夏祭りとあの人の影

斧田 紘尚

各駅停車 本厚木行

 夏の長い日がようやく落ち始め、空の色が夕焼けの橙色よりも濃い紫色に染まっている。


 私はそれを乗車率がほぼ100%の各駅停車の列車の中から覗き見る。 

 雲一つ無い怪しい夕焼けは、私が事を成す間に服を濡らすような事はしなさそうだ。


 何せ私の服は白が基調の物で雨に降られてしまえば否が応でも服が透けて一人水着ショーの恥辱が待っている。そんなのは一切御免だ。


 鶴川駅を過ぎ東京都と神奈川県の両者の間を反復横跳びし終える頃、列車はトンネルに飛び込み、あっという間に学園の庭先を掠める。もう間も無く玉川学園前駅だ。


 この玉川学園前駅はこの学園こと玉川学園を開校する際に開発された所謂学園都市だ。

 私はこの玉川学園前駅には縁が無いわけではなく、この玉川学園前駅の近くでアルバイトに就いた事も有るしこの駅から出るバスに乗って教習所へも通った。

 学生の頃の幾分かの日々はこの玉川学園前に費やしたのだから、懐古の情があるのは当たり前なのだ。


 ああ、懐かしい。豚カツ屋のおじさんは元気にやってるかな。そうだリス・コリヌのケーキを久々に食べたいな、と列車が完全に停止する束の間に考えていると、背後の数人、いや十数人の高校生と思しき若人達が俄かに沸き立ち始めた。


 ああ、そうか。この子達も玉川学園前の夏祭りに来たのか。


 さて私が何をしに玉川学園前へ来たのか。

 夏祭りに、そして面識は無いが憧れだったあの人の影を追いに来たのだ。

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