No. 01

「ねぇ、こいつ殺しとく?」



 燃え盛る劫火のなかで、柚野ゆの朱理あかりは虚ろな表情のまま、コテンと首を傾けた。髪を黒煙のように揺らめかせる不気味な少女。目元まで伸びた黒髪の奥からは、見開かれた深紅の双眸が覗く。そして、黒セーラー服の彼女の手には二〇式五・五六ミリ小銃が握られていた。


 近くからコンクリートが崩落する音がする。辺りを包み込むのは、鉄柱を融解させる炎と、死骸を燃やす悪臭。人々の悲痛な叫びが逆巻く炎に飲み込まれ、黒煙が空を覆い尽くしてゆく。


「どうして……?」


 病院に定期健診に訪れただけなのに。私の脳裏にそんな言葉が駆け巡る。腰を抜かして、その場から動けなくなっている私に向けられるのは、小銃の銃口。それから、柚野ゆの朱理あかりの足元で転がっている女の伽藍洞の瞳だ。ピクリとも動かない女の目は、私に「なぜ?」と投げかけて来る。


 さっきまで女は、生きていた。

 けれど、死んだ。

 殺された。


 ――L型症例ブラック・フェーズと診断されて、殺された!!



「おい、よせって」


 と、柚野ゆの朱理あかりの隣にいた男が、小銃を掴み、下ろすように指示をする。隊服に身を包む男は、柚野ゆの朱理あかりの上司なのだろうか。やれやれと呆れ口調混じりに、紫煙をくゆらせる。


「そいつぁー、一般人ホワイトさんだ。俺たち葬送執行人アンダーテイカーが手ぇ出したとなりゃぁ、上がうるせぇぞ?」

「でも、殺してるの見られた。口封じしとかない?」

「だーかーらー。……はぁ」


 そんなんだから、お前はM型症例レッド・フェーズなんだよ、と男は頭を掻く。その言葉に私は思わずギョッとする。柚野ゆの朱理あかりの首に付けられているチョーカーには赤色のラインが引かれている。M型症例レッド・フェーズ患者の印。そして、この先に行ってはいけないことを示す赤信号だ。症状が進めば、待っているのはL型症例ブラック・フェーズ――執行対象となる。


 まさに、私はその執行現場に立ち会ってしまったところだった。




 *****




 『精神の異常が、空間に影響する』。

 それが、この群青町の人々が抱えるだ。




 その症状は人によって様々だ。ポルターガイストのような超常現象を引き起こしてしまう軽いものから、一定の空間を破壊しつくしてしまうような重度の高い症状を持つ人もいる。これらは、症状によって色分けされており、軽いものから順にイエロー・フェーズ、オレンジ・フェーズ、レッド・フェーズと呼ばれている。


 この不可解な病気に与えられた病名は『心因性空間侵食症』。発症原因も、治療法も、予防法も不明なこの病を患った者は、ただただ超常的な災害を起こしかねない危険な存在。時の日本政府は、『心因性空間侵食症』患者の隔離を決定し、この病に認定された患者は、群青島と呼ばれる島へと移送されることが決まっていた。


 ちなみに、私は発症の兆候を持つ者として、・フェーズ認定されていた。早期発見できたことは喜ばしいことだと医者には言われ、きちんとした治療を受ければ、すぐにでも元の生活に戻ることができると教えられた。


 

 治療に励もう。

 そして、早く本土に帰ろう!!



 そう思っていたのに……



「さーて。俺らが葬送執行人アンダーテイカーってこと身バレしちまったわけだが、そうなったら生かしておけないんだわ。分かるかな?」


 ニヤニヤしながら語り掛ける男。しかし、ふざけた調子の言葉の端々に殺意が感じられて、私は震えながら頷く。見逃がしてやる代わりに、いま見たことは黙ってろ。お前は何も見ていない、いいな? ――そんな無言の言葉が聞こえて来る。


「いい子だ」


 私に肩を貸す男。この男も、『心因性空間侵食症』患者なのだろうか? 空を指でなぞると、それまであった炎の壁が切り裂かれ、道が生み出される。


「さて、とりあえず名前でも訊いておこうか。アンタ、名前は?」

 








―――――――――――――――

あみださんへ。


ごめんなさい。期限に間に合わなかったので、冒頭部分のみの参加になります。本作は、中編規模になる予定で、そのうち責任をもって完結させます。


本当に、ご迷惑をおかけします。

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