第10話 11567のその後
お咎め無しで一日で戻ってきた11567は
それまでとまるで変わらぬ様子でいた。
周りの者はそれまでより絡む事を恐れたが、
11567は元々誰とも絡もうとしないので
やがてはそんな空気も薄れていった。
そんな中でルシュターは今までより積極的に
11567に関わろうとした。
イーダや上層部からの申し付けなどではなく
個人的な興味によるものだった。
「あの雲が出た時は、明日は雨なんだぜ」
とか
「11701が退所したらしい……」
「昨日の格闘技訓練のせいで身体が痛い」
など、
何かと話し掛けていた。
11567の反応はいつも、
「ふうん」
と、素っ気なかったが、
嫌がることもなく話を聞いていた。
「なあ、俺の話しを聞いていて
つまらなくならないのかい?」
ある日思わず口に出してしまったが、
11567は何とも要領を得ない視線を向けてくる
のであった。
「君の話しはとても興味深いよ………」
11567はボソッと応えた。
「つまらなさそうにしているように見えたのなら……」
そこから言葉が見つからないようで
表情はいつもと同じなのに、気のせいか
何だか困っているように見えるのだった。
「や、別にいいんだ。
つまらない話しを聞かせてたら悪いなって
思っただけでさ。」
「そうか、周りを見ていると、
人は話しの内容で表情が変わるもののようだな……」
「表情とは己の感情や反応を表せるものらしい
それが私にもあれば、或いは君に
『つまらなさそう』と思わせずに済んだろうか……」
「11567、君は自分にも感情があれば良かったと
思うのかい?」
ルシュターは自分が11567に対してこんなに
興味深い質問ができる日が来るとは
思ってもみなくて、つい興奮して聞いてしまった。
「さあ……それが良いものかそうでないのか
まるで判別が付かないね………
だが、多くの人がそれを『持っている』という
ことは何となく分かってきたくらいだ。」
ルシュターは訳もなく無償に泣きたくなってしまった。しかし自分が泣いては11567に失礼だと思い、
グッと堪えたのだった。
それからルシュターはできる限り面白い話しを
しようと心掛けた。
11567がそれを面白いと思わなくてもいい。
自分がそうやって面白がっている、楽しんでいる
というところ見てもらおうとしたのだ。
それをしている内に、自分は工作員には
なれないだろうとはっきり自覚していった。
状況によって元の家族を恨んだりしたが、
自分の本質はそんな人間ではないんだと
嫌と言う程気付いていくのだった。
そして事件から一年ほど経ってから
11567は諜報活動の育成施設へ移ることとなった。
同期ではもう一人選ばれたが
この年歳(13歳頃)では異例に近いことであった。
15、16歳頃から見込みのある者だけが選ばれる
のだが、その若さで選ばれるのは
余程見込みがあったのだろうか。
イーダから言わせれば、特殊施設では
色んな技術と共に身に着けるべきは
その働きに適した精神性であるが、
11567はすでにそれを身に着けているので
そこで学ぶことはもうそれ程大事ではないと
いうことだった。
「どうだい?学べたことはたくさんあったかい?
興味深いことはあったかい?」
とイーダに問われた11567であったが、
「さあ、特別に何があったということはない。
教えられたことは全て意義を持って取り組めたと思うが………」
そう答えるだけであった。
イーダは含みのあるような笑みを浮かべて
続けて問う。
「時に11567よ、11691番のルシュターと言う
人物を認識しているな?」
「ああ、私に話し掛けてくる珍しい人物だ。」
「彼をどう思う?」
「特に分析を必要と思えないが………
私という人物に興味を持って接触を試みていたようだ。」
「ハアッハハハ、そうか!
例えば彼が、目の前で死にそうになっていて
助けを求めてきたら、彼がを助けるかい?」
「この施設内での訓練では同じ訓練生同士の
救助は禁止されていますが、
工作行為での内容によっては見方の救助も
行うとすると定義されています。
それはどちらに類する行為中のことなのか?」
「ふうん、君はもうここの訓練生では
なくなるのだよ。
これはそういった定義の中のことではなく、
私的な、完全にここでのルール外での話だ。」
「私は言葉を覚え始めてからずっと、
ある程度のルールの中で物事を判断してきた
ルールの無い中での判断についてはまだ私の
考えの及ばないところとなる。」
「ふむ………」
「だが、先日諜報活動の一端を説明された時の
事から推察するに…
救助できる者がいる時は救助した方が良いと
思われるだろう。」
「ほう、そう思うような事があったかい?」
「ああ、多くの見方を作り、利用しろと教わった。その数がやがて任務の遂行の難易度を下げてくれると。」
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