堪えてるみたいでね」

 



 自分の家族なのに、そうじゃないような気がする。それくらい現実感のない光景があった。

 さっちゃんのくまのぬいぐるみを、さっちゃんだと思って撫でているお母さん。

 それに合わせて会話するお父さん。



 ここにいられない。

 いたくない。

 アパートに帰ろうと、思った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る