第12話 意外な場所での出会い

 王都ブリングスには歓楽街が存在する。

 屋台通りからさほど離れていない、日が沈んでも明るい夜の街。


 本当ならフェスカとマーニャの待つ家に帰りたかったのだが、残念ながら俺という男は、酷い結果に終わったダヤン君をそのまま放置出来るほど、薄情な男ではなかったらしい。


 六体一、一方的な状況に於いて勝利したスクライド君は、観客から英雄視されていた。

 対して、敗北したダヤン君への風当たりは散々たるもの。

 慰めの言葉の一つでも掛けてやらねば、このまま消えていなくなってしまうやもしれん。

 そう思い、ダヤン君と二人、酒場の暖簾をくぐったのだが。


――


「何なんすか全員合格って……ヒック、だったら最初から合格でいいじゃないっすか」

「ダヤン君、飲み過ぎだぞ」

「いいんすよ、俺、王都に恥晒しに来たんすから……ヒック」


 一杯だけの約束のはずが、気付けば既に五杯目だ。

 止まらない愚痴に延々と聞かされる不平不満、一体いつ終わることやら。

 長くなりそうだ、そう思っていた矢先、俺達に声を掛けるやや甲高い声が。


「全員合格、非常に素晴らしいじゃないですか」

「ジャスミコフ一等書記官殿」

「ジャミで構いません。親しい人からはそう呼ばれています」


 「店主、私にも一杯」と注文すると、ジャミは当然の様に俺の隣へと座った。

 試験の時とは服装が違う、ラフなシャツに膝丈程度の姿は、雰囲気的に相当若い。

 下ろしていた白髪を後ろで縛り上げたジャミは、なんだか無駄にカッコいい気もする。

 

「貴方に負けてしまった以上、もう合格は諦めてましたからね」

「……そういえば、ジャミは何故この試験を?」

「男ですからね、上を目指すのは当然でしょう? なんて、カッコいい事を言ってはツマラナイですね。今の役職に不満がある、給金に不満がある、人間関係に不満がある、並べたらキリがありませんよ。ですが、この特例試験に参加する以上、全員が何かしらの不満ありきなのでは?」


 願書を出した時のアド伯爵も、似たような事を言っていたような気がする。

 何か不満があるなら改善すると言っていたが、口に出して言える内容ではなかった。

 娘の習い事を増やしたい、なんて言っていたら、今頃どうなっていたのか。


「相席しても宜しいか」


 ジャミ君に次いで俺達に声を掛ける、今度は低い声が。

 カウンター席なのに一言断るとは、律儀な男だな。

 軽い気持ちで会釈すると、その男はダヤン君の隣に座る。

 そして、その人物の顔人相を見て、思わずその名を口にしてしまった。

 

「……ディアス・スクライド」

「あぁ? 俺の前でソイツの名前は禁句っすよ、隊長ぅ……ヒック」

「全く、一度の敗北でここまで沈むとは。どけ、サバス隊長の隣は俺が座る」

「あ? んだテメェは……て、て、テメェは!?」


 酔い潰れていたダヤン君も流石に気付いたご様子。

 緑色をした長髪、試験の時と変わらない風体のまま、酒場に現れたダヤン君の宿敵。

 

「聞こえなかったのか? 寝るならどこか別の場所で寝ろ、そこは俺が座る」

「ゆ、譲る訳ねぇだろうが! サバス隊長の隣は俺が座るんだ! テメェに譲る席なんざ未来永劫どこにも存在しねぇ! 大体、俺は認めねぇからな! 集団戦で個人芸なんぞ誰が認めるか!」


 席を譲らないダヤン君を見て嘆息を付きながら「すまないが、私にも一杯」と注文を始める。

 ゴクッゴクッゴクッと一気に喉を鳴らし、口端から零れる黄金水をグイッとぬぐい取った。

 飲み方がオッサンのそれで、どこか安心する。


「不殺隊の信条は唯一無二、自分の部下を殺させない。俺はそれを実践しただけだ」

「だからって、一人でどうにか出来る訳ねぇだろうが!」

「戦況を分析して、俺一人で大丈夫と判断した」

「んだと!?」


 バンッ! とテーブルを叩きながら立ち上がる。

 それも当然か、ダヤン君が弱いと言っているようなものだからな。

 ジャミが小声で「止めなくていいんですか?」と言っているが。

 互いに大人だ、心配するような状態にはならないだろう。

 

「北部魔獣との闘いでは戦況分析は必須、分析ミスは死を意味する」

「じゃあここでもう一回勝負だ! 次は俺が勝つ!」

「……飲み過ぎだ。酒場で剣を振るう、その意味を理解出来ぬ程に酔い潰れているのか?」

「酔ってねぇし! じゃあ飲み比べといこうじゃねぇか!」

「ふっ、北の大地に住まう俺と、酒比べをするのか? ……五杯か、店主、彼と同じ量を頼む」


 ズンッ、と並べられた黄金水。

 こんな量を一気飲みでもしたら、酔い潰れるどころか中毒で運ばれるんじゃないか?

 俺は絶対に無理だ、酒に強いフェスカだって飲み干せるかどうか。


 ゴクッゴクッゴクッ……  ふぅ…… ゴクッゴクッゴクッ……


「……ふむ、ここの酒は少々薄いな」


 スクライド君、いともアッサリ飲み干したのだが。

 北の大地に住まう男達は、防寒の為に酒を飲むと聞いた事があるが……噂は本当だったか。

 緑色の長髪を耳にかけ、藍色の瞳を細くしながらダヤン君を見やる。


「これで同等、ここからが勝負で構わないな?」

「……あ、ああ、構わない、構わないぜ! 大将、俺にも追加で三杯頼む!」

「では、こちらも頼もうかな」

 

――


 スクライド君の雪のように白い肌はそのままに、ほんの十数分で決着を迎えてしまった。

 酔い潰れて真っ赤な顔をしながら、カウンターでイビキ掻いて寝崩れるダヤン君。 

 誰が見ても勝敗は明らかだ。


「いやはや、剣技だけではなく、酒豪としてもスクライドさんの方が上ですねぇ」

「貴様は……ジャスミコフか、何故この場にいる」

「試合が終われば何とやら、昨日の敵は今日の友とも言うじゃありませんか」

「今日はまだ敵だ。貴様が試合中に言い放ったサバス隊長への無礼、忘れた訳ではあるまい」


 ん? 何かあったか? ……ああ、不殺隊に関しての嫌疑か。

 敵を殺さずに逃げることで不殺隊。

 それが可能なら、それでも良かったんだがな。


「戦術ですよ。無論、私とて不殺隊の云われぐらい把握しております。ですが、アグリア戦争も既に六年前、新兵にまでは行き渡ってはいません。利用出来るものは何でも利用する、それが模擬とはいえ戦争というもの、ではないのですか? ねぇ、サバス隊長?」

「……まぁ、そうなるかな」


 試合中に戒めてあるし、すっかり忘れていた事柄でもある。

 グラスに残る酒を眺めていると、どうぞ、と渦中の彼に酒を注がれた。


「俺としては、サバス隊長から直にお話を聞きたい所存です」

「……戦争の話か? よせよせ、語った所で良い事なんか何もないぞ?」

「ですが、俺にとって不殺隊は憧れでした」


 真剣な眼差しだ、もし同じ部隊にいたとしたら、彼は率先して死を選択していただろう。

 何人もいた、国の為に死んでも構わないと叫ぶ仲間が、何人もいたんだ。

 彼等を認めなかった俺は、国から見れば反逆者も同じ。

 最終的に生き残る事が出来たが、認められた凱旋ではなかった。


 グラスの中の氷が、カランと音を立てる。

 淡い光の中、俺は顔を上げると、藍色の瞳の彼へと素直に心境を語った。 


「憧れを持たれるような事はしていない。ジャミの言う通り、臆病者の集団だったんだよ。痛いのが怖い、死ぬのが怖い、故郷に……大切な人の場所に帰れないのが怖い。だから死ねない。我武者羅に生き延びてただけの集団、それが不殺隊だ」


 戦争中、一体何度フェスカとの再会を想い願ったことか。

 徴兵される前に想いを告白し、彼女は涙ながらに「ずっと待ってる」と言ってくれた。

 その言葉だけを頼りに、俺は数えきれない程の死線を潜り抜けてきたんだ。


 フェスカの笑顔を想像するだけで、口端が緩む。

 今頃、俺の帰りが遅いと怒っているのやもしれないな。

 

「スクライド君、俺達はもう三十を超えている。人殺しの話よりも、もっと所帯じみた話をしてもいいんじゃないか? なぁ、ジャミ?」

「そうですねぇ……私も良い人と巡り合えればと思っているのですが」


 という事は、ジャミは独身か。

 風貌を見るに女には困らなそうな感じだが、性格が災いしているのかな。


「そうそう、良い人と言えば。最近巷で絶世の歌姫がいるという噂を耳にしましたが、スクライドさんはご存じですか?」

「……歌姫の噂なら、聞いた事がある。この最近の話だと耳にしたが」

「相当な美人との噂です。彼女となら一夜を共にしてみたいですねぇ」


 さすがに折れたのか、ジャミの与太話にスクライド君も乗っかって来てくれた。

 戦争の話なんかよりも、こういった話の方をしている方が酒が美味い。

 とはいえ歌姫か、とんと聞いた事がないな。


「実は、私がこの酒場に来たのも、噂の歌姫がどんな令嬢か気になりましてね」

「……なんだ、てっきり俺に会いに来たのかと思ったよ」

「男の為に足を運ぶような男に見えますか?」

「見えないな。しかし、ジャミが来たという事は」

「ええ、日が沈んだ直後、夕飯にはまだ早いこの時間にだけ、彼女は姿を現すと聞いております。ほんの数曲だけ女神のような歌声を残し、颯爽と姿を消してしまうのだとか。だから、こんな場末の酒場でも満席になっているのでしょうね」


 確かに、俺達が入店した時よりも客数が増えている。

 店外にも入りきれない男達で列が出来ているじゃないか。


「スクライド君も、歌姫目当てだったのかな?」

「……美しいモノは、見るだけで眼の保養になります」

「素直じゃないな、しかし、それでいい」


 どこか人間離れした感じがしたからな、グッと彼との距離が縮まった気がするよ。

 しかし絶世の美女、女神のような歌姫か。

 どんな人なのか、ちょっとだけ興味が湧いてきたよ。


――来たぞ!

――歌姫が舞台に立つぞ!


 それまでも賑やかだった店内が、さらに白熱したものへと変わる。

 こりゃ凄い熱気だな、ステージ近くに座ってたら大変な事になってたぞ。

 カウンターに座りながらでも見ることが出来る酒場のステージ。

 どんなもんかと見ていたのだが。


「お、来ましたね」

「ふむ、これは確かに素晴らしい」


 ステージに上がったのは、長い金の髪を豪奢な飾りでまとめた一人の女性だった。

 色白肌に海を連想させる紺碧の瞳、すっと伸びる鼻梁にプルンとした淡いピンク色をした唇。


 肌に吸い付くような煌びやかなドレスを身にまとい、隠したくても隠し切れない大きな乳房に、きゅっとくびれた腰つきから見事な曲線を描く臀部、スリットから伸びる足首まで美しさが備わっている。


「これは素晴らしい、是非とも今宵の相手をお願いしなくては」

「美しすぎる、こんなにも神々しい女性がいたとは」


 誰もが魅入り、誰もが彼女の歌声に聞き入れている。

 そんな中、俺は一人あんぐりと口を開け、ただただ茫然と彼女を見ていた。


「サバス隊長も、ご一緒にどうですかな?」

「……いや、遠慮しておくよ」

「ああ、そういえばサバス隊長には奥様がいらっしゃるんでしたね。歌姫ごときにうつつを抜かしてしまっては、後が怖いというもの。相当な美人だったと城内の受付嬢が噂してましたが、一体どれほどのものか。このジャミ、一度ご挨拶に向かわなければですね」


 一曲目の歌が終わると、観客席から信じられない程のおひねりがステージ上を舞う。

 スクライド君も五千リーフを丸めてステージへと投げ、満足げに笑みを浮かべた。

 そんなのを、どこか白い目で眺める。 


「その必要は、ないな」

「おや、そうおっしゃらずに」

「違う……俺の嫁さん、今、ステージの上にいるから」

「え?」

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