遺書

 私はそう遠くないうちに、死ぬでしょう。

 なので、これを予め用意しておこうと思います。

 もしも私が死んでいない場合は、これ以上読まないでください。


 本当に、死んでいますか?

 例えば、精神的な異常により意思疎通を図れない状況になっているのであれば、ご迷惑をおかけしますが、私がこの世からいなくなるのを待ってください。行方不明になっている場合は、一年経って音沙汰が無ければ読み進めてください。


―――――――――――――――――――――――


 そうですか。死んだのですね。


 こうして書いている私はまだ辛うじて生きているので、なんだか照れくさいような、恐ろしいような、そんなような不思議な気持ちです。


 まず、どれだけ不審な死に方、もしくは惨い死に方をしていたとしても、どうか気に病まないでください。その結末は私の落ち度というか、自損事故のようなものです。私を取り巻く環境や人間関係に悩んだ末に、そうなった訳ではありません。

 そして、私が死んだ原因に関しては深掘りしないでください。

 それが私の最後の、唯一のお願いです。

 私は幸せでした。根暗でどんくさい部分があるのに、それを責め立てられることもなく、自分の好きな趣味を仕事に出来ました。(たった一作品、本を出しただけで重版もかからなかった立場でそう言うのはどうかとも思いますが)


 高校二年生のとき、私は「小説家になりたい」と漏らしたことがありましたね。それをほんの少しも茶化さず否定せずに話を聴いてくれたこと、本当に嬉しかったです。きっと他の子と比べたら全然きちんと出来ていなかったし、同世代が就職して、結婚する人も出てきて、子どもまで生まれるところもある中で――私は結果的に定職につかずに家にこもって創作ばかりしていたのに、最後まで見守ってくれました。それがあったから、たった一作品とはいえ、世に出版することができたのです。


 それで、その分で私はきっと、一生の幸せを先に得られたのです。他でもない皆のおかげです。皆さんのおかげで私は曲がりなりにも、一瞬だけでも、小説家を名乗ることができたのです。本当にありがとうございました。

 お礼なんて、どれだけ言っても言い足りませんね。


 お母さん、健康に気をつけて長生きしてね。あんまりお酒ばかり飲んじゃ駄目だよ。

 お父さん、ごめん。色々と迷惑かけちゃったよね。心配してくれて嬉しかったよ。

 ■■、お父さんとお母さんのこと、よろしく。■■はしっかりしてるし大丈夫かな。


 家族にも親戚にも友達にも、本当に良くしてもらいました。

 今までありがとう。皆さんのおかげで、私は充分すぎるくらいに幸せでした。何の不満も未練も後悔もありません。ちょっと早くいくのは、ごめんね。許してください。

 それでは、さようなら。


【筆者メモ】

 嘘だった。

 肉親を「顔の怪異」から遠ざけるための、ただの嘘。

 本当は死にたくなんてなかった。不満も未練も後悔もいくらでもあった。もっと生きていたかった。誰かに助けてほしかった。Kを死なせたくなんてなかった。


 異常行動の強制から一時的に開放された私は、汚物にまみれながら枯れ果てた声で泣き叫ぼうとする。声も涙もでない。うーうー、か細く唸るだけ。強制される時間が少しずつ長くなっている。乗り切るコツを掴もうとも慣れるものではない。心身とも消耗しきっていた。苦痛をやり過ごすべく歯を食いしばりすぎていたからか幾つかの歯が砕けている。口の中がじゃりじゃりする。


 精神の揺らぎにも波がある。

 こんな風になってまで、私は一日のうちの数十分程度はまともな精神状態を保っている。幸か不幸か人間は意外と頑丈だった。だから異常者としか思えない怪文書をしたためる狭間に、こんな悪あがきのような駄文を残してさめざめ泣いたりもする。

 いっそのこと、早く正気なんて失ってしまえばいいのに。

 そう思うのと同じくらい、正気を手放すことが怖かった。

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