かつて憧れていた推しよりも強くなってしまい、ダンジョン稼業を引退しようとしたら推しがライバル宣言してきました

みやもとはるき

第1話 スマホを落とした

 ダンジョンを探索し、強力なモンスターを倒す。子供の頃から憧れていたダンジョン探索という仕事があった。俺はかつて西園寺夏愛さいおんじなつめというダンジョン探索者に憧れていた。彼女の配信は一昔前はよく見ていたし、友人の村沢という男とも話題にしていた。村沢とは中学の頃からの友達で、気が合う仲だった。西園寺のことを教えたのは俺のほうだが、村沢が先に知っていたみたいな話をよくされた。居酒屋で呑みながら、村沢は未だに西園寺の話をしたものだった。


 テーブル席に座り、村沢はスマートフォンを見せてくるのだ。


「この技さ。よほどステータス上げないとできない技だよな」


 村沢が見せてきたのは、西園寺が飛竜というモンスターと戦っているところだ。当然飛竜は強力のボスモンスターで一部の人間にしか倒すことはできない。彼女は空中で何度も身体を捻らせ、その都度飛竜の体躯に剣を突き刺していた。


「すごいな。西園寺さんもできるんだ」

「なんだ、他にもできる人いるみたいな言い方をするなよ」

「まあそうだわ」


 俺はそう言って卵焼きを箸で摘む。


「この技も見ろよ」

「もういいよ」


 俺はそう言って手を振った。


「なんか最近さ、西園寺さんに対して失礼じゃないか?」

「別にそんなことはねえけど」

「まるで見下しているみたいでさ」

「だって」


 俺はそこまで言って、口を閉じた。村沢の目を見る。俺はグラスを手にして、村沢にビールを注がせる。


「お前も飲め飲め」


 俺が言うと、村沢は鼻息を鳴らし仕方ねえなと言ってビールを飲んだ。帰りのタクシーに乗せると、俺は目的地を運転手に告げた。


「車の中で吐くなよ」


 俺が言うと、運転手は露骨に嫌な顔をして、扉を閉じた。夜道を歩いていると、久しぶりのダンジョンに入りたくなった。久しくダンジョンに籠もってはいなかった。ダンジョンの前を通り過ぎていく。また今度にしようと思ったが、身体が鈍るのも正直言えば嫌だった。


 ダンジョン゙の前にやってくると、呼び止められた。久しくダンジョンに通ってないせいで受付は知らない男だった。


 俺は通行証を提示した。


「ずいぶん前の通行証ですね」

「3ヶ月くらい入ってないので」

「まあ、いいでしょう」


 受付の男はそう言って俺に通行証を返した。ダンジョンの中に入り、アイテムボックスを開いた。ボスに飛べる魔法書はどこだっけと、アイテムボックスの中身を探す。見つけると、魔法書を使用した。このアイテムの価値は、かなり高く、すでに再販が禁止されていた。もの好きな男から高値で買い取ったので、希少価値が高くても手に入れることができたのだ。


 見上げると大きな雲が浮かんでいた。地平線がどこまでも続いているが、この形状だと周りは崖というよりも、この地が浮かんでいる。四方を空に囲まれている、浮遊島というマップだった。そこに発生するボスは飛竜。呆然と景色を眺めていると、鳥の鳴き声みたいな音が聞こえてきたのだ。飛竜のお出ましだった。


 ダンジョンを後にすると、撮っておいた動画を確認した。飛竜は俺の剣によって八つ裂きにされている。角度は悪いし、上手く撮れているわけではなかった。まあ、ネット上にアップロードするわけじゃないと、俺は気にしなかった。


 次の日になり、頭痛を覚えた。二日酔いで目を覚ますと、スマートフォンを探したのだ。あれ、どこにもない。どこかに落としたかもしれなかった。近くの交番に急いで向かう。


 警察官は女の人だった。


「どうかされましたか?」


 柔らかい表情で応対を受ける。


「携帯を落としてしまって」

「あらそうですか」


 俺は身分証を提示した。警察官は後日、連絡すると告げ、俺は親の電話番号を代わりに知らせた。3日くらいしたが、戻ってこないため、仕方なく携帯ショップで新しい携帯電話を購入することに。紙に書いておいた友人の連絡先を入力するのは面倒だったが、まあ仕方ない。


 村沢に連絡をする。


「ごめん。携帯電話失くしちゃって、これ俺の電話番号」

「本当に、荒川か?」

「新川哲也だけどな」

「まあええわ。西園寺さん、なんか引退するって言ってたぞ」

「本当か?」

「なんか、自信なくしたらしい」


 これはショートメールでの会話だった。自信なくしたって、配信者の中では結構稼げるほうではないのだろうか。


 ホームページを覗いてみると、コメントが掲載されていたのだ。


「皆様にお詫び申し上げたいことがございます。わたくし、西園寺夏愛は今後のダンジョン探索に自信が持てなくなりました。自分の才能のなさというか、おごっていたという節がありました。大変、井の中の蛙だなって思っちゃいました。ごめんなさい」


 たしかに西園寺夏愛はダンジョン探索を止めようとしていた。村沢に電話を掛けると、会わないかという話になったのだ。見せたい動画があるらしい。


 駅前であうと、村沢は早速と言って、動画をスマホで見せてきた。


「どれどれ」


 俺はそう言って、スマホを覗く。

 そこには飛竜が細切れになっている映像が流れていた。人物の後ろ姿があるだけで、動画の見栄えはかなり悪い。


「これを見て、西園寺さん悩んでいるらしいぞ」

「これって」


 これ、俺の動画じゃねえか。携帯電話を落としたときに、拾ったやつが上げやがったのか。


「世の中にはとんでもねえ、化物がいるんだな」


 村沢は感服している様子だった。俺が黙っていると、村沢はスマホを操作した。


「着信があった」


 村沢が言うと、電話かと思ったが、どうやら西園寺のアカウントが発言するのを着信音設定してたらしい。


「西園寺さん、かっこいいな」

「どうかしたのか?」


 村沢は画面を見せてきた。


「わたくし、西園寺はダンジョンで有名になりましたが、実力の合う探索者を目指します」




 

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