第8話ペルソナ
風呂から上がり自分の家へと帰る。
「まぁとりあえず無月さんとさっきもらった紙の人に会いに行くかは話し合って決める」
「ああ多分それがいい」
「そうだよかったら家でご飯食べて行くか?」
「俺が作ったご飯じゃないけど」
「いや今日はやめとくよ、いきなり押しかけたりしたらお嬢ちゃんに悪いからな」
「それにこの後俺にも珍しく仕事が待ってるんだ」
「今まで集めた情報を整理しないとな、今デスクの上が大変なことになってるままなんだよ」
仕事が待っていると言っているがその仕事はおそらく俺が今頼んでいる仕事だろう。
「だから俺はここでまた今度、って言っても家に行くかもしれないけどな」
俺は別れた後自分の家へと帰った。
「おかえりなさいこの前より遅かったわね」
「ええ、昔話に少し花が咲いてしまいまして」
「それで新しい情報を何か教えてくれたりしたのかしら」
俺はその言葉には何も答えずさっき風呂から出たところで勇輝からもらった紙を無月に手渡す。
「何これ?」
「おそらく新しい宗教団体の情報か何かだと思います俺もまだ中身を確認してないので分かりませんけど」
言うと無月が小さく折りたたまれたその紙をゆっくりと開く。
「何か重要な情報は書いてありましたか?」
そう言いつつ覗き込む。
「いいえ特にこれといった目新しい情報が書いてるわけでもない」
小さな紙に書かれている文章を目で追いながら言う。
「そうねここに書かれてる文章で気になる点としては1年前にその宗教をなぜかいきなり何の理由も告げずにやめたことかしら」
「確かになんでいきなりその宗教から姿を消したのか本当だとしたら気になりますね」
「でもこの情報だけじゃまだ不十分のような気がするんだけど」
「勇輝もまだはっきりとは分かってないって言ってましたから今調べてくれてる最中なんじゃないですかね」
「じゃあ今後の情報についてしばらく待ってなきゃいけないってわけね」
「そういうことになりますね」
「私お腹すいてきたからそろそろ夜ご飯にしちゃっていいかしら」
「はいお願いします」
「今日はカレーなんだけどいい?」
「はい俺カレー好きなんで大丈夫ですよ」
「それは良かったカレー屋だって言われてもどっちにしろカレーしか出せないから」
選択肢は用意されていなかったらしい。
さすが小さい頃から母親と父親の代わりに身の回りの家事を全てやっていただけあってもう何どかすでに見ているが見事な包丁さばきと正確さだ。
包丁で切ったニンジンやお肉やじゃがいもを鍋の中に入れていく。
それからしばらくするとカレーのいい匂いが漂ってくる。
テーブルに座って優雅にお茶を飲みながら香りが漂ってくるのを待っていたのか無月が椅子から立ち上がる。
「そろそろいい頃合いかしらね」
そう言って鍋の中を覗き込む。
あらかじめ横に用意しておいたお玉でお皿にカレーをよそっていく。
「食べましょうか、いただきます」
「いただきます」
「そういえば無月さんってもうすでにいろんな料理作ってもらっちゃってますけど他にどんな料理作れるんですか?」
ふと気になり尋ねる。
「他に肉じゃがとかオムライスとか一般家庭で作れるものだったら大体作れると思う」
特に自慢するわけでもなくそれが当たり前のような口調で言う。
「そんなに簡単に料理って作れるようになるものなんですか?」
「多分それは人それぞれのペースだと思うからわかんないけど私の場合は事情が事情だったから早く覚えないと生きていけなかったっていうのが一番大きいんじゃないかしら」
「そういう意味では人間ってカメレオンと似てるわね」
「カメレオンですか面白い例え方をしますね」
軽くその言葉を聞いて失笑してしまう。
「だってそうじゃない元々できなかったことをできるようにするために周りに適用して色を変える」
「しばらくして何も変わらない平穏な日々が訪れたと思ったらまた別の何かのせいで適応しなきゃいけない状況に追い込まれてまた色を変えなきゃいけない」
「俺も小学生ぐらいの頃全く同じことを考えたな」
「小学校の頃からこんなことを考えてるなんてあなた昔からずいぶんと達観してたのね」
「それこそ自分が周りと違和感がないように適応しないといけない状況だったっていうのが大きいですね」
「別に自分が頭がいいから周りと合わせて行かないといけないとかそういう上から目線の考えじゃなくて」
「今あの時のことを思い出してみると周りの人たちと違和感がないように適用するっていうのを言い訳にしてただけなのかもしれませんけど」
「でもまあそれでも、自分の心を守るためにそうしたって考えれば正しい選択だったのかもしれません」
……
俺の言葉を否定も肯定も頷きもせず黙って聞いてくれる。
「今の話の流れで行くと確かに適用能力に優れているのはカメレオンですけど人間が一番適用能力の優れた生き物のような気がしますけどね」
「確かにそうね」
「そういう意味で言うとペルソナが一番近いのかもしれませんね」
「それって確か心理学の実験だったかしら?」
少し曖昧な口調で言葉を口にする。
「ええ、人間は多かれ少なかれ人によって態度や行動を変えているっていうやつです」
「母親の前で見せる顔と父親の前で見せる顔は違うとかそんな感じのやつだったわね確か?」
「両親だけでなく友達や恋人仕事の仲間に見せる顔は全部別のものっていう考え方です」
「ただ俺一つこの考え方に疑問点があって?」
「何?」
「自分以外の他の人が目の前に2人いた場合どっちの仮面を優先してつけるんだろうと思って?」
「まぁその点に関してはいろいろ考え方や仮説があると思うけど」
「俺個人の考え方としては目の前に2人人がいた場合自分が精神的に上だと思っている人物に合わせて仮面をつけると思うんですけど」
「確かにそっちの方が安全というかセオリーなような気はするけど…」
どこか疑問を含んだような口調で言葉を返してくる。
「無月さんはどう思います?」
「そうね私は目の前に2人の人がいた場合自分の中で新しい仮面を作るんじゃないかしら」
「新しい仮面ですか」
俺の頭の中にその考えが全くよぎらなかったわけではないがなんとなくさっきの言葉を選んでしまった。
「ええ、その目の前にいる2人にバランスよく同時に対応できる新しい仮面を作ると思う」
「確かにどっちにも対応できた方が都合がいいっていうのはわかるんですけど、どっちも自分の頭の中で同じぐらいの人だとしたら」
「どういうこと?」
言葉の意味がうまく伝わらなかったらしく疑問の言葉を返してくる。
「例えば目の前にいる2人が自分と全く同じ役職で精神的な距離感も同じぐらいだとしたらどうなるんですかね」
「確かそのことについて一応研究結果みたいなのは出てたような気もするけど」
そんな話をしていると俺が横に置いておいた自分の携帯が着信音を鳴らす。
「はいもしもし」
「真神」
「勇輝」
「さっき渡した紙は読んでくれたか?」
「さっき無月さんに呼んでもらったけど?」
「それなら良かった今からそっちに行って説明するから少し待っててくれ」
「分かった」
俺は短く言葉を返し電話を切った。
「何だって?」
「さっき紙に書かれてた人について新しいことがわかったから今から説明しに来てくれるそうです」
「それなら来る前にこの食器を片付けましょうか」
「俺も手伝いますよ」
それから俺もおぼつかない手つきではあったが食器を洗うことができた
ちょうど食器を全て洗い終わったところで家のチャイムの音が聞こえる。
「今開ける」
インターホン越しにそう言った後ドアを開ける。
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