悪魔と駆ける夜明け前

木古おうみ

馬鹿を葬る

 まずいことになった。というより、まずくないことがねえ。



 俺もエクソシストとして死線は潜ってるつもりだ。だが、悪魔祓いを終えたと思ったら相棒がくたばってるのは想定外だ。


 テオ、俺のバディで教会一の馬鹿は、少女用のベッドに突っ伏してる。さっきまで悪魔に取り憑かれてて、今さっき俺たちが救った少女のベッドだ。


 確かに祓いが終わった後、テオは疲れ切った顔をしていた。だから、依頼人の家を出た途端、教本を少女の部屋に忘れた言い出したのは大目に見てやった。いつまでも戻らないから痺れを切らして迎えに行ったらこれだ。


 何寝てんだ馬鹿野郎と蹴飛ばしたら、テオは空のゴミ箱のようにゴロンと転がった。乾いた両目は瞳孔が開いて、脈も心音もない。鼻と口を塞いでみたが息もしてない。


「何してんだ、間抜け面……」


 呟いた瞬間、背後に気配を感じて俺は咄嗟に振り返る。

 白いレースのカーテンが揺れる窓に黒い羽が広がっていた。長髪でスーツを纏った男か女かわからない奴が窓枠に腰掛けている。山羊のような角と、タールじみた黒い肌。絵に描いたような悪魔だった。


「その牧師の仲間か?」

 脳の芯を揺らすような声だった。俺は火薬に聖灰を混ぜた弾丸を込めた銃を構える。

「馬鹿が、カトリックだから神父だ」

「どちらも似たり寄ったりの無能だから見分けがつかないな」

「ブチ殺すぞ」


 悪魔は鷹揚に両手を上げた。

「撃つなよ。仲間が死ぬぞ」

「もう死んでんだろうが。それにあの馬鹿の命なんか知らねえよ」

「本当に?」


 黒く長い爪が俺を指す。

「エリアス・ケーン司祭。お前の罪は知っている。そこのテオフィルス・ケーン司祭がいなければお前がどうなるかも」

 くそったれ。神父と牧師も見分けられねえ振りしやがって。引鉄にかけた指が汗で滑る。


 悪魔は人差し指を俺から天井へ向けた。

「喜べ、その男はまだ死んでいない。夜明けまでに奴の代わりとなる者を見つけろ。そいつの命と引き換えに助けてやる。見つからなければその男は地獄行きだ」


 実に悪魔的な笑い声が響いた。まずいことがこれ以上増えたのは、更に想定外だった。

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