第18話 最終試験
ブリングス国が王都、その名もブリングス。
国名と首都名が同じ名前の国は、そう多くはない。
戦争を経て同盟国になったイシュバレル共和国の首都はマザンガル、魔術大国ガマンドゥールの首都はガミラだ。まだ存続している元敵国、アグリア帝国の帝都はミポラメッツァと、ほぼ全ての国が国名と首都は別の名前となっている事が多い。
覚えやすいというのもあるが、ブリングスの長い歴史の中で、王都が一度も首都機能を移転していないという証でもある。海岸に面した立地条件は諸外国との連絡を密にしやすく、また内陸の敵対国との防衛もしやすいという側面を併せ持つ。
漁業に林業、農業も盛んであり、王都内では学校や医療、国民が生活する為の基盤は既に出来あがっている。つまりは首都機能を移転させる必要がない、ブリングスは世界の中心であるという初代皇帝の言葉は、まさにその通りだったのだろうと、建国六百年が経過した今も思えてしまう程だ。
それほどまでに長い歴史を持つ王都、住まうにはそれ相応の何かが必要になる。
王都在住の人間は何かしらの人脈を得ている事が多い。親が貴族だった、親族に豪商がいる。
基本的に相続、新しい家が建つことはほどんどない、あるとしたら城下町の端っこだ。
王都に一戸建てが欲しいかと言われたら、それは欲しいと言うだろう。
住めば都なのは口にしなくても分かる、子供の教育にも王都は最適だ。
「今回の特例試験、合格者は王城での勤務を命じられる事となる。今現時点で各人に与えられている寮が、そのまま家になると考えて貰っても構わない。既に各々が役務についている地域にて持ち家があるかと思うが、売却するのなら購入した価格そのままで国が買い取ろう。手元に残し資産にするも良し、誰かに賃貸するのも構わない」
城の会議室、二次試験の際に兵士を選抜したあの部屋で、夢物語のような内容をアルベール団長が語る。
「ただし、王城での勤務になる以上、元の家に住みながら通うという選択肢は不可能になる。毎日の勤務に
どっと笑いがおこるも、すぐさま静かになった。
沈黙の後、目にかかるプラチナブロンドの髪をかき上げ、俺達を見ながら拳を握る。
「全ては面接結果次第だ。事前に通達した通り、面接は陛下直々に執り行われる。今回の合格者が何名とは、私も聞かされていない。もしかしたら全員合格かもしれんし、全員不合格の可能性もある。個人的には、二次試験を突破した皆と共に仕事がしたいと、心から願っている。……では、健闘を祈る。ディアス・スクライド君」
名を呼ばれ、緑色の髪を丁寧にまとめた彼が立ち上がった。
二次試験の時とは違い、燕尾服に身を包む彼は、どこかの貴族を彷彿させる出で立ちだ。
今日の為にしっかと持ってきていたのか……さすがだ、既に貫禄すら感じるよ。
「君が一番手だ」
「はい」
「是非とも陛下の心を、魂を揺さぶるような言葉で、合格を勝ち取って来て欲しい」
「……はいッ」
スクライド君が一番手となると、俺は最後かな。
十名の面接、一人どれぐらいかかるのか分からんが、緊張感が持てばいいのだが。
立哨ではないが、時間と共に緊張の糸はほぐれてしまうからな。
大体十分ほど経過したが、まだ次は呼ばれないらしい。
思った以上に時間がかかるんだな。質問事項が多いのか、沈黙が長いのか。
沈黙が会話になるのは、交渉事の時だけだと思うのだが。
「ダヤン・バチスカーフ君」
「はひぃッ!」
ダヤン君、声が裏返ってるぞ。
緊張しすぎだ、失笑されているじゃないか。
「いい緊張だ。君がこれから会う人は、この国で、この世界で一番偉い人なのだからな」
「……はいっ」
「逆に緊張がほぐれただろう? 素の自分を、しっかと見せつけてくるんだ」
「はいッ!」
アルベール団長の激を受けて、ダヤン君も部屋から消えたが……。
スクライド君は戻らないんだな。別部屋で待機か? そういえば合否は後日なのだろうか。
通達書には何も書かれていなかったな、予め質問しておけば良かったか。
「ドグマール・ジャスミコフ君」
「……はい」
「君とはほぼ毎日顔を合わせているが、こうして改めて見ると別人のようだな」
「ふふっ、ありがとうございます。私に激は不要ですよ」
「そう言うな、これが私の、君たちにしてあげられる最後の仕事なのだからな」
「……では、行ってまいります」
「うむ、頑張るんだぞ」
ジャミもいなくなり、その後も一人が名を呼ばれ、ついには俺一人だけが残る。
最後か、皇帝も疲れてそうだな。同じ質問を十回、大抵同じ答えになりそうなものだが。
「……サバス君」
「はい」
もう呼ばれるのか? まだ先の人が出てから数分しか経過していないが。
「先日は、妻が世話になった」
「え? あ、ああ、いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
「君の奥様のことをレスカも
「それは……何ともまた」
ぴしゃりと首裏を叩く。どれだけ気に入られたんだ俺の嫁は。
このままフェスカが王城での仕事とかに就いてそうで、何だか末恐ろしいよ。
「さすがに、そこまでの権限は俺にはない。是非とも実力で勝ち取って頂きたい」
「……当然です。不正をしていては、他に示しがつきませんから」
「ふふふっ、君ならそう言うと思っていたがな」
「流れで、一点質問を宜しいでしょうか?」
「他の者たちの不利にならなければ」
「今回の合否発表は、後日なのでしょうか?」
「その場で下される……と、思う」
「……なるほど」
断言出来ないという事は、団長ですらも分からないという事か。
しかし、その場裁定と思っていいな。一時間後の俺よ、お前は笑っているか?
「さて、そろそろだな」
「……ですか」
「うむ、陛下が君を待っている。健闘を祈るよ」
敬礼にて返答し、寂しくなった会議室を後にする。
案内人と共に王城の中を歩き、二階へ。
一際大きい扉の前には、扉係の兵士が二人。
俺の姿を見ると、取っ手を掴み、左右へと大きな扉を開いていく。
扉が開いたことで風が走り、前髪がふわりと掻き上がった。
空気が変わった。厳かにして静謐、咳払い一つも許されない空間が、そこにある。
「どうぞ、お進み下さい」
金刺繍のある赤い絨毯が一直線に敷かれ、僅か三段ほどの階段の上に玉座が設けられている。
豪奢な金細工が施された玉座には、長い白髪を下ろし、頬杖をつく老人が一人。
ブリングス国が皇帝、グスタフ・バラン・ブリングス。
皇帝とは唯一神という意味も含まれているらしいが、まさにその通りだと思う。
陛下以外に皇帝は存在しない、陛下に死ねと言われたら死ぬしかない。
そう思わせる程の圧倒的カリスマを前にして、俺は一人、無意識に唾を飲んだ。
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