第25話 第三王女、帰還
ヴィックスに戻ってから三日。
隊長職としての引継ぎも無事終え、後は王都に帰るのみとなった。
ゴーザ君が隊長になる、それを知ったアド伯爵は「これも時代か」と苦虫を嚙み潰したような表情をしたものの、補佐としてレミ君が就くと知るや否や「ならば良し」と手のひら返しを決め込んでくれた。
彼女から滲み出る何かを感じ取ってくれたのだろう。
場合によっては、レミ君はギャゾ曹長以上に手ごわい相手となる。
初顔合わせがビンタだったんだ、第一印象は最強ともいえよう。
「儂は残っても構わんがの」
「いえいえ……ギャゾ曹長まで残られては、ゴーザ君が耐えられません」
「儂に耐えられんようで隊長職が務まるか。全く最近の若い奴と来たら」
ゴーザ君、俺がいないこの一か月でギャゾ曹長から相当手痛くやられたらしい。
――コイツ立哨も受付も警らも何もやらないんすよ!? 毎日毎日アド伯爵と茶飲んで、たまに抜き打ちで巡察して怒鳴り散らすばかりなんすから! こっちはコイツのせいで空いた穴を肩代わりしてやってたんすから、ちょっとぐらい手抜きしたっていいじゃないっすか!――
昨日、送別会の場でゴーザ君が酒の力と共にぶっちゃけてくれた内容だ。
当の本人がいる目の前で叫んだのだから、よっぽどだったのだろう。
その場で決闘が始まりそうな勢いだったから、手刀で落ち着かせたものの。
……まぁ、ギャゾ曹長をヴィックスに残す訳にはいかないよな。
完全に空気が違う、こういった輩は王都に置いておくのが賢明だろう。
「では、儂も鳥馬車に乗り込むとするかの。サバス隊長には言いたい事が山のようにあるでな」
「……お手柔らかに頼みます」
支援? に来てくれていたのだから、当然俺が戻ればギャゾ曹長は王都に戻る。
もちろん俺とは別の鳥馬車……なんて事にはならない。
これから二週間、ギャゾ曹長との缶詰生活が始まると思うと、不思議と胃が痛む。
「奥様からの手紙はまだ来ておりません……ご息女に何も無い事を祈っております」
「ありがとう、レミ君、これからのヴィックスを宜しく頼む」
「はい、ゴーザ隊長と共に、このヴィックスの治安維持、全力で務めさせて頂きます」
折り目正しい彼女を前にすると、アド伯爵が安堵した理由が何となく理解出来てしまう。
横に並び立つゴーザ君も、彼女の雰囲気に引っ張られてどこか凛々しく見えてしまうよ。
「ゴーザ君」
「はい」
「君が隊長だ。後は任せたぞ」
「……了解です」
彼との付き合いは長い、言葉は不要だ。
「サバス隊長に、敬礼ッ!」
走り出した鳥馬車へと、ヴィックス近衛兵隊が一列に並び敬礼する。
六年間過ごしてきた安寧の地、フェスカとの結婚、マーニャの出産。
望郷の地へと変わってしまうかの地を思いながら、俺はヴィックスへと答礼した。
一筋の涙を流してしまうのは、俺が大人になってしまったからなのだろうか。
――――
ヴィックスを出立して一週間、王都まで半分の所で、俺達はとある情報を目にしていた。
旅人の立ち寄り場としての簡素な村、そこの食堂に張り出されていた号外の知らせ。
「第三王女、シャラ様が生還なされたのか……これは喜ばしい」
「……第三王女シャラ様って、確か」
「うむ、凶刃に倒れ、姿を御隠しになられたと聞いていたが。所詮は噂話に過ぎん。身代わりの者が亡くなったか、回復魔術にて死地からの復活を成し遂げたのか。とりあえず、喜ばしい内容である事に変わりないがの」
第三王女シャラ、アグリア帝国との戦争の際に、帝国が人の壁を築き上げた事に対して声を上げた、聖女とも呼ばれた女性だ。民が犠牲になる事を良しとせず、すぐさま武装解除し降伏勧告に従うよう、自らアグリア帝国まで出向き先陣を切って歩いた。
彼女の呼び声に呼応する者たちも多く、いつしかブリングス、イシュバレル、ガマンドゥールの三国のみならず、アグリア帝国の者たちも彼女の先導に従い、列を成して降伏勧告を訴えかけていたのだとか。
もしかしたら、このまま戦争が終わるかもしれない。
戦場にいた誰もがそう思い始めた頃、悲劇は起こってしまった。
冬、粉雪が花びらの様に舞い散る中、シャラ王女は凶刃に倒れる。
若くしてこの世を去ってしまった彼女を惜しむ声は、別部隊にいた俺の耳にも届く程だった。
そして、愛娘を失ったブリングス皇帝の怒りと悲しみは、想像を絶する。
シャラ王女殺害から一年も経たずして、人の壁を粉砕し、アグリア帝国との戦争は終戦を迎えたのだ。
「儂は当時ガヘン砦におったが、サバス隊長は終戦前はどちらに?」
「……バストゥール平原ですね」
「バストゥール平原ッ!? 最前線ではないか! よくぞ生き残る事が出来ましたな!」
「仲間たちに恵まれましたから」
「いやはや……地獄からの生還、ただただ尊敬致しますぞ」
ビシッと敬礼されたので、笑みを浮かべたまま答礼で返す。
生きて帰るだけで奇跡、そう呼ばれた場所での戦いは、もう二度とゴメンだ。
「それにしても、第三王女が戻られたとあっては、王都はお祭り騒ぎでしょうね」
「そうですな、聖女と呼ばれた第三王女がどのようなお方か、儂も今から楽しみですぞ」
俺も第三王女の名前だけは知っているが、素顔を見た事は一度もない。
彼女がいた場所はアグリア帝国近くの村だと噂されていたが、情報は秘匿されていた。
命の危険を常に感じていたのだろう。
アグリア帝国の徹底抗戦の構えは、誰が見ても明確だったからな。
「噂では、シャラ様は絶世の美女だったとか。お披露目式が楽しみですな」
「……そうですね」
「ささ、サバス隊長ももう一杯。こんなめでたい日は飲むに限りますぞ」
俺の中で絶世の美女は一人だけ、愛妻のフェスカ以外にいない。
第三王女の話で盛り上がっていても、思うのは家族の事だけだ。
マーニャの病気は良くなったのだろうか? フェスカに感染していないだろうか?
早く二人が待つ家に帰りたい。
俺が願うは、ただただそればっかりだ。
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