第7話

ベンディクス侯爵夫人とアストリッドを月2回ほど王宮に招待した。様子を窺うにヴィクトルとアストリッドの相性は良好と言えよう。


そんなある日、ヴィクトルからディオーナに相談があった。


「彼女とはより親睦を深めたいのです。私の好意をお伝えするのにはどうしたら良いですか?」


まさかの恋愛相談であった。


「ヴィクトル殿下はアストリッド嬢を好ましく思っていらっしゃるのですね」


「はい」


「そうですか。今は何方かと婚約を結んだりしているわけではございませんから、好意をお伝えするのは自由だと思います。贈り物を贈ることが多いでしょうか?しかしまだ婚約者ではありませんし恋人とも呼べませんものね。お花でしたりお手紙あたりがよろしいかしら?想いを言葉にしてお伝えすることが一番良いかと私は考えますが、何分私は殿方から何か頂くことはございませんでしたので私の考えが参考になりますかどうか…」


ヴィクトルはディオーナの言葉に唖然としてしまった。何でも知っていると思っていたディオーナは恋愛事には疎いと言う。そして何より、何も貰ったことはないと言う。


「えっと、ディオーナ様は元王太子や父上と婚約していたのですよね?何も貰っていないのですか?」


「ええ。殿下のお父様とは婚約期間も短かったですし、結婚が決まっていましたからこれと言っては。元王太子に関しては私に全く興味などなかったのでしょうね。ご機嫌を窺うようなこともありませんでした」


「だからって、そんなことって…」


ヴィクトルはディオーナがぞんざいに扱われていたことが信じられなかった。


「殿方からの助言を頂いたらいかがです?王太子殿下でしたら、エミリア様に様々な形で愛をお伝えになったことでしょうから。お二人は学園時代から婚約されてましたし、王太子殿下ならお花の知識は豊富でいらっしゃると思いますよ?」


「お花の知識ですか?わかりました、そのようにしてみます」


父と母の馴れ初めは知らないが、仲が良かったという記憶はあった。ヴィクトルはディオーナの助言どおりオリヴェルに相談することにした。




数日後、ディオーナはヴィクトルから青いサルビアを受け取った。


「尊敬と知恵ね」


「何かおっしゃいましたか?ディオーナ様」


「いえ、気にしないで。カロラ、こちら飾っておいて。…それとも、ドライフラワーに出来るかしら?」


花言葉を教わったのだろう。ヴィクトルが思うディオーナに相応しい花として青いサルビアを選んだのだ。


「ドライフラワーも素敵ですね」


「私、お花を頂いたのは初めてですの。少しでも長く楽しみたいと思うのです」


「ディオーナ様…」


カロラはヴィクトルへの助言の際後ろに控えていたためディオーナの事情も把握していた。この花束が初めて貰った贈り物だとはにかむディオーナに胸が熱くなった。


「今度ヴィクトル様にお礼を差し上げましょうね。何が良いのかしら?」


贈り物を貰ったことがないのだから、そのお礼もしたことがないのだろう。


「よく、刺繍を施したハンカチーフをお渡しすると聞いたことがございますよ」


カロラは提案をした。


「そうね、それが一番相応しいかしら。では刺繍セットも用意してくれる?」


こうして、ディオーナは刺繍に没頭するのであった。



この日を境に、ディオーナの目につくところに花が生けてあるようになった。


(あれはピンクのコチョウラン?)


(これは赤いバラ?)


(窓の外に見えるあの花壇の花、すみれかしら?鉢植えも増えてるけどチューリップ?いつの間に?)


そして、どれも『あなたを愛しています』や『愛』という花言葉を持つ。


(今まではなかったものよね?なぜこんなにも愛を表現する花ばかりなのかしら…)




ヴィクトルへの贈り物が用意できたディオーナは、改めてお礼をした。


「ヴィクトル殿下、先日は素敵なお花をありがとうございました。とても嬉しかったです」


「花言葉を学び青いサルビアを知ったところ、貴女しか考えられませんでした」


「『尊敬と知恵』ですね。私の事をそのように?」


「はい。とても賢く、とても尊敬しています」


「ありがとうございます。こちらはお礼です」


イニシャルを刺繍したハンカチーフを渡した。


「こちらは、私の…!ありがとうございます。大切に使わせていただきます!」


ヴィクトルの笑顔に、ディオーナは満足した。


「ところで、アストリッド嬢には何をお贈りになったのです?」


「アストリッド嬢には紫色のライラックを//」


照れた様子のヴィクトルにディオーナもつられて頬を染めた。紫色のライラックは『初恋』や『恋の芽生え』という花言葉を持つ。


「素敵な選択だと思います。花を贈ることは王太子殿下のご提案ですか?」


「はい。やはり私たちは婚約しているわけでも恋人でもありませんから、宝飾品やドレスは違うと。そして、王子という立場から今は形に残らない物が良いのではと花を勧められました。手紙では形に残ってしまうので、何か不都合があった場合に揚げ足を取られたり足枷になると。ディオーナ様の仰った通り、父上は植物にとても詳しく知識に富んでいました。花言葉で意味を含ませて贈ると良いと助言をいただきました」


「花言葉…。あの、庭園の花もヴィクトル殿下がご指示を?」


「庭園ですか?いえ、私が指示したのはディオーナ様とアストリッド嬢に各々用意した花だけです」


「そうですか…」


ヴィクトルが花言葉を学んだことで、王宮内のあちこちに愛の花を飾ったのかと思ったが違ったようだ。そもそも王宮を飾る花は誰が用意しているのか。


「ねぇ、カロラ?王宮内に飾られているお花は誰が用意しているの?」


「ハウスメイドらが毎日お世話をしておりますよ。季節に合わせた花を用意していたようですが、いかがいたしましたか?」


「最近飾られているお花が変わったような気がして…」


「確かに、季節というよりは通年のものが多いでしょうか。確認してみましょうか?」


「いえ、そこまでのことじゃないのよ。ちょっと気になっただけなの」


結局この日は真相を確かめることはしなかった。

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