第28話 不殺隊の名に懸けて

――敵襲! 敵襲ー!

――これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!

――敵は一人だ! 囲い込み集団で抑えるぞ!


 分かっていた事だ、敵はジャスミコフ一人じゃない。

 この城には何千という兵士が駐留している。


 各門にて立哨していた近衛兵や、警らの最中だった衛兵たち。

 その全てが俺という敵目掛け、包囲し、一斉に襲い掛かってくる。


 アグリア帝国との戦争においても、これだけの多勢無勢はなかった。

 新兵を殺さないようにと、修練場のナマクラを手にしたのも災いしている。

 一人一人に必要以上に手こずる、鎧ごと叩き潰すしか方法がない。


 城内を走り回って散らそうにも限界がある。

 俺は城内全てを把握している訳ではない、適当に走っていては、いつかは捕まる。

 だが、それでも、俺は家族に会いたいんだ。


「フェスカ……フェスカはどこだああああああぁ! マーニャ! フェスカー!」


 魔術:赫灼たる魔炎

 天井一杯に広がる真っ赤な炎、それが液体のように降り注ぎ、俺の進む道を塞ぐ。

 肉が焦げ朱に染まる。燃え滾る熱波を押しのけて、それでも前へ。


「魔術隊、波状攻撃を開始する! 呪文詠唱始めぇ!」

「させないな」

「な、なぜ目の前――グギャァ!」


 魔術斬り、魔術師殺し、などとダヤン君から昔言われた事もあるが。

 答えは簡単だ、魔術を発動させる前に距離を詰め、刃を喰らわす。

 魔術隊は基本甲冑を装備しない、魔力放出の際、鉄鎧は妨げになるからだ。


 だから、一撃で屠ることが出来る。

 何よりも速く、それだけで十分だ。


――魔術隊がやられたぞ! 何をしている歩兵!

――相手をただの敵兵と思うな! 相当な手練れだぞ!

――槍を構え、進めーッ!


 数限りないな、全く、鍛え甲斐があるよ。

 しかし、槍相手にこのナマクラは少々分が悪い。

 一旦引いて体勢を立て直すか。 

 っと、後方にもいたか、しょうがない、コイツ等を倒して――


「待って!」

「……」

「待って、待って下さい! サバス隊長!」


 ……ん? コイツ等。


「リコ達か」

「はい! サバス隊長の叫び声は僕らの耳に届きました!」

「あの日、僕達は初めて勝利する事が出来たんです」

「貴方の教えを学ぶ日が来ることを、心から待ち望んでいました」

「そんな隊長が、何の理由もなく暴れるとは思えない」

「だから、僕達だけでもサバス隊長の味方になります!」


 ザック・リコルオン

 モッドイード・バーデ

 アズボルド・サルサコウ

 モリキサク・クキ

 ピピン・ピン


 五人の新兵が振り返り、その武器を相手へと向けた。

 異様な光景だろう、完全に同士討ちの恰好になるのだからな。


 だが、これは本当に心強い。

 この五人はただの五人ではない。 

 俺を信頼し、俺の為に命を賭すことも問わない勇者たちだ。


「……お前たちに、隊長がどんな存在か、改めて教えよう」

「ハイッ!」

「隊長とは、誰よりも知略に富んだ賢者でもない、一騎当千の力を持った豪傑でもない。背後にその人がいる、それだけで安心できる存在、それが隊長と呼ばれる存在だ。安心しろお前たち、お前たちの背後には、かつて最強と呼ばれた部隊の隊長が付いている。お前たちが負けるはずがない」

「「「「「ハイッ!」」」」」

「行くぞ」


――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!!!

――俺達は負けない、不死身の不殺隊だー!!!!

――アル・サバス隊長の指揮下にいる俺達は、絶対に負けない!!!

――俺達は、最強なんだあああああああああぁ!


 リコ君たちの反逆は、他の兵たちにも動揺を伝えた。

 気付けば一人、また一人と味方が増えていく。


「俺たちも、サバス隊長を信じます!」

「トッド・カロルソン君か」

「名前を……ハイッ! 宜しくお願いします!」


 模擬線での活躍を見ていた兵士が多く、俺という人間の評価は既に固まっていたのだろう。

 最終的には数えきれない程の兵士が、俺の味方へと鞍替えをしてしまっていた。

 戦争における人心掌握は絶対だ。味方の裏切りほど、恐ろしいモノはない。


 戦いの場はエントランスから謁見の間、更には各会議室へと及んでいる。

 戦力は拮抗し、双方にらみ合いへと発展していた。

 そんな中、リコ君たちが情報収集をし、俺へと伝える。


「サバス隊長! 何日か前に金髪の女性を見た隊員がいるそうです!」

「なんでも東の尖塔へと向かったとか!」

「ついさっきジャスミコフ参事官が下りてきたのも東の尖塔です!」


 東の尖塔か、場所が分かれば、もう充分だ。

 俺はここに戦いに来たんじゃない。


「皆に感謝する。武器を収め、各々負傷者の救護に当たるよう伝令を頼む」

「俺達もついて行きます!」

「ダメだ、俺に対してまで隠していた事柄だ。秘密を知ることは極刑に繋がる」


 軍勢としては半々、だが、そのほとんどが雑兵と呼ばれる者たち。

 ……騎士団がいない。つまりは、そういう意味なのだろう。


「死にたくなければ道を開けろ」


 敵対していた者たちも、この一言で道を開ける。

 元々戦うつもりなんて微塵もなかったんだ。

 俺は、ただ単に家族を迎えに来ただけ。

 ただ、それだけなんだ。


 開けた人の海、その先で腕を組み佇む男が一人。

 緑色の長髪、サーコートを着込んだ出で立ちは、どこか派手さを感じさせる。


「一人で向かうのは、相手を見るに少々手厳しいと存じ上げる」

「……君は、言った所で止まりそうもないな」


 ディアス・スクライド。

 彼がこの王城に残っていてくれたのか。

 刀を鞘に納めたまま、敵対する意思は無し……で、いいのかな。


「共に戦ってくれるのか? 多分、相手は白銀騎士団だぞ?」

「不殺隊の一員として戦えることが出来るのであれば、この瞬迅剣、誰が相手であろうと斬り刻むのみ。白銀騎士団とあれば、相手にとって不足無し」

「頼りになる……ありがとう、感謝する」


 先程までの喧噪が嘘のように静まり返った城内を、スクライド君と二人で走る。

 東の尖塔、長い螺旋階段を上り中層階まで来た所で、俺達は足を止めた。


 白い壁。それは白銀の異名を持つ騎士団の姿だ。

 開けた室内、天井が低いその場所で、白い壁を前に巨大な剣を床に突き刺す一人の男。

 白銀の鎧に負けぬほどの白い髪から覗く青の瞳が、俺を睨みつける。


「これ以上は止めるんだ、サバス君」

「アルベール団長……お久しぶりです」

「奥様の件は聞いた、残念だが致し方ないと思う」

「何をどう聞いたのかは知りませんが、俺は止まりませんよ」

「知らない方がいい、世の中にはそういう事もある」

「知らないまま終われると思いますか? 彼女は俺の生きる意味そのものだ」


 失うこと、それ即ち死を意味する。

 妻も娘もいない世界なんか、何の未練もないんだよ。

 

 邪魔する奴は全員殺す。

 不殺隊の名に懸けて。

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