ダンジョン配信部顧問の岩沢です。

アキ AYAKA

第1話

 

 〇


 昨日の事は、はっきりと覚えている。

 ダンジョン配信部の部活動指導員となり、初めての出勤。

 確かに、俺も悪いところはあった。

 いつもの服に武器、財布とスマホで初めましてなんて言われたら、嫌な気持ちにもなるだろう。

 ユルユルの服着てたから、尚更か。


 生徒が5人、校長曰く経験の浅い教員が1人。

「岩沢仁(いわさわひとし)です」

 自己紹介したとき、生徒の大半が俺を馬鹿にしていた。先生もだったか。

 それも仕方ない。

 一般魔法しか使えない。ダンジョン配信をしたこともない奴だ。

 探索者高校の生徒には、一般魔法しか使えない奴はいない。

 

 自己紹介が終わり、頼まれて武器を見せると更にひどくなった。

 地球の金属で出来た刀状の板。刃の無い刀だ。

 刃がない代わりに厚く重いが、地球の金属ということで馬鹿にされた。

 ダンジョン産の金属は魔力が流しやすいとかで、戦闘には重宝するからな。


 そんな状況を乗り越えて今日、E級ダンジョンにやって来ている。

 昨日の今日で、遠征に参加させられるとは思いもしなかった。

 ダンジョンで1泊し、その間ダンジョン配信する予定らしい。

 バイクを駐車し、ダンジョン入口前の受付建物で待っていると、生徒が到着した。


 他の探索者がいないようで、駐車場がよく見えるこの受付用の建物は、探索者協会の人しかいない。

 E級ダンジョンでもドロップアイテムが大きかったり、重かったりすれば、換金所以外にも更衣室、シャワー室等を建設してくれるのだが。

 そういうものが無いため、生徒一同のカバンには防具が入っているのだろう。パンパンだ。

 

「岩沢はえーな」

「感心感心」

「岩沢さん、防具は?」

「E級だから、この服だけど」

「おいおい、ダンジョン舐めすぎだろ」


 全くしゃべらない1年女、文句タラタラな2年男女と1年男、普通に接してくれる鈴木陽己。

 鈴木は良い奴なんだ。

 昨日だって、文句言う奴が大半の中、実績から俺を判断しようと会話をしてくれた。

 そんな鈴木も、防具を着てないことは呆れ顔をするほどらしい。

 ダンジョンでは防具が必要だと認識した。


 生徒が他の探索者がいない受付建物内で防具を着けている時、外からクラクションの音が聞こえてきた。

 見ると、黄色い箱型の車が停まっている。

 

「あれは?」

「先生だよ。俺たちの武器持ってきたんだ。着替えてるから取ってきて」

「はいはい」

 

 生徒にいいように扱われるのが、俺の仕事かもしれない。

 陽が射し始める時間、クラクションを周囲の迷惑も考えずに鳴らす先生というのは問題だろう。


「木口さん、朝っぱらからクラクション鳴らすなよ」

「たくさんあるから、早く持って行って」


 渡されるがままに、生徒の武器が入ったケースを運んでいく。

 それが終わると、配信機材とそれぞれが準備しておいた食事、宿泊用具を出して運ぶ。

 生徒は防具に着替えるのが遅く、手を借りられなかった。

 

「岩沢さん、これ持って」

 木口さんにそう言われ渡されたのは、ギチギチのリュック、それに繋がっているカメラだった。

 腰には武器を、背中にはバッテリーを手にはカメラを。

 戦闘できないが、どういう風にダンジョン配信をしているか知らないから、仕方ない。


 受付に探索者免許を提示して、通っていく。

 探索者高校の生徒は学生証だ。


「岩沢さん。受付は?」

「みんなが来る前に済ませた」


 後ろの木口さんの免許を見ると、D級探索者だった。

 あまり探索者として活動していないらしい。

 

 入り口から階段を下りていくと、ダンジョンの1層に着いた。

 異常に広い岩の洞窟。

 等間隔で設置された謎の光源。

 

「岩沢さん。配信始めますから、覚えてください」


 そうして始まった、ダンジョン配信機器の設定と配信確認。

 スマホの操作ができるなら、問題なくできるものだった。

 カメラに画面が付いているため、チャットと配信の確認もできる。


 そうしてダンジョン配信はスタートしたのだが、何が面白いのか分からなかった。

 俺がダンジョン配信を、あまり見ていないというのもある。

 しかし、生徒たちが個人で好きなように配信しているのも、問題だと思う。

 それでも、固定の視聴者がいるようだ。

 生徒がSNSに配信開始を報告すると、25人の視聴者が来てくれた。


 ただ視聴者は、チャット欄で誰がかわいい、誰がかっこいい。などと会話しているから、まともな探索者ファンではないのだろう。

 そんな視聴者の反応を見られるのは、俺だけ。

 生徒も先生も探索に集中している。


「おい、お前ら結構エグいコメントされてんぞ。それに、つまらん」

 

 思わず、口に出してしまったのだが、彼らの関心はコメントになかった。

 

「そんなの知ってるよ。それよりつまらんって何?」

「視聴者少ないから、そのままにしてるわけ、分からない?」


 メンタル強者の2人が文句を言ってくるが、チャットはそれどころではない。

 〈だれかいる〉

 〈せんせーじゃない〉

 〈カメラマン?〉

 〈雇ったのか?〉

 〈確かにつまらんけど〉

 〈顔出せ〉

 〈おまえもリカたん親衛隊にならないか?〉

 〈部外者が言ってんな〉

 知らない奴に興味津々だな。


「話もつまらん、戦闘もカメラを待たずにするから、面白くない。木口さんも言えばいいのに」

「スライム相手に面白い戦闘なんて、できるわけないだろ」

「それならさっさと進んだらいい」


 俺が無駄に発破かけたからか、一行は会話をせずに進みだした。

 視聴者を考えないその姿勢は、配信者として大丈夫なのか。

 〈おい〉

 〈より面白くねぇぞ〉

 〈カメラ、マジ〉

 〈ガンバレー〉

 〈面白くなりそう〉

 〈コボルト相手にできんのか?〉

 〈スライムでもおもろい人はおもろい〉

 視聴者数は増えている。


「2層に入りました。ここからスライムとコボルトがでてきます」

 

 2年生の名前不明な男が、ようやく視聴者の事を考えて解説してくれた。

 部員たちの雰囲気がピシッとした気がする。

 緊張でもしてるのか、顔が固い。


「木口さん、アイツらコボルト倒せるの?」

「ええ。ここの5層まで進んでるから」

「探索者として暮らせなくない?」

 〈暮らせるから〉

 〈問題ない〉

 〈食うに困ることはない〉

 〈どんだけ贅沢してんだよ〉

 〈増税増税〉

 〈普通はE級で飯食える〉

 〈ほんき?〉

「でも、防具とか武器とか維持費で無理じゃないか?」

 〈頑張れば行けるはず〉

 〈無理じゃない〉

 〈ふつう〉

 〈維持費に悩むのがふつう〉

 〈メイスが主流だろ〉

 〈防具は高い〉

 

 気づけば、俺が視聴者と会話するツールになっていた。

「おい、岩沢。コボルト来たぞ」

 〈呼び捨て〉

 〈高校生に〉

 〈キチィ〉

 〈あ、おれ〉

 〈免許格差かな?〉

 〈俺たちの末路〉

 

 2年の男が言うように、コボルトが2匹来ていた。

 コボルトはワーウルフの下位種と言われている。

 体は小さく細く、ヨレヨレの毛で体を覆っている二足歩行の狼だ。


「戦闘する人以外、退いてくれ」

「2年生が行ってください」

 

 後方の木口さんが言うと、2年生男女2人が前に出た。

 1年生は鈴木陽己を含めた、3人。文句を言う男と黙った女。


「1人でいけるだろ。男行ってこい」

 〈おにだ〉

 〈おにがいるぞ〉

 〈こいつ〉

 〈呼び捨てにした仕返しだ〉

 〈高校生だぞ〉

 〈やれー〉

 〈安全第一〉

 

「そこまで言うか? コボルトだろ、2匹くらいならいけるだろ」

「見てろ」

 〈ガンバレー〉

 〈きたきた〉

 〈確かに面白くなってきた〉

 〈生きて帰れるのか〉

 〈廃部の危機〉

 〈退部者が続々〉

 

 2年男が片手剣を向かってきているコボルトに向ける。

 剣先にそこそこの火力の火の球が出来上がり、グルグル回転し始めた。


「ファイアボール!」

 

 一般魔法に加えて、火魔法が使えるらしい。

 火の球がコボルトの1匹に当たるが、肩だった。

 痛みから、怒って唾を撒き散らしている。


「グルルルル!」

「クソっ!」

 

 近づいてくるコボルトに片手剣を振り下ろし、ファイアボールが当たった方は倒した。

 もう1匹が近づいてくるが、2年男は振り切った状態のため、対応できない。

 

「ロックバレット」

 

 2年女の攻撃がコボルトの行動を止める。

 対応できなかった時間が埋まり、2年男が片手剣でコボルトを倒した。

 チャットは大盛り上がりだ。

 

 〈リカたんサイコー〉

 〈リカたんの勝利〉

 〈ひろし、ダメです〉

 〈ヒロシ実質デス〉

 〈俺は逃げの一手〉

 〈がんばったな、ひろし〉

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