第27話 鉄槌は、誰が為に ★ジャスミコフ視点
夜雨ですか。まるでサバス隊長の心を表現しているようで、何だか身体にまとわりつきます。
宮仕えの者たちが小走りになる中、一人謁見の間へ。
陛下は私を見るなり人払いをし、執務室へと来るよう合図を送りました。
昼間、サバス隊長が王城へと来た事は、陛下の耳にも入っているでしょうからね。
ざぁぁ…… ざぁぁ……
まったく、雨音もどこか悲し気です。
「それで、サバス君は諦めたのかな?」
「どうでしょう? 墓の前で膝を付き、涙していた所までは見届けましたが」
「……ふむ、彼には悪いことをした。だが、きっと理解してくれるはずだ」
理解ですか、あの愛妻家が理解する日なんて、果たしてくるのでしょうか?
全ては陛下のご指示でした、などと言った所で、彼は私を許す事はしないでしょうね。
許される必要もありませんか、彼とは最初から敵同士だったのですから。
「時に、シャラへの教育は順調かな?」
「……はい、王都魔術研究隊副隊長、フィルメント様よりお預かりした叡智のリングを使い、シャラ様の私物から残留思念を回収、記憶させ、フェスカ様へと移行しております。ただ、記憶の改ざんにはかなりの時間を要するとのこと、早くともあと三日は必要との事です」
魔術技術の発展は、何とも恐ろしいことを実現させるものです。
物に宿る記憶、故人が愛用していた服や小物から、記憶の回収が出来てしまうのですからね。
幸か不幸か、シャラ様の部屋は陛下の計らいにより、失踪した当時のまま。
誰一人彼女の私物に触れる事が許されなかった。あの部屋に残る記憶はシャラ様のみ。
「三日か……何年も娘の帰りを待ち望んでいたが、この三日間はとても長く感じそうだ」
「心中、お察しいたします」
「よいよい、余は少々席を外す、何かあればすぐに知らせるのだぞ」
「かしこまりました」
子を愛し、例え周囲から狂人と言われようとも我を貫き通す。
陛下だからこそ許される蛮行、果たしてこれが世に知られたら、一体どうなる事か。
――
「失礼しますよ、フィルメント殿」
「ジャスミコフ参事官か、何度足を運んでも記憶改ざんの速度は変わらないよ?」
「知ってますよ、ただ、こうして彼女を見張るのも私の仕事でしてね」
「楽な仕事だね」
「私から見れば、貴女の方こそ楽な仕事に見えますけどね」
王都魔術研究隊副隊長、カステル・フィルメント。
数年前に研究隊に配属され、今や隊長の右腕とも呼ばれる才媛。
水色のショートヘアから望く瞳は、まるで少女の様に輝きを失わない。
フード付きの白衣の中身は柄シャツにミニスカートですか。
服装の自由に魔術研究隊への配属、全く、羨ましい限りです。
「本当、シャラ様そっくりだ。中身も入れ替わってしまったら本物としか思えないよ」
「ええ、私も初めて見た時に心底驚きました。ですが、この方は別人ですよ」
「あの不殺隊隊長の奥様なんでしょ? 大丈夫なの? 僕の知る限り、彼は最強のはずだけど」
「どんな最強であっても、軍隊相手に勝てると思いますか?」
「そう考えたのがアグリア帝国だと思うけど?」
「……ブリングスは違いますよ。第二白銀騎士団が駐留している今、サバス隊長一人でどうこう出来るとは思いません。それに、これは彼女の為でもあるのです。第三王女シャラ様として生きる、それが彼女の
無言のままベッドで横になり、黄金に輝くリングを額に着けた彼女は、あの日の様に笑う事はありません。記憶を入れ替えられ、フェスカ・サバスという人格を失った彼女は、また笑う事が出来るのでしょうか? サバス隊長はそんな彼女を見て、一体何を思うか。
「全ては陛下の御心のままに。全く、怖い事を考えるお人だ」
「フィルメントさん、その言葉、他言しない方がいいですよ?」
「言うはずないでしょ、僕の首が秒で宙に舞うよ」
手で喉元をしゅっと切る素振りをする。
果たして、そんな楽な死に方で許されるのでしょうか。
「……おや、ずいぶんと賑やかになって参りましたね」
雨音とは違う慌ただしい足音が聞こえてきました。
ドタドタドタと、まったく、ここは王城ですよ?
「し、失礼します! ジャスミコフ参事官はこちらにおいででしょうか!?」
「……ええ、おりますが、どうかなさいましたか?」
「エントランスにジャスミコフ参事官を呼ぶよう、叫ぶ男がおりまして!」
扉を開けることなく報告を受け、眼に手をあて、ふぅとため息ひとつ。
相当早く気が付きましたか、まぁ、当然と言えば当然なんですけどね。
「……行くのかい?」
「ええ、これも役目ですから」
「前言撤回するよ。君の仕事は大変だ」
「お心遣い、誠にありがとうございます」
――
鬼と化した彼を説得することは、もう不可能でしょうね。
一歩、また一歩と進む足が、下階から伝わる怒気で震え上がってしまいますよ。
「全く、貴方というお人は」
「ジャミか……」
「墓を掘り起こしたのですか? 墓荒らしは重罪ですよ?」
エントランスに到着するなり、再度ため息をついてしまいました。
ブリングス国の王城に、泥まみれで現れるなんて彼ぐらいのものでしょうね。
破壊された空っぽの柩を二つ手にし、私へと投げ捨てる。
魔術:絶唱壁
「墓の中は、空っぽだったんだ」
魔術の壁で弾け飛んだ柩が宙を舞う。
薄汚れた手ですね、素手で掘ったというのですか。
「人に向かって物を投げたのに、謝罪の一言もないんですか、貴方は」
「もう一度だけ言う、これが最後だ……俺の家族をどこへやった」
「私から言えるのは、先の言葉と変わりませんよ」
魔術:偉大なる絶氷壁
サバス隊長の踏み込みの速度は既に模擬戦で把握しております。
彼の踏み込みよりも速く、氷の壁を展開し物理による攻撃を防ぐ。
そうすれば、ある程度の時間稼ぎには――――。
「俺は、同じ言葉を二度も言うのは嫌いなんだ」
「――っ、後ろ!?」
剣が脇腹にめり込むっ!
ボギッィ! メギメギメギッ!!
骨が、内臓も!
「ゲハァァッ! が、ガハッ、げほっ、げッ! ぐふぅッ!」
呼吸が出来ない! 痛みが、このままでは間違いなく死――
「ジャミ、俺は、お前のことを友だと思っていたのだがな」
「……そうですか、……奇遇ですね……私も、同じ事を、考え…………」
揺らめいた剣が、振り下ろされる。
不殺隊の隊長は最強。
フィルメント殿の言っていた通りですね。
「すまない」
魔術展開の速度よりも速く動く、いえ、魔術を切り裂いて私の下へと辿り着いた。
さすがはサバス隊長、それでこそ私が惚れこんだ男です。
後は、頼みましたよ……私の、目的を達成…………でき……です、よ………………
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