小話 とある薬師の軌跡 前編

 わたしは今、薬草をすり鉢で磨り潰している。他にも同じ孤児の子が何人も集まって同じ作業をしている。最初の頃はすぐに疲れてできなくなっていた作業も一月近く毎日やっているとなれたものだ。


 わたしが孤児になった経緯はよくある話。その当時わたしはこの国の隣の国、元々は大国だったらしい小国家群の一つの国で生活していた。まだ幼かった当時を思い出しても、いつもお腹をすかせていたという事しか覚えていない。


 そしてわたしが暮らしていた国や周辺の国で疫病が蔓延した。それはわたしの暮らしていた村にもすぐさま広がった。その兆候が見られたときわたしと両親、そしてまだ感染していない村の人たちは、既に病に掛かった病人を捨てて逃げ出した。


 みんなわかっていた、村に残っていても先はないことが。むしろ疫病が発生したことで、国から逃げ出す決心がついたとも言えたのかも知れない。今考えてもそれは正解だったのだと思う。後々噂として聞いたのは、疫病が発生した村は村人ごと燃やされたということだった。


 村から逃げ出した人たちの行き先はバラバラだった。小国家の他の国へ向かう人、さらに遠くの国へ向かう人、中には魔の森へ行くと言って森へ入っていった人たちもいた。魔の森には魔女がいて、会うことができれば何でも願いを叶えてくれるというおとぎ話を信じての行動だったんじゃないかな。


 そんななかわたしと私の両親は、この国ドレスレーナ王国へとたどり着いた。正確には国境に建てられた砦の手前までたどり着いた。普通に考えれば、わたしたちのような、村を捨てて難民と呼ばれる者を受け入れてくれるわけはないと思っていた。


 そう思ったわたしの両親や残った村の人は、山を超えて国境を抜けることにしたのだけど、それは間違いだった。今ならわかるけど、あのとき何も考えずに砦へ向かっていれば誰も失うことはなかったのだと思う。


 ここまで言えばわかるように、山へ分け入ったわたしたちが魔物に襲われ山を抜けることが出来たのは、ほんの僅かだった。山を抜けられた人の中には私の両親は居らず、このときわたしは孤児となった。


 生き残った人と共に街道を歩いていたのだけど、わたしは両親を失ったショックと体力の限界が重なって街道で倒れそのまま置いていかれた。そのままならわたしは夜を越すことなく死んでいたと思うけど、たまたまそこを通りかかった冒険者のパーティーに拾われ一命をとりとめた。


 両親を失い、何の希望も見いだせなかった生きる屍のような私を、その冒険者パーティーは甲斐甲斐しく世話をしてくれた。わたしがまともに話ができるまでに回復した頃、身の上話や通ってきた国の話などを聞かせてほしいと言われたので、一通り話した。


 別れた村の人を探そうかとも言われたけど、今となっては赤の他人なので必要ないと断った。そしてわたしがまともに歩けるようになり、体力もついてきた頃、一緒に王都へいかないかと誘われることになった。


 滞在している街にも孤児が暮らせる施設があり、そこに入れる手はずもしてくれると言ってくれた。だけどわたしは、あの地獄のような国から少しでも離れたかった。そういうわけで一緒に王都へ向かうことにした。


 わたしを救ってくれた冒険者パーティーは全員貴族だというのを、王都へ向かう旅の途中に知ることになった。


 リーダーはフォル・タイター、その双子の妹でティナ・タイター、そして神官のシャイナ・リーリアとルドル・ジェイドという4人のパーティーだった。全員が私の知識にある貴族とはかけ離れた人たちだった。


 色々と話を聞いていると、ドレスレーナ王国特有の制度で、貴族はみんな一度は身分を捨てて冒険者にならないといけないということだった。その旅の終盤に私を拾ったということだった。


「どうしてわたしを助けてくれたの? それに王都へ誘ってくれたの?」


 私がそう聞くと彼らは顔を見合わせて「なんとなくかな」と答えた。


「答えになってないよ」


 と再度問いかけると、フォルさまは少し困ったような表情を浮かべて答えてくれた。


「そうだな、俺達のパーティーの元々の目的は、隣国の調査だったんだ。その調査もジーナの話しを聞くことで終わらせることが出来た。それだけではないけど、大きな理由はそんな所かな」


「わたしの話しが役に立ったって事? だからわたしにこんなに親切にしてくれて王都まで誘ってくれたの?」


「ああ、ジーナの話を聞かずに隣国へいっていたら、俺達も疫病で倒れていたかも知れないからな、君は俺達の命の恩人でもある」


 流石に命の恩人は言いすぎじゃないかなとは思ったけど、そういうことにしておくことにした。王都までの旅は一月近く掛かったけど、その間に薬草の取り方や冒険者をするのに必要な事を色々教えてもらった。


 王都に着いた所でフォルさまとティナさまが、メイドとして使用人にならないかと言ってくれたけど断ることにした。一緒にいるのが嫌だとか、お仕えするのが嫌だとかそういった理由ではなく、わたしも冒険者になりたいと思ったからだった。


 その気持ちを泣きながら一生懸命につっかえながら伝えた。フォルさまもティナさまも、微笑みながら「そうか」と言ってわたしをギューッと抱きしめてくれた。それが嬉しくて、悲しくていっぱい泣いた。


 だけど冒険者になると言っても、わたしはまだまだ子供だからすぐになれるものではないのはわかっている。そこでフォルさまの伝で孤児が共同生活をする施設に入れてもらった。フォルさまも、ティナさまも、シャイナさまもたまに会いに来てくれた。


 そして施設に入ってから3年ほど過ぎた。

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