隠しキャラ
ㅤ放課後に紡と寄ったチョコレート屋は、大盛況だった。流石先週できたばかりのことはある。並んでいる人の中には、ちらほら同じ学校の制服姿が見える。三十分ほど並び、席に通された。
ㅤ本当に食べ切れるのだろうかという大きさのチョコレートパフェを頬張る紡は幸せそうで、こちらまで嬉しくなってくる。私が頼んだガトーオペラは、クリームの甘さが程よく、美味しい。そんな中、私は一人で頭を悩ませていた。本当は、こんなところで時間を使っている場合ではない。放課後こそ攻略対象を誘い、デートに行くべきだ。紡とではなく。「一口ちょーだい」と言いながら私のケーキに手を伸ばす紡に頷きながら、唸る。どうしたものか。頭を悩ませて悩ませて、そして苦し紛れに口にした。
「ねぇ、紡、一年生の子で気になってる子っている?」
ㅤ口にした瞬間、何かに違和感を覚えるが、何だかわからない。意図せず恋バナのような切り出し方になったが、紡はきょとんと首を傾げる。そして、にっこりと笑った。右頬にチョコクリームが着いていたので拭ってあげる。
「いるよ」
ㅤ内緒話のように告げられた一言に、思わず身を乗り出す。
「だ、誰?」
「まだ、教えてあげない」
ㅤふふ、と笑って、紡はスプーンに乗せた生クリームをこちらへ差し出してくる。
「こっちも美味しいよ」
ㅤ促されるまま口に含む。生クリームだと思ったものはアイスだったらしく、不意の冷たさが舌先を冷やす。
「ん、ありがとう」
ㅤこの話題は掘り下げても無駄だろう。きっと、対象を解放する条件が何か足りていないのだ。柔和な笑みを浮かべながら「もう一口いる?」と首を傾げる紡に首を振り、ケーキの最後の一欠片を口に運んだ。
ㅤ結局その日は何も収穫を得られないまま家路についた。
ㅤ思い出した!
ㅤ持っていた本を取り落としそうになり、慌ててサイドテーブルに置く。寝転がっていたベッドからそのまま起き上がり、充電器からスマートフォンを引き抜いた。メモ帳アプリを起動する。どこかに書き留めておきたかった。『隠しキャラについて』と打ち込んで、ようやく息を吐く。そう、このゲームには隠しキャラがいるのだ。なぜ忘れていたのだろうか。あれほどやりこんだはずなのに、近頃ゲームの記憶が曖昧な気がする。しかし、思い出せたのだから良しとしよう。見出した光明を手繰り寄せるように、私は記憶を辿る。隠しキャラの名前は
ㅤ駄目だ。思い出せるのはここまでだ。これは、何かしらの枷なのかもしれない。何もかも知っているゲームを攻略させるのもつまらないから、意図的に記憶を消されているのかもしれない。だが、それでもいい。とにかく紡と話していたときの違和感の正体はきっとこれだ。潜在意識で覚えていた隠しキャラの存在が、紡との会話で脳裏を掠めたのだ。なんだかまだ違和感はあるが、きっと忘れている記憶のことだろう。何かトリガーがあればまた思い出せるかもしれない。
ㅤとにかく明日は灯彩くんに会いに行こうと決める。彼は、そう、たしか、いつも裏庭のベンチで本を読んでいるのだ。選択肢に存在しない裏庭に行くためにはまず図書館を選ぶ必要がある。そこで本を一冊借りることで選択肢が増える。今の状態であればそのまま裏庭に向かうことも可能だが、ゲームのルートに従った方がいいだろう。明日の昼休みは、図書館に行こう。そうと決まれば読み終えてしまおうと、サイドテーブルに置いた本に手を伸ばした。
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