暴走ヴァチカン 衝突未遂

 仕方なく俺はテオの死体を背負った。


 テオの足を引きずって階段を降りると、一階にいた少女の両親が青ざめた。

「まあ、神父さん! 大丈夫ですか?」

「連れは死ぬほど疲れてます。構わないでやってください」

「それで悪魔は去ったのですか?」

 父親はぐったりした少女を抱えて目を泳がせる。俺は作り笑いを浮かべる。

「ええ、勿論。我々には神がついています」


 後ろからついてきやがった悪魔の羽音が聞こえた。



 俺は車の助手席にテオを投げ込み、運転席に座る。ルームミラーいっぱいに黒い羽が写った。

「ガソリン代払えよ。焼き殺すぞ」

「相棒の命はガソリンより価値があると思うがね」

 犬でも蹴飛ばしたい気分だ。車内には死体と悪魔しかないので、代わりに俺はアクセルを踏み込んだ。



 ヴァチカンの街並みが高速で後ろに飛んでいく。外は夕暮れだ。

 テオの死体がどんどん前のめりになる。

「で、この馬鹿は何で死んでんだよ?」

 ミラーの中で悪魔が歯を剥き出した。

「今お前がしようとしてるのと同じさ。誰かがこの男を悪魔との取引に使って殺した」

「何だって?」



 そのとき、反対車線から飛び出したパトカーが視界を塞いだ。俺は急ブレーキを踏む。


 パトカーから警官が降りてきた。くそ、速度違反に死体と同乗だ。俺はテオの前髪を掴んで座席に引き上げる。


 窓を下げると、若い警官が慌てて身を引いた。

「司祭様でしたか、お疲れ様です。法定速度だけはお気をつけを」

 敬礼に舌打ちを返して俺はまたアクセルを踏んだ。半開きの窓から警官の声が滑り込んだ。

「クズの方のケーンだった!」

 奴の面は覚えた。



 俺とテオは名字こそ同じだが兄弟じゃない。赤の他人の偶然だ。性格も正反対。よく天使と悪魔と言われる。勿論、俺が悪魔で、テオが天使だ。


 奴は馬鹿正直で、真面目で、どんな奴も見返りなく助ける。そこら中の悪魔による諸々を解決するために駆け回ってるせいで、さっきみたいに警察から教会の覚えもだいぶいい。


 奴が恨みを買う想像がつかない。俺の場合は多すぎて考えたくない。

 テオが恨まれるとしたら、飢えた熊を憐れんで餌付けしたせいで人里が襲われたとか、そんな理由だ。まずい、そういう線なら五十は浮かぶ。

 またテオが前のめりになってきた。


「くそっ!」

 俺が苛つくほど悪魔は喜ぶ。

 平静を装いつつ、テオの首を絞める想像をしながらハンドルを握る。


 悪魔との契約は死んでも御免だ。だったら、取引してテオを殺した奴を見つけるしかねえ。


 そのとき、電話が鳴った。

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