わたくしの性癖【人外フェチ】に何か問題ありまして?

日家野二季

第1話 魔物愛づる伯爵令嬢

1-1 婚約破棄は当然に



「ジークリンデ・ロゼッタ。君との婚約は破棄させてもらう」


 突然突き付けられた婚約者からの言葉に、ジークリンデはパチパチと目を瞬いた。


 父の従兄いとこに当たるハクスブルグ公爵により招かれて訪れた小宮殿での豪華絢爛な舞踏会。よもやそんな場所でフィアンセから直々に婚約破棄を告げられる事になろうとは想いもせず、呆気に取られたジークリンデは暫し口を閉ざす。


「本気でございますの、エドワード」


 あくまで凛とした態度を崩す事なく問い掛けると、その射抜くような視線の前で彼が少しばかりたじろいだ。

 いずれ王の冠を授かる人物が、自分ごときの視線に狼狽してどうするのだと、ジークリンデは心の中で彼を叱咤しったする。


「あ、当たり前だろう! 僕はこの国の次期国王だ。この国に住まう全ての人間の生活を守る義務がある。箱庭に魅入られ、魔族に心を奪われた悪女を、王妃の座に就かせるわけにはいかない」

「……」


 悪女とはまあ、随分なレッテルを貼られたものだ。


 つい先程まで紛いなりにも将来を誓い合っていた間柄だと言うのに、エドワードはまるで下手人げしゅにんでも見下げるような視線をこちらに向けてくる。酷い話だ。


 誰かをおとしいれるような真似をした訳でもなければ、命を脅かした訳では無い。

 彼の婚約者としての努力は惜しまなかったと言うのに、この仕打ちには些か不本意ではある。


 心の中に少なからず不平不満が湧き出てくるものの、ここでそれを口を開くのは得策では無いだろう。


 青天の霹靂、と言いたいところではあるものの、思い当たる節が全く無いのかと問われればそんな事も無かった。むしろ心当たりはハッキリとある。


 恐らくは先日、彼と共にボート遊びに出掛けた際に見つけた『あれ』が原因なのだろう。


 全く。あんなもの一つで婚約者を追い詰めるまで狼狽しているようでは、王としてのお役目が務まるのだろうか。

 己の置かれた最悪の立ち位置に目を向けず、ジークリンデはこの国の先行きを密かに案じた。


(さて、どうしたものかしらね……)


 貴族の婚約と言うのは当人同士の恋愛結婚などと言うケースは少なく、その殆どがお家のための政略結婚。ジークリンデとエドワードもまた親によって決められた将来の相手だった。


 親に決められた相手とは言えど、彼の事を嫌っていた訳では無い。

 しかし大勢の前で惨めったらしく別れを告げられた所でそれ自体は、ジークリンデの関心の外にあった。婚約破棄自体はまあ良い。良くは無いが、主観で見れば差程大きな問題ではない。


 我が家から王妃が誕生する事を喜んでいた父には申し訳ないのだけれど、ロゼッタ家はジークリンデの多少の粗相くらいで、家の立場が揺らぐような事も無い。筈である為、そちらも余り気を揉むような問題では無いだろう。


(だけれど、伯爵家の娘としてこの国で生きる事は、出来なくなってしまったでしょうね)


 次期皇太子により直々に悪女の烙印を押された女を拾ってくれるような貴族家は存在しないだろうし、何処かのお家に嫁ぐ事が出来なくなったとなれば伯爵家の娘として生きていく事も叶わない。


 貴族の娘に与えられる一番の役目は、他所のお家に嫁いで世継ぎを産む事。貰い手のいなくなった娘が一人で生きていく手立ては無い。


(これは所謂、詰みと言うものなのでは?)


 ジークリンデ・ロゼッタ。

 伯爵家長女、年齢十七歳。


(今後はどうやって生きていけば良いのかしら……)


 婚約者である王太子により婚約を破棄された事により、彼女は事実上の国外追放令を言い渡された。


 大勢の貴族達が見守る中で、当の本人はと言うと既に自身のセカンドライフに想いを馳せているのだった。



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