第28話「小さいもの同士」

 闘技場は広い。帝都最大の大闘技場は言わずもがな、それよりも小さいはずのものでも、長径が150メートルほどはある。一対一の通常の剣闘ではほとんど何もない平原で戦っているのと変わらない。


「せいっ!」

「なにぃっ!?」


 それは、二十人が一堂に会する乱戦においても同じだった。

 平らにならされ、剣闘士たちによって荒らされた砂地に、相手を押し倒す。素早く喉元に剣を突き出し、判定を取る。そこかしこで行われる戦いの勝敗を決めるため、今日ばかりは審判も忙しそうだ。

 遮蔽物もない舞台では、勝負を決めた次の瞬間に別の方向から剣が飛んでくる。俺は今しがた打ち倒したばかりの相手から剣を奪い、こちらへ迫り来る別の敵に向かって投擲した。


「ああっ!? 私の剣が!」

「すまんな。戦利品ということで少し借りる」


 それなりに高そうな剣だったが、しかたない。試合が終わればちゃんと返ってくるだろう。

 とにかくこちらも必死なのだ。

 最初は二十人が揃っていた舞台も、次々と脱落者が出て来ている。一本取られた剣闘士は退場させられてしまうため、舞台はさらに広くなっていく。そうなると、俺のようなアウェーな存在はよく目立ってしまうわけで。


「ヒトオス剣闘士、覚悟!!!」

「ウィリウスと呼べよ!」

「ぐわーーーっ!?」


 ラッキースケベでも狙ってるのか、馬鹿正直に真正面から突っ込んでくる奴も多い。基本的にワイルド系しかいないとはいえ、美人で巨乳な女性たちに迫られるのは嬉しい状況だが、彼女たちは殺す気でかかって来ているから世の中ままならないものだ。

 牙の立派な猪獣人を投げ飛ばし、胸に剣を突きつけて一本。


「やはり残ったか、ウィリウス」

「――フォルティスもな」


 気が付けば、舞台には二人しか残っていなかった。その結果に観客席が少なからずどよめく。何故なら、勝ち続けた二人が共に、体も小さく屈強そうには見えないものだったからだ。

 俺の前に対峙して荒い呼吸を整えるのは、長い尻尾と大きな耳を持った鼠獣人の女性。身長は160cmほど。他の獣人族と比べれば、驚くほどに小さいが、肩に担いでいる得物は大きい。巨木を引き抜き、枝を払っただけのようなシンプルな棍棒。使い込まれ摩耗した表面には、赤黒い血の跡も染み付いている。

 “怪力”フォルティス。小さいながらも、その腕っぷし一つで生き残ってきた英傑。


「今度こそ、勝たせてもらう」

「俺も負けるつもりはない」


 お互いに構える。体格は珍しく俺の方が勝っているが、種族的な素地が大きく異なる。敏捷性、腕力、動体視力、あらゆる面で彼女の方が上回っているはずだ。

 それでも――。


「はっ!」

「せぁあああああっ!」


 審判が何も言わずとも、俺たちは一対一の試合を始める。壁際へと移動させられた剣闘士たちが、声援とも雑言ともつかない大声をあげている。当然、耳にまでは届かない。

 俺とフォルティス。二人の世界。お互いだけを睨み、共に駆け寄る。お互いを殺す武器を手にして。


「たぁっ!」


 初撃。先手を打ったのはやはりフォルティスだった。

 電光石火の勢いで肉薄した彼女が、棍棒を突き込んでくる。槍のような鋭さすら宿した一撃は、まともに受ければ肺が潰れる。当然、避けざるを得ない。


「せええええええいっ!」


 フォルティスもそれは織り込み済み。本命は、俺が避けた先へと向かう横薙ぎ。人間族の脆い肋骨など軽く粉砕してしまえるほどの打撃。これこそが棍棒の本領といえる破壊力の発露。

 だが、俺もここまでは予想できる。


「愚直だな、助かるよ!」

「ふんっ!」


 棍棒に手をつき、飛び上がる。横転するように体を転がし、棍棒の上を飛び越えた。相手の動きが予想できてさえいれば、回避は簡単だ。剣とは違い、棍棒は手で触れても指が落ちることもない。

 お互いに再び距離を取る。仕切り直しだ。


「行くぞっ」


 次は俺から攻め立てる。錘にしかならない盾を捨て、剣一本で突撃する。


「また突き刺す気か?」


 彼女の棍棒には、真新しい刀傷がある。俺が以前の戦いで剣を突き刺した時のものだ。あの時は、予想の裏をかいた動きで隙を作ることができた。しかし二度も同じ技が通用するほど彼女も弱くはない。

 フォルティスは棍棒をあえて振り上げる。俺が間合いに入ればすぐにでも振り下ろすのだろう。大きく振り上げた両腕。柔らかそうな腹があらわになる。だが、あそこに誘い込まれれば終わりだ。


「誘ってくれてるのか?」

「ああ、私の元に来い!」


 雌々しい武人の誘いには乗れない。砂を蹴り、真横へと動く。足がつくと同時に駆ける。狙うは脇腹。無防備にあらわになった急所だ。


「ふんっ! 侮るなよ!」


 多少位置をずらしたところで、相手もすぐに修正してくる。勢いよく棍棒が振り下ろされ、俺の頭へと迫る。彼女は俺を殺すつもりだ。


「そっちこそ、な」

「なにっ!?」


 棍棒が俺の頭を熟れたトマトのように潰す、寸前。俺は顔面から勢いよく倒れ込む。ちょうど、フォルティスに覆い被さるように。彼女の幼さの残る顔が間近に迫り、その丸い瞳が大きく開かれる。


「ちゅっ、な、おま、何を!?」


 驚くフォルティスの肩を抱きしめ、横へ転がる。大きな棍棒は彼女の手から離れ、砂に落ちた。鎖骨の浮いた褐色の肩を押さえつけながら、もう一方の手で剣を構える。だが、向こうも簡単には終わらない。


「ちゅわっ!」

「ぐっ!?」


 小さくても獣人族の力は強い。俺はあっけなく押し倒され、立場が逆転する。俺の腰の上で馬乗りになり、勝ち誇るフォルティス。

 だが、彼女は止めをさせる武器を手放していた。例え棍棒があったとしても、馬乗りの状態から突きつけても一本は取れないだろう。


「剣を渡せ!」

「渡すか!」


 フォルティスは俺の手にある剣を奪おうと迫る。腕を伸ばして限界まで距離を取ると、彼女も胸板に倒れ込んできて手を伸ばす。


「くっ、このっ!」


 鼠獣人の短い腕ではギリギリ届かない。さりとて、腰から降りてしまえば俺が逃げる。フォルティスはがっちりと足を俺の胴に噛み合わせたまま、胸と胸を密着させて懸命に身をくねらせる。

 汗ばんだ彼女の肌が、動くたび胸当てや腰巻きがずれてこちらに密着してくる。


「おい、フォルティス!」

「うるさい。私を侮るな!」

「そうじゃなくてだな――」


 これは、第三者的に見ればなかなかまずいのではないか? 観客席の反応を見たいような見たくないような。どちらにせよよそ見している暇はないのだが。


「ぐぬっ、あともうちょっと――ひんっ!?」


 懸命に手を伸ばしていたフォルティス。しかし、唐突に悲鳴を上げる。俺は何も、攻撃をしていないのに。


「お前、暗器を持ち込んで……」

「そんなわけないだろ!」


 一応、剣闘は神聖な儀式なのだ。暗器の類はさすがに禁止されている。


「た、ただの生理現象だよ」

「…………ひゃあああっ!?」


 丸い耳元で囁くと、理解したフォルティスが飛び上がる。顔を真っ赤にして震える彼女を逆に組み伏せ、剣を突きつける。


「い、一本っ!」


 審判の声がようやく届く。

 第一試合、二十人の乱戦を勝ち抜いた。


「ち、小さいもの同士だと思ってたのに、お前、結構大きいんだな」

「余計なお世話だ」


 ……約一名、勝敗と全く関係のないところで禍根を残しつつ。

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