第24話 陛下の頼みごと ★フェスカ視点
やっぱり、アルちゃんのお友達は頼りになる人ばかりだ。
何もせずにいるよりも、魔術医さんに診て貰った方が安心できる。
マーニャを一人にしているのも不安だったから、駆け足になってしまったけど。
ジャミさんは文句の一つも言わずに付いてきてくれる……本当に、良い人だ。
魔術:
体内の音を聞き、患部を調べ病状を把握する事が出来る魔術。
指先を輝かせながらマーニャの胸やお腹に触れると、ジャミさんは目を閉じ集中した。
「ふむ……少々、具合が悪そうですね」
「長旅の疲れが溜まっているのだと、思っていたのですが」
「いえ、これは一度しっかりと診た方がいい。私の伝手で城専属の魔術医を紹介する事が出来ます。このまま連れて行きますので、フェスカさんもご一緒に」
額に玉の様な汗を浮かべたマーニャを見ると、心配で胸が張り裂けそうになる。
ジャミさんに娘をおぶって貰いながら王城へと向かい、私達はその足で三階へと上がった。
一階や二階と違い、三階から人が一気に減る。
下階の喧噪が嘘みたいに静まり返った廊下の先に、ローブを着込んだ人達の姿が。
「フェスカさんはこの場でお待ちください、後は私達が診ます」
ローブの胸の部分に、若葉と水をモチーフにした刺繍が見える。
あのマークは命を司る絶対神バランの印だ。という事は、この人達が城専属の魔術医さん。
ジャミさんと数人の魔術医さんがマーニャと共に室内に入ると、私は一人廊下に残される。
何か聞こえないか耳を澄ますも、室内の音は何一つ聞こえてこない。
廊下をウロウロした後、しばらくして壁際に設けられた長椅子に座り、深く息を吐いた。
そんなに悪かったのかな……もし、マーニャに何かあったらどうしよう。
心臓がドキドキしてる、マーニャの事だけで頭の中がいっぱいで、心配で心配でたまらない。
室内で何をしているのかな。
マーニャは元気になるのかな。
壁に設けられた時間を知らせる火時計がどんどん回っていくのに、部屋から誰も出てこない。
時間が過ぎるのが辛い。マーニャ……。
「もし、そこの方」
「……?」
「お一人で、どうかなされたのかな?」
頭の中がいっぱいだった時に、私に声を掛けてきた人がいた。
色々と考えてたせいで、多分、相当に酷い顔をしていたと思う。
だって、私に声を掛けてきたご年配の方は、私の顔を見るなり驚きの表情をしていたから。
いけない、アルちゃんの妻として、しっかりしないといけないのに。
王城の中にいるという事は、貴族の可能性が高い。
淑女としてのふるまい……あぁ、ダメだ、マーニャがどうしても気になってしまう。
立派な白い顎鬚を蓄えた方、おでこのシワも深く、多分六十は超えてそう。
光彩煌めく服装に丈の長いズボンを穿いた年配の人は、私の隣へと腰掛ける。
「隣、宜しいかな?」
「はい……」
「良ければ、この爺に話を聞かせて貰えないだろうか? 誰かに話すだけでも、心の苦労は緩和されると言いますぞ?」
優しい言葉、とても気品の高い人なのに、こんなに親身になってくれる。
甘えてちゃダメなのに、人の優しさがとても温かい。
「……今、私の娘が部屋で治療を受けてるんです」
「娘さんが……それは心配だ」
「はい、もっと早く気付いてあげられれば良かったのですが……母親失格です」
もしかしたら、マーニャはもっと前から熱を出していたのかもしれない。
酒場で歌ってる場合じゃなかったんだ、娘を一番に考えないといけないのに。
「いいや、貴女は親としての役割をしっかと果たしている。安心しなさい」
「……そうでしょうか、私、いつも待ってるばかりで」
「待つという事は、想像以上に辛いものだ。心配で胸が張り裂けそうになっている時の一分一秒は、とてもではないが耐えられるものではない。私にも経験があります、いなくなってしまった娘をただひたすらに待つ。これがどれだけ辛いか」
どこか遠い場所を見ながら語るその瞳には、涙がにじむ。
きっと、その娘さんは既に……。
「お待たせしました、マーニャちゃんの体内にある毒素の排出は全て完了……陛下!?」
部屋から出てきたジャミさんが、慌てふためきながら片膝を着く。
陛下って……グスタフ・バラン・ブリングス皇帝陛下!?
しまった、全然気づかなかった、私でも陛下のお顔は覚えていたのに。
「娘さんは、快気したご様子ですな」
「と、とんだ失礼を、誠に申し訳ございません、陛下」
「構わん。しかし城専属の魔術医となると、先に心配した通り、金額がな」
ジャミさんの伝手とはいえ、診察料は発生する。
一体いくらになるのか、想像も出来ない。
でも、幾らであっても、ちゃんと支払わないと。
「……あの、お幾らなのでしょうか?」
「一等書記官」
「はい、城専属の魔術医による高等魔術の使用に八百万リーフ、今回は三名にて当たりましたので計二千四百万リーフ、設備費用として王城VIPルームを使用しましたので三百万リーフ、他患者への待機費用として五十万リーフ、経過観察費用として二百万リーフ……私の分も諸々込みまして、しめて三千万リーフですね」
「さ、三千万、ですか?」
思わず声がカタコトになる。
「はい。なに、サバスさんのご夫妻なのですから、特別に安くしてあります。これが市井の方でしたら、倍ぐらいお値段になっておりましたよ」
無理だ、絶対に支払えない。
アルちゃんのお給金が幾らになるのか分からないけど、そんな金額は絶対に無理。
どうしよう、お家の貯金全部でも全然足らない……三千万、無理だよ。
「……あの、分割で支払うとか」
「基本、王城魔術医への支払いは一括となっております。快気後ですと支払いを渋る方が多いのです。ご理解下さい」
「そ、そうですか……えと、一度旦那に相談を」
「サバス隊長は、今ヴィックスにお戻りなのでしょう?」
ジャミさんは私達の全てを知っている。
でも、私達の資産までは知らないんだ。
手持ちの全てを売り払っても百万リーフになるかどうか。
三千万なんて……。
どうにも返事が出来ないままにいると、陛下が私の肩に手を置き語り掛けてきた。
懇願する瞳、本来ならその瞳は私がすべきはずなのに。
「一つ、願い事を聞いていただけないだろうか?」
多分、この時の私の頭の中は、寝不足からの疲れと、いきなり背負ってしまった三千万という膨大な借金に、根っこからやられてしまっていたのだと思う。
「もし、お主が余の願い事を聞くと言うのであれば、治療代は全て余が支払うと約束しよう」
「……ほ、本当ですか? 三千万を……は、はい! 私に出来ることなら何でもします!」
だから、内容も聞かずに即答してしまったんだ。
この時の返事が、私の人生全てをひっくり返してしまう事とも気付かずに。
「何でも……か。確かに、その言葉、このグスタフ・バラン・ブリングスが耳にしたぞ」
見下ろす瞳、懇願から狂乱へと変わったその瞳が、全てを語る。
「今日から主の名はシャラだ」
「……え?」
「シャラ・バラン・ブリングス、それが主の名だ!」
シャラ王女、アグリア帝国との戦争で亡くなってしまった、悲劇の王女様。
彼女が亡くなったから、あの戦争は一気に終戦まで持ち込めたと、歴史に刻まれている。
皇帝の狂愛が、アグリア帝国の人の壁を崩壊させたと。
「国中に広めよ! 娘が……第三王女が帰ってきたとな!」
大変な決断を、してしまった。
どうしよう……アルちゃん、私、どうしたらいいの。
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