細切蒐

紫因

毒針

匂いを追って、いつもの場所と彼女にたどり着く。

 そう書くとまるでわたしが忠犬か何かのようだが、実際のところ煙草の匂いを辿っているだけだし、場所はいつも変わらないしでこれはヒトにも可能な追跡行動である。

 わたしの鼻が平均以上に利くのは認めるけれど。

 とにかく、いつもの校舎裏に彼女はいて、いつものように紫煙をくゆらせていたのだった。放課後はだいたいこうだ。体育教官室が真上にあるからバレない、とは本人の弁である。本当かどうかは知らないが、捕まって指導されているところを見たことはないので上手くやっているらしい。

 わたしに気づいた大水が無言でゆるく手を振る。そしてそのまま煙草の箱を取り出して、わたしに差し出した。そういう仕草が妙に様になるやつだ。顔立ちとかスタイルに秘密があるのだろうか。

 「1本要る?」

 「いらない」

 「志多波は真面目だねぇ」

 「黙れ不良」

へらへら笑って大水は箱を制服のポケットにしまう。こんなやりとりももう1年以上続いていた。こいつはこういう、わたしが絶対に食いつかない冗談を言うのが好きなのだ。

 まずは要件をすませるべく、カバンを漁ってプリントを取り出して押し付ける。

 「ほれ」

 「なにこれ」

 「進路希望。来週までだってさ」

 「志多波はもう決めた?」

 「わたしは……まだ書いてないけど」

 嘘だ。おそらくは就職と書いて提出する。

 「ふーん」

 気のない返事とは裏腹に、大水のスカートの上でプリントが手際よく折りたたまれていく。

 やがて小ぶりな紙飛行機の形になったそれを、大水は躊躇なく放り投げた。

 紙飛行機はふらふらと飛んで、側溝に落ちた。

 

 「じゃああたしは、卒業後は志多波に養ってもらおうかな」

 「はいはい」

 部分的に見透かしたようなことを言って、またへらへらと笑う。

 笑えない冗談を流して、隣に腰を下ろした。

遠くのグラウンドから運動部たちの掛け声が断続的に響いている。

去年までは二人で立っていた場所が、今では別世界のように感じられた。

 

 「煙草、やめたら?」

 もう何度目かわからない勧告を、今日もまた投げてみる。

 応じるはずがないと、最初から諦め半分で臨んでいるあたり、わたしも本気で説得にかかっているわけではないのだと思う。

 「……なんで?」

 「なんでって……体に毒だし」

 言葉は続かない。続けないで仕舞い込む。

 毒だし、それに。

 こいつは煙草が好きで吸っているわけじゃない、と思う。

 部活を辞めざるを得なくなって、だんだん授業にも出なくなって、今では校舎裏で不良ごっこ。

 体を痛めつけて、寿命の残りも一緒に燃やすような、遠回りの自殺に近い。

 お金がもったいない、とか、そもそも未成年なんだから、とか、理由は色々つけられるけれど。

 結局のところわたしは、大水がひとり灰になってゆくのが許せないだけなのだ。


「毒かあ……」

黙りこくったわたしをよそに何か考えていた様子の大水だったが、やがて口を開いた。

「ニコチンってさあ」

「うん?」

「自然に体から抜けるのに3日くらいかかるんだって」

あたしはそんなに吸ってないからちょっと違うかもだけど、とか言いながら、新しい煙草を取り出している。残量を見るに、消費ペースは順調に上がっている様子だった。

「でもその3日間がいちばん辛いみたいでさ。離脱症状?……だっけ」

トントン、と葉を詰める仕草を挟み、火をつける。

「あたしは辛いの嫌だからさ。誰かがニコチンを吸い出してくれればね、こう、ちゅーっと」

ちゅーっと。唇を指差しながら。

「そしたらやめられるかもしんないけどねー」


 薄い笑顔がいつも通りにわたしの胸を締め付けて、胸の奥に火をつけた。


きっとわたしが男だったら、こんな冗談を言うことはないのだろう。

わたしが食いつかないのを見越して、安全圏から、真っすぐな釣り針を垂らしている。

 わたしの気も知らないで。

大水の顔を、唇を、まっすぐに見据えてにじり寄る。

その唇が再び煙草を咥える前に、思い切って顔を寄せて、食らいつく。

大水の栗色の髪と、見開いた瞳と、感触。

副流煙の何倍も濃い煙の匂いの中で見つめた。

太公望気取りの美しい顔は、夕暮れよりも真っ赤に染まっていた。






「1本要る?」

「もらう」

翌週の校舎裏で、いつものようにわたしたちは落ち合った。

違いがあるとすれば、今が放課後ではなく授業時間中だということだろうか。

大水の吸っていた煙草の先端に自分のをくっつけて火を頂戴する。

スカートに灰が落ちるのが嫌で、立ったまま煙を吐いた。


「志多波も不良になっちゃったねぇ」

「うるさいな……」

結局のところ、大水の毒はわたしにも伝染した。

そしてわたしの中に根を張って、2人目の不良女子高生をつくりだした。

親や教師にバレるのも時間の問題……かもしれない。

それでもわたしは大水とふたりで灰になってゆくことを選んだのだ。


カバンからプリントを出して、折りたたむ。

出来上がった紙飛行機をそっと放った。

最初は高くあがったそれは、突風に煽られてぐらつき、側溝に落ちた。


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細切蒐 紫因 @kcalberif

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