第12話 主役と名脇役

 6月2日、金曜日。今日は朝から雨の一日だった。放課後、誠也せいやはいつものように、えり子と穂乃香ほのかの3人で音楽室に向かっていると、途中の廊下で多希たきに呼び止められた。


「誠也、ちょっといいかな?」

「おう、多希」

 誠也が立ち止まると、えり子が「先行ってるね」と言って、穂乃香と共に音楽室へ向かって行った。誠也は、多希を意識していると言った昨日のえり子の言葉が引っかかったが、この場ではどうすることもできない。

 

 多希は音楽室とは逆方向に歩き始め、誠也はその後に続いた。多希はいくつか先の空き教室に入る。誠也も続いて教室に入ると、多希は伏し目がちに言った。


「誠也、ごめん。今日、食事の約束してたんだけど、都合が悪くなっちゃって……」

 そう言って、多希は表情を曇らせ、視線を逸らす。


「え? そうなんだ、それは残念だなぁ」

「ホント、ごめん……」

 

 誠也は多希が予定をキャンセルしたことを気にしないよう、明るく振舞うことにした。

「都合が悪くなったんなら、しょうがないよ。良かったら、代わりの日、決めない?」

 誠也がそう提案すると、多希はパッと顔を上げたが、すぐに視線を落とす。

「ごめん。今はまだ予定が分からないから、また改めて」

「わかった。予定調整して、必ず行こうな!」

「うん。ごめん……」

 多希は浮かない顔のまま、頷いた。

 

 誠也と多希は、教室を出て、音楽室に戻った。


(多希、予定をキャンセルにしてしまったこと、気にしてるんだな)


 誠也は多希の元気のない様子が気になった。また、何か悩み事があるんじゃないだろうか。


(どうしたもんかな……)


 

 音楽室に戻ると、えり子が壁際に立って部活が始まるのを待っていた。誠也はえり子の横に立つと、小声でえり子に話しかける。

「多希の件、今日、キャンセルになった」

「ほえ? そうなんだ。なんで?」

「なんか、都合が悪くなったらしい」


 そこまで話したところで、副部長の号令がかかり、その話はそこで一旦終了となった。


 部長からの連絡が終わり、机と椅子の移動が始まる。


 いすを並べながら、えり子が誠也に話しかける。

「今日、陽毬ひまりちゃんとご飯食べに行く約束してたんだけど、片岡も一緒に行く?」

「いや、邪魔しちゃ悪いから、俺はいいよ」

 きっと、女子同士のトークを楽しみたい時もあるだろう。そう考え、誠也は遠慮することにした。


 

 ♪  ♪  ♪


 18時45分。部活が終了。19時までに下校しなくてはならないので、皆、一斉に帰り支度を始める。


 いつも一緒に帰っている誠也、えり子、奏夏かなの3人に、今日は陽毬と萌瑚もこが加わる。萌瑚は陽毬が誘ったらしい。


 5人は19時発の最終のスクールバスに間に合った。


「ねぇ、誠也くんと奏夏ちゃんも一緒にご飯食べに行こ~」

 バスに乗ると、陽毬が二人も誘ってきた。


「ごめん、今日はちょっと都合が悪くて。また、誘って!」

 奏夏が残念そうに誘いを断る。


「そっか~。残念~。でも、次は絶対に行こうね~。誠也くんは~?」

 陽毬は改めて誠也を誘う。


「いや、俺はいいよ。女子会トーク邪魔しちゃ、悪いし」

「え~? 陽毬、誠也くんともお話したいな~」


「私たちは片岡がいても全然ウエルカムだよ」

 えり子も陽毬に同調し、萌瑚もうなずく。


「それじゃぁ、せっかくなんで、ご一緒させてもらいますか」

 誠也はお誘いに甘えることにした。


「やった~! 誠也くん、ありがと~」

 陽毬が満面の笑みで誠也の参加を喜んだ。

 


 駅に着き、バスを降りる。奏夏とはここで別れ、誠也たちはいつもと違う路線のホームに向かった。今日は陽毬がおすすめのお店に連れていってくれるとのこと。いつもと違う電車に乗り、潮騒駅で降りた。


「こっち来るの久しぶり~」

 えり子が興奮気味に話す。潮騒駅は誠也たちが住む潮騒市の中心の駅だが、誠也とえり子の通学ルートからは外れるため、普段は通ることが無い。

 雨の金曜日。ペデストリアンデッキから見下ろす夜の街は、沢山の傘が花を咲かせていた。陽毬は慣れた足取りで進んでいく。誠也たち3人ははぐれない様について行くのに必死だった。


 駅前通りから少し路地に入ったところで陽毬が立ち止まった。


「着いたよ~。ここのお店~」


 Osteriaオステリア La Gemmaジェンマ。イタリア料理店のようだ。陽毬に続いて、誠也たちもお店に入っていく。

 店内は混み合っていて、席は全て埋まっているように見えた。


「あ、いらっしゃい! 奥の席へ」

 男性店員さんがカウンター越しに右奥のほうの席を指差す。


「オッケー! ありがと~」

 陽毬が笑顔で応える。店員さんの指差した方向に進むと、空席のテーブルが一つあり、「予約席」の札が置いてあった。


「ひまりん、もしかして予約してたの!?」

 えり子が驚いて陽毬に尋ねると、陽毬は笑って答える。

「実はここのお店、陽毬の従兄いとこがやってるお店で、さっきLINEしておいたんだよね~」

 

「なるほどね~」

 誠也たちはそう言いながら席に着く。


 店内は仕事帰りであろう客で盛り上がっている。そんな中、制服の高校生4人組は明らかに浮いていた。


「ここ、高校生が来てもいい店?」

 萌瑚が小声で陽毬に尋ねる。

「お酒飲まなきゃ大丈夫だよ~。陽毬お腹すいた~! なんか頼も~」

 陽毬がそう言いながら、メニューを広げた。


 ♪  ♪  ♪


「かんぱ~い!」

 4人がグラスを合わせる。ソフトドリンクで乾杯。そのタイミングで、陽毬の従兄というオーナーさんが、料理を運んできてくれた。


「はい、どーぞ」

「すごーい! 美味しそう!」

 えり子はお洒落に盛り付けられたサラダやホタテのソテーなどに感嘆の声を上げる。


「紹介するね。陽毬の従兄の、たっくんだよ~」

「どーも、オーナーのたっくんです」

 陽毬に紹介されたオーナーは、陽毬に合わせてお道化て自己紹介をする。

 

「陽毬がお友達連れてくるなんて、初めてだよな」

「うん! みんな高校の吹奏楽の仲間だよ!」

 陽毬がそう言って、紹介してくれたので、誠也たちは改めてオーナーに挨拶をした。


「ゆっくりしていってね!」

 そう言って、オーナーはカウンターの方に戻って行った。


「ひまりんは、ここのお店、よく来るの?」

 えり子の問いかけに陽毬が答える。

「うん! 実はね~、この近くに、たっくんのバンド仲間がやってるライブハウスがあってさ。実は陽毬~、そこを拠点にアイドル活動やってるんだ~」

「え~! すごーい!」

 これには一同、驚いた。これまで「自称アイドル」だと思っていたのに、まさか本当にアイドルだったとは。

 

「いつからやってるの?」

 萌瑚も興味津々である。

「中学1年の時から~」

「ほへ~!」

 えり子も目を輝かせながら陽毬の話を聞いていた。

 

「ご両親に反対とかされなかった?」

 萌瑚が彼女らしく現実的な質問をする。

 

「うん。パパはだいたい陽毬の好きなようにやらせてくれるし、陽毬、ママいないから」

「あ、なんか変な事と聞いちゃってゴメン」

 

 萌瑚がぎこちなく謝るが、陽毬はあっけらかんと答える。

「大丈夫、気にしてないから~。それにね、去年まで陽毬、たっくんの家に住んでたから、たっくんのママが陽毬のママでもあるよの~」

「じゃ、ひまりんにとっては、たっくんはお兄ちゃんみたいなもんだね」

 えり子がそう言うと、陽毬も笑顔で答える。

「うん!」


 それから暫く、誠也たちはおいしい料理を頂きながら、暫くは和気あいあいと、おしゃべりが進んだ。話の流れは自ずと部活のことになる。


「誠也くんはさぁ、この部活で何かやりたいこととか考えてるの~?」

 陽毬が無邪気な笑顔で誠也に聞いた。


「部活でって聞かれると難しいんだけど、まぁ演奏のことで言ったら、聴いてくれるお客さんの心に響く演奏をしたいとは思っているよ」

「お~! カッコいい~」

 陽毬は目を輝かせて誠也の話を聞く。


「この前、大塚さんたちと討論になったけど、俺も昔はコンクールで金賞をとることがすべてだと思ってたんだ。でも、今はそんな一人よがりな演奏じゃなくって、聴衆の琴線に触れるような、そんな演奏がしたいって思うよ」

 そう語る誠也の横で、えり子もうんうんとうなずく。

 

「そっかー。『琴線にふれる』かぁ」

 陽毬はそうつぶやくと、少し間をおいて続けた。

 

「ちょっぴり真面目なお話、してもいいかな?」

 

 そう言って、陽毬はこれまでよりも少し低いトーンの声で語り始めたので、誠也たちも自ずと真剣に耳を傾ける。


「私ね、4歳の時からピアノを始めて、小学校4年生から吹奏楽を始めたの。元々音楽が好きだったし、ピアノもフルートも、ものすごーく練習して、常に学校で一番上手なポジションをキープしてたの」


「うんうん」

 誠也たちは真剣に陽毬の話を聞いていると、突然、陽毬がさっきまでの明るい声で言った。


「あ、この話、絶対誰にも言わないでね~! 『ひまりん』のキャラが崩れるから~」


 誠也はあまりのギャップにズッコケそうになったが、えり子は「うん。それは大事!」と真剣に聞く。


 陽毬はまた真面目モードで語りだす。


「それとは別にね。小学生の頃から、アイドルにも興味があってさ。中学生になって、たっくんに誘われてライブハウスに行ったときに見た、地下アイドルに憧れて。たっくんに『陽毬もやりたい』って言ったら、『やれば』って。それで、私もアイドルをやるようになったのよ」


「ほへ~」

 えり子が相変わらずの奇声で相槌を打つ。


「中学生の時は本当に忙しかったわ。ピアノは相変わらず続けながら、吹奏楽部でフルート。しかも、うちの中学校、全国はムリだったけど、東関東行っちゃうくらいだったし。相変わらず楽器は負けたくない。でも勉強もしっかりやりたい。そんな中で、アイドル活動を続けていたわけよ」


「すげ~」

 誠也は素直に感嘆の声を上げる。


「でね、ここからが本題なんだけど。アイドルと吹奏楽、両方やってきて、正直だんだん吹奏楽が面白くなくなってきちゃったのよね」


「なんで?」

 萌瑚が問う。


「初めは単純に『アイドルの方がお客さんからチヤホヤされるし』とか思ってたんだけど、だんだんそうじゃないなって気付いたんだ。吹奏楽にはエンターテイメント性が足りないのよ」


「エンターテイメント性!」

 えり子が目を見開く。


「どの曲もみんなほぼ無表情で、真面目腐って吹いて。音程とかスキルとかばっかり気にして。全然面白くない。一体誰のために吹いているの? って」


「わかる~!」

 えり子が前のめりで同意する。


「アイドルのステージだと、お客さんの盛り上がる曲をセレクトしたり、ライブ中もお客さんとコンタクト取りながら歌ってるから、なんてゆうか、会場ハコに一体感が生まれるのよね。吹奏楽でも、そうゆうのが出来ないのかな? って思うのよ」

 

「つまり、陽毬ちゃんは吹奏楽のステージでも、まぁ、アイドルとは違う形かもしれないけど、観客を魅了するようなステージがやりたいってことだよね?」

 誠也がそう問うと、陽毬の顔がパッと明るくなる。

「さすが誠也くん! まさにそうなのよ。私が目指したいのは、『魅せる吹奏楽』なの!」


「なるほどね。『魅せる吹奏楽』か……」

 誠也は陽毬のやりたいことを理解し、俄然やる気が出てきた。


「萌瑚ちゃんはどう思う?」

 えり子が萌瑚に話を振ると、萌瑚がやや抑え気味の笑顔で答える

「私も、ひまりんの意見には大賛成なんだけど……」

「けど?」

 えり子が先を促す。

 

「実現するには相当、ハードルが高いよね」


「う、うーん」

 萌瑚のもっともな意見にえり子と陽毬は返す言葉を失ったが、誠也は違った。


「さすが、萌瑚ちゃん!」


「え?」

 萌瑚もなにが「さすが」なのかわからないといった表情だ。


 誠也が続ける。

「陽毬ちゃんのアイディアを進めるには、単に勢いややる気だけじゃダメだと思う。多分、他にも同意してくれる人はいる思う。でも、俺たちだけじゃ何もできない。部としての方針を変えるには、当然先輩・後輩を含めた全部員、そして先生をも巻き込まなくてはダメだろ?」


「まぁ、そうだね」

 陽毬が同意する。


「そこで、萌瑚ちゃんとか、あと奏夏とかの力が必要になると思うんだよ。奏夏はこの前のディベートみたいに、リーダーシップを発揮できるタイプだと思う。そして萌瑚ちゃんは、今みたいに勢いに流されずに、ちゃんと冷静にブレーキをかけてくれる。このバランスが大事だと思うんだよ」


「はぁ」

 萌瑚はなおも自信なさげな表情だったが、誠也の言いたいことは理解したようだった。


「ただ、ちょっと引っかかるところがあるんだけど」

 急に誠也が声のトーンを落とす。


「引っかかるところ?」

 えり子が怪訝そうな顔をする。


「引っかかるところというか、確認したいというか。俺はさ、この前のディベートでの発言を聞いてて、陽毬ちゃんと萌瑚ちゃんはほぼ同じ意見かなと思ってたんだけど、違うのかな?」

 

「どういうこと?」

 えり子が誠也に説明を求める。


「あの日、萌瑚ちゃんは『どんな環境でも合わせるのがポリシー』って言ってたし、陽毬ちゃんも『世の中は理不尽なものだから、自分が変わるほうが楽』って言ってたでしょ? でも陽毬ちゃんが今、出してくれたアイディアは、部の方針を変えるってことだよね?」


「さすが、誠也くん。鋭いわね」

 そう陽毬が微笑むと、急に表情を曇らせる。

 

「……重い話になるけど、聞く?」


「うん。もちろん。聞かせて」

 えり子が優しい笑顔で答え、誠也と萌瑚もうなずく。


「出会って間もないみんなに、こんな話するとはね~」

 そう前置きしてから、陽毬が語り始める。


「私ね、小学校に上がる直前に、母親が蒸発したの。パパは都の職員でね。絵に描いたような真面目な公務員。母親が出て行った後も、パパは私にたくさん愛情をかけて育ててくれた。学校は楽しかったし、放課後も学童クラブで友達沢山いたし。夕方はパパがいつも同じ時間に迎えに来てくれて。だから全然寂しくなかった。でも、小学校卒業間際の冬、ちょうど私の誕生日のちょっと前に、初めて生理が来て、私、学校で失敗しちゃったの。あ、誠也くんいるのにこんな話しちゃってゴメンね」


「あぁ、俺は大丈夫、気にしないで続けて」

 誠也がそう言うと、えり子が明るく続ける。

「片岡って、私がお腹痛い時に、そっとカイロくれるくらい理解あるから大丈夫よ」

「お前、少し黙ってろ」

 誠也がえり子を睨むと、えり子は自分の口の前に両手の人差し指でバツを作る。


「ホント、仲いいね! それでね、私、恥ずかしくて学校行けなくなっちゃったんだけど、パパがね、すごく謝るの。『ゴメンな、俺のせいだ』って。それで、私はパパのお姉さん、つまりは伯母で、たっくんのママね。そこに暫く預けられることになったの。その時、初めて『世の中って理不尽だな』って思った。『自業自得』って言葉は納得ができる。それは自分のせいだから。でもさ、私もパパのこと大好きで、パパも一生懸命私のこと育ててくれて、ずっと一緒にいたい。でも、パパには生理の事とか下着の事とか、女の子特有のこととかは相談できないから、それも困るし。結局どうしようもなくて、私はたっくんの家に行くことになったの。その時悟ったんだ。ママの蒸発とか、パパの事とか、『理不尽』は受け入れるしかないんだって」


「う~ん」

 誠也はため息交じりにうなった。どこか、多希の孤独と重なる。

「にゃるほど~。ディベートの時の発言はそう言うことだったのね」

 えり子が話の続きを促す。


「結局私は、たっくんの家に引っ越したから、入学した中学校は誰も知らないところ。私は仲のいい友達は作らなかった。人間不信ってやつかな? でも、たっくんのパパもママも、もちろんたっくんも、とっても理解のある人で、なんでも私のしたいようにさせてくれたし、ダメな時はダメって言ってくれた。さっき話したように、たっくんに誘われてアイドル始めてからは、そこでストレスも発散できた。そんな感じで、中学3年間過ごして。高校進学を機に、私は実家に戻ることになったの。たっくんの家で過ごす最後の夜、たっくんのパパが言ったんだ。『陽毬の人生は、陽毬が主役だぞ』って。でも『主役だけでは物語は成り立たない。物語を面白くするには脇役が必要だ。そして、そのためには陽毬自身も、他の誰かの人生の名脇役にならなきゃいけないんだ』って」


「素敵な言葉!」

 えり子が目をウルウルさせて聞き入っている。


「だからね、私思うんだ。世の中どうしようもない理不尽なこともある。だけど、一人じゃなくてみんなと力を合わせれば、できるんじゃないかって。なんか、青春ドラマみたいで恥ずかしいけど」

 そう言って、陽毬は照れくさそうに笑いながら続けた。

「でも、実際、アイドルの活動は、たっくんやライブハウスの仲間たちに支えられて実現できたから」


「なるほどね~。よし、私、その役、引き受けた!」

 萌瑚が威勢よく言う。

「よし、いっちょみんなで目指してみますか、『魅せる吹奏楽』を」

 誠也がそう言うと、えり子も同調する。

「さんせ~い!」


「じゃあさ、この後どうしようか?」

 えり子が早速今後の進め方の話題に移す。

「とりあえず、奏夏には早めに話した方が良いよな」

 誠也の提案に陽毬も答える。

「そうね。具体的な話はそれからだね」


 ♪  ♪  ♪

 

「そうだ! ねぇねぇ、3人とも誕生日教えて~!」

 食後のドルチェを頂いているとき、ふいに陽毬が思い出したように言った。


「良いけど、なんで急に?」

 萌瑚が首をかしげると、陽毬が笑顔で答える。

「アイドルとして、みんなの誕生日を覚えておくのは必須よ。で、誕生日にはメッセージ送ったりするのよ」


「アイドルって大変なんだな」

 誠也が呟く。


 陽毬は、スマホのスケジュールアプリを開きながら言った。

「ちなみに今日はね、オーボエの多希ちゃんの誕生日だよ~」


「え?」

 誠也は驚いた。元々誠也は今日、多希から食事に誘われていた。しかし、突然のキャンセル。

 暫し考え込む誠也を、えり子は気にしながら見ていた。


(何かありそうだな)

 誠也はそう思わずにはいられなかった。



 それから程なくして解散となった。


 帰り道、電車の中でえり子が誠也に話かける。

「ねぇ、片岡。なんかすごいことになりそうだね!」

「そうだな。『魅せる吹奏楽』って、俺とえり子が目指しているものとも合致するよな」

「そうね! すごく楽しみ」

「うん。まずは、明日にでも奏夏に話してみよう」


 誠也は早速、頭の中で、あれやこれやと考え始めた。


「ねぇ、片岡」

 再びえり子が話しかける。

「ん?」

「多希ちゃんのこと、気になる?」

「……まぁ、気にならないと言えばうそになるよな。なんでわざわざ誕生日の日に俺を誘ったのに、直前になって断ったのか……」


「きっと何か、理由があるのかもしれない。多希ちゃんも、私たちの大切な仲間だから、大事にしてあげてね」

 そういって、えり子は微笑んだ。


「うん。ありがと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る