えちゅーど
ユーキ
1. - Yuki & Chika
「なんで私がそんなメンドクサイことしなきゃなんねーんだ」
「だって、
(なんでこんなことに………………)
中間テストが終わった。
徹夜が続き不足する睡眠のせいで、鈍い頭痛を感じている。
「ただいまーっと」
マンションに一人暮らしなので帰宅を告げる挨拶をしても誰も応えてくれはしないけど、言わないと収まりが悪いのでかかさないようにしている。
正直、テストなんてどうでもいいと思っているけど、私の場合『潰しをきかせる』という理由でテスト勉強を真面目にやっている。
手ごたえもかなりあった。
できることなら勉強なんてやりたくない。
それでもやる理由は、将来に漠然とした不安があるから。
漠然とした不安の理由はわかっている。
幸せの形が色々あるように、世の中には不幸の形も色々あると思う。
少なくとも日本という国において、親がいないというのは、なかなかの不幸じゃないだろうか。
(まーそれだけだし、ウチは違ったけど、仮に毒親だったり借金まみれの親だったら、いない方がマシか…………)
だからというわけじゃないけど、私はこの先、どれだけやりたくないことをしなければならないのだろう。
「って、そんなこと今考えたって、意味ねーな」
ナーバスになっている気持ちを立て直し、テスト期間に全く手がつけられなかったゲームの実況動画の編集をやろうとパソコンの電源を入れる。
趣味で始めた動画配信だけど、何がウケたのか、チャンネル登録者数が増えて、微々たる金額だが収益をあげられるまできた。
別に仕事して認識してるわけじゃないけど、趣味でお金が稼げるならそれでいい。
編集ソフトを立ち上げ、ヘッドホンをしながら動画の素材を取り込んでいると、いきなり私の部屋のドアが勢いよく開き、そいつは遠慮なしに入ってきた。
「うぁぁぁぁぁ。ってなんだ、チカか」
耳が塞がっていたため玄関を開ける音に気が付かず、突然の物音と人の気配に驚いていると、私の唯一の…………なんでもない…………チカがそこにいた。
長身で少しツリ目、基本的に無口なのでお世辞にも愛想がいいとは言えず、チカも仲が良いのは私くらい。
容姿が整っていて、かつ社交性が皆無のため秘密のベールに包まれており、さらに軽音部でもないのにいつもベースを担いでいるせいか、密かに人気があるらしい。
(んなこと、私にとってはどうでもいいんだけど)
そんなチカに合鍵を渡しているとはいえ、一人暮らしの女子高生の家に来るのであれば、事前に連絡の一つもあってもいいと思うのは間違いじゃないはず。
驚かされたことに対する感情が収まらず、一応抗議する。
「おいチカ! インターホン鳴らせ、部屋に入るときはノックしろ、ついでに挨拶もしろ、そしてその前に手洗いうがいしろ! 何百回も言わせんな」
「悠妃、何百回も言ってない。せいぜい五十回くらい………………悠妃、お母さんみたい」
「誰がお母さんだ! 私はお前の……」
「彼女だもんね」
「ッ………………。 う、うるせー!」
思わず、目を逸らす。
恥ずかしくてしたかないセリフを口にしたにもかかわらず、チカは照れてる様子も、恥ずかしい様子もおくびにも出さずにケロっとしている。
私だけが舞い上がっているようで、それはそれでかなりムカつく。
(こいつからの告白を承諾したばっかりに…………)
いわゆる腐れ縁というやつで、チカとの付き合いは長く、高校も同じだと思っていたら、入学式の帰り道で告白された。
なので、付き合いは長いけど、正式に付き合ってからはまだ三ヶ月も経っていない。
どっちが彼女とか彼氏とか、はたまた両方彼女なのかは知らないが、そういう関係になった結果、昔に増して私ばかり損をしている気がする。
(はーーーー)
大きいため息のあと深呼吸を繰り返し、改めてチカの方へ向いて、改めて来訪の目的とクレームを投げかける。
「んで、今日は何? 私、テスト終わったんで、配信用動画の編集したいんだけど」
「あ、あと、まずは手を洗って来てもらえる? それまで話は絶対に聞かないから」
私にだって都合があるし、乱された心の代償は塩対応で支払ってもらう。
そこまで言うと、少しムッとした顔をして、本当に『渋々』という様子がピッタリな雰囲気をまとって、チカは洗面所に向かっていった。
(ムッとした顔もかわいい…………じゃない!)
私は気を取り直して、作業に戻る。
ネットゲーム、動画配信、そして動画編集用に購入した高スペックPC。
テスト期間前にどこまで作業をしたかを確認するために、編集途中の動画の再生ボタンを押すと、PCに負荷がかかりファンの回転数が上がる。
「やっぱり悠妃しかいない」
「は? なんだそれ」
洗面所から戻ってきたチカが意味不明なことを口走る。
ちゃんと手を洗ったかは分からないが、一応こちらの指定した条件をクリアしたので話を聞いてやる。
「それで、なんだっけ?」
「動画作って配信したい」
「………………は?」
私が、趣味と実益を兼ねてやっているゲームの実況動画配信を、チカもやってみたいのかと思ったら、どうやら違うらしい。
自称天才ベーシストの彼女は、そろそろバンドを組んでライブがしたいが、持ち前のコミュ障から自分からベーシストの募集に応募する勇気がないらしく、できれば声をかけて欲しいとのこと。
ただ、現状勧誘されるあてもなく『世紀の大発見』という謎のキャッチコピーで提案されたのが、名刺がわりに流行りの曲の『ベース弾いてみた動画』を動画投稿サイトに投稿し、それを見て感動したバンドからのスカウトを待つというものだった。
(こいつはアホなのか? 楽観的すぎるだろ)
軽音部に入らないのか聞いたことがあるが、なぜだか知らないが「ゼッタイに嫌」とのことだっった。
そして、話は冒頭に戻る。
「お前なぁ。得意って言ったって、私は適当にゲームの動画と、それをプレイする私の様子を合成して投稿してるだけだぞ。動画を切って貼って、テロップ入れるだけ。音楽だって、フリーのBGMだし。あとは効果音のSE少し入れてるくらいなんだけど……」
神妙な顔でウンウン頷いて聞いている。
(コイツもわかってくれたか。人にはそれぞれ得意分野ってもんがあるんだよ。ウチに入り浸ってボンボン練習してるお前が天才ベーシストかどうかは知らんけど)
「わかった。悠妃、とりあえずオススメの音楽制作ソフトをいくつかメッセージアプリで送っておくから。あと、最近の売れ線の曲のバンドスコアは私が用意するんで、なる早でベース以外のパートを打ち込んでほしい。あと、足りないものがあったら言って。お金はないけど、がんばるから」
「全然わかってねーーーー!」
(オマエの無口キャラはどこへ行きやがった)
期待した私がバカだった。コイツは人の話なんて聞くタイプじゃない。防音完璧な私の部屋は、コイツのベース練習やデカい声を出すためにあるわけじゃないのに……。
何だか泣きたくなってきた。
昔からそうだ。
幼稚園の時も、小学生の時も、中学の時だって…………。
「悠妃」
「なんだよぉぉ―」
思わず涙声になってしまった。
「悠妃、ありがと。大好き」
「ちょっ……おまっ…………ばかっ」
私の作業机の椅子の横に膝立ちになり、上目づかいで私を覗きこむようにそんなことを恥ずかしげもなく口にする。
これを無意識にやっているのだから本当にタチが悪い。
(なんだコイツ、なんだコイツ、なんなんだよ)
結局、いつもこれなんだ。
付き合ってるとか、付き合っていないとか関係ない。
チカの「大好き」は今に始まったことじゃない。
昔からそうだ。
幼稚園の時も、小学生の時も、中学の時だって…………。
この一言で、私は『なんでもしてしまう』。いや、『なんでも出来ると思ってしまう』。
友達としての大好きだと思っていた。
あまり、意味の無い言葉だと思っていた。
人付き合いが苦手な私とチカの、合言葉みたいなものだと。
ただ、付き合ってほしいと告白をされて…………付き合ってしまったことで、これまでとは決定的に異なる特別な意味が『大好き』に込められるようになってしまった。
割に合わない。
だったら、少しでも割に合うようにするまでだ。
私は椅子から立ち上がり、チカに向かって両手を広げる。
「タダじゃ、ヤダからな」
私は立ち上がると、チカから目を背けながら両腕を広げる。
チカは、今までのどこか少し寂しそな顔から一転、散歩を告げられた子犬のように明るい表情になり、飛びつくように立ち上がり私を抱きしめる。
身長差があるので、私は彼女に包み込まれるようになるが、チカはお構いなしに抱きしめてくる。
チカは普段、感情の起伏が激しいわけでもなく、あまり顔に出るタイプでもない。
ただ、私に対しては違う。
嬉しそうに私を強く抱きしめて、私の頬に自分の頬を寄せるチカは暖かく、私の心をじんわりと満たしていく。
「悠妃、いつもありがと。大好き」
「………………うん。…………私も」
私もチカの細い体に手を回して、それに応えるように抱きしめた。
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