第11話 貴様は、一体隊長から何を学んでいたんだ。

「では、これより特例試験二次、五回戦を開始する!」


 観客席はすこぶる快適だが、試合会場のダヤン君は相当に暑い様子だ。

 彼は試験が開始するなり着用していた鎧を脱ぎ始めると、兵士へと指示を出し始める。


――お前たち、鎧は全部脱いでもいいぞ。

――いえっ、大丈夫です。

――馬鹿野郎、金属製の鎧なんか着込んでたら、それだけで全身火傷で死ぬぞ? 火傷はな、皮膚再生出来る範囲が狭い、だから他の皮膚を切り取って癒着するんだ。火傷も痛いのに身体を斬り刻まれなきゃならない……それでも良いってんなら、構わないけどな。


 音響魔術が彼らの声を拾い上げ、観客席の俺達の下へと届けてくれる。

 本当に魔術の進歩は素晴らしい、見るだけじゃなく声まで聴けるとはな。 


「サバス隊長なら、この場合どうやって攻めますかな?」

「そうだな……飛び道具も用意できない急斜面なら、可能な限り下を取りたいかな」

「それは何故でしょう?」

「剣を振る訓練は足から下を想定していない。それに煙の問題も下側なら回避できる」

「……なるほど、流石です」


 俺の回答を聞き、満足気にジャスミコフ一等書記官は腕組みして画面を注視する。

 正解を知ってて敢えて質問したな? 負けた事がそんなに悔しいのだろうか。


――いつ敵と邂逅するか分からない、お前たち、矢尻の陣形で行くぞ。

――はい!


 矢尻の陣形か、矢印の形を作りながら進む、どちらかと言えば攻めの陣形だ。 

 先頭の三人にはそれ相応の人員配置が必要だが、兵士の力量を見誤る様な男ではない。

 さすがはダヤン君といった所かな……さて、対戦相手は一体どんな策略を用いるのか。


 視線を右隣に映し出されている、ディアス・スクライドという男へと移す。

 そして、俺はその異様さに言葉を失った。


 彼は、兵士を引き連れていない。

 たった一人でモランド火山の急斜面を歩いている。


「リコ君……彼の兵士は、どうなったんだ?」

「あ、は、はい、開始早々にこの場に残れと指示を出されていたので、まだ開始地点にいます」


 単独行動? そんな暴挙が通用するとでも思っているのか?

 特例試験とはいえ戦争模擬なんだ、戦争において単独行動が許されるはずがない。 


「サバス隊長、あの行動は……」

「到底、通用するものではない。数的有利がどれほどのものかは、誰もが理解しているはずだ。少なくとも教育として使える内容ではない、一人の力が部隊よりも上だなんて、あってはならないんだ」


 ましてや相手はあのダヤン・バチスカーフ。

 油断して勝てるような相手ではないのは明らかなのに。


「北部魔獣駆逐隊、第一隊副隊長、それが彼の役職名です。大方、斥候任務が彼の本業なのでしょう。普段は敵地視察が彼の任務ですが、それのせいで兵士の扱いをまるで理解していない。自分がもう一人いればいい、そう思ってるタイプの男なんでしょうね」


 ジャスミコフ一等書記官が嫌味そうに語る。

 果たしてそうなのだろうか? 確か、彼の噂話をダヤン君が語っていた。

 一人で巨大魔獣を倒し、一人であの戦争を生き延びたと。

 噂が真実だとしたら、この試験の場も一人で十分と判断した上で行動している可能性が高い。


 緑色の落とすような長い髪、その隙間からのぞく藍色の瞳が、敵を捕らえる。

 武器も片刃の刃体の長いモノを所持している、鞘も特注品か。

 鎧を装備せず、サーコートのような裾の長いコートを羽織ったまま、彼はその足を止めた。


「お、会敵した様子、どのような戦いになるのか見ものですねぇ」


 矢尻の陣形は、そのまま突進する事が可能な攻撃特化の陣形だ。

 だが、ダヤン君は周囲を警戒したまま動かず。

 それもそうだろう、まさか相手の親玉が単独行動をしているなど夢にも思わない。


 攻撃特化の分、防御が脆い。 

 側面からの奇襲を考慮すると、煙が多い今は動くべきではないと判断する。

 それが、正解のはずだ。

 

――来ないのなら、行くぞ。


 細身の体、そっと柄に手を掛け重心を下げると、彼はこの時初めて言葉を口にした。

 低く、しかし若い声に、観客席の女性陣から悲鳴の様な黄色い声が上がる。

 流れるような剣線に端正な顔立ちは、女達を虜にするには充分過ぎるほどの破壊力だ。


「これ程とは……女性投票で彼の合格間違いなしでしょうね」

「いやいや、特例試験に女性投票なんてないですよ」

 

 不貞腐れているジャスミコフ一等書記官を後目に、俺は映像へと魅入る。

 強い、物凄く強い。スクライド隊長の踏み込みからの剣裁きは見事の一言。


 一気に距離を詰め駆け抜けると、兵士五人の膝裏を切りつけ戦闘不能にする。

 さすがにダヤン君は斬られる事なく受け止めたが、防戦一方だ。


――さすがは北の魔獣駆逐隊の秘蔵っ子だ! 強いなアンタ!


 秘蔵っ子と言うには、歳を喰い過ぎていると思うがな。

 この試験に参加している以上、少なくとも三十歳は超えてるはず。

 

――無駄口が多いな。

――ああ!? 喋って時間稼ぎは常套手段だろうが!

――この場で時間を稼いで何になる。

――時間を稼げばな、戦力が復活するんだよ!


 ダヤン君の言葉通り、膝裏を魔術にて治療した兵士達五人が、スクライド隊長を取り囲んだ。

 六対一、映し出されていないが、彼の兵士は開始地点から動いていないはず。

 この状況を打破できる方法なんてありはしない、この勝負、ダヤン君の勝ちだな。


 そんな事を考えていた俺の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。


――兵士を囮にする。貴様は、一体サバス隊長から何を学んでいたんだ。


 腰をかがめた瞬間、スクライド隊長の剣が何もない空間を斬る。

 鍔と鞘が織りなす音色と共に、ダヤン君を含む六人が一瞬で斬り刻まれてしまっていた。

 一斉に舞い上がる血飛沫は、試験の結果を嫌でも知らしめる。


「そこまで! 勝者、ディアス・スクライド!」

  

 アルベール団長の掛け声と共に、噴煙立ち込めるモランド火山から闘技場へと姿が変わった。

 大地に寝そべるは、血まみれになったダヤン隊の面々。

 スクライド隊の兵士達は、本当に開始地点から一歩も動かずに、ただただ休めの姿勢で硬直していた。 


 誰もが歓声の一つも上げずに、惨劇を目の当たりにしている。

 そんな中、闘技場にいる彼は観客席にいる俺を見つけだすと、深く頭を下げた。

 長いお辞儀を終えると、少年のような笑みと共に会場を後にする。

 化け物と子供が同居している、そんな印象を与えてくる微笑みであった。



――



「諸君、今日は本当に良い戦いを観させて頂いた。一人一人が信念を持って試験に挑み、試行錯誤する姿に私は感動すら覚える……よって、二次試験は参加者全員合格とするッ!」


 アルベール団長がそう答えを出したのなら、誰も文句はいわない。

 全員合格……それを聞いて喜ぶ者もいれば、悔しさに歯を食いしばる者もいる。

 俺はどちらかといえば喜ぶ方だ。無論、他に喜ぶ大切な人がいるからな。


「では、今日は身体を休めるといい。三次試験である面接は、陛下自らが執り行うとの事だ。今日の戦いよりも厳しいものになるかもしれない……皆の健闘を、心から祈っている!」


 解散! の言葉で帰ろうとしたのだが、ダヤン君に秒で腕を掴まれてしまった。 

 納得できる訳がないだろうし、愚痴も山ほど言いたいのだろう。

 だが、俺には帰る家がある。是が非でも帰りたいのだが。

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