第7話 泥沼の討論会

 連休が明けた5月8日、月曜日。この日は雨で少し肌寒かった。


 放課後、久々に机が授業用に配置された音楽室は、吹奏楽部員で混みあっていた。しかも今日はかねてからコンクールメンバーが発表されると噂されていたため、音楽室全体が妙な興奮に包まれていた。


「やっぱ、今日発表されるみたいね」

 誠也せいやの隣でえり子が少し不安そうな表情で言う。


「そうみたいだね」

 誠也も浮かない顔で答え、その横で穂乃香ほのかも小さなため息をつく。


 3人はコンクールメンバーの選出そのものに不安を抱いているのではなく、その後波乱が起きないかを心配しているのであった。程なくして部長の友梨ゆり先輩が前に出た。


「起立!」

 副部長の香苗かなえ先輩が号令をかける。

「礼」

「よろしくお願いします!」

「着席」


 全員が席に着くと、友梨先輩が早速コンクールについて話し出した。


「まず初めに、今年のコンクール出場メンバーが決まりましたので、発表します」


 勘のいい部員は早速スマホやタブレットを開く。


「メンバーの一覧表をクラウドにアップしたので、確認してください」


 友梨先輩がそう言うやいなや、早速あちらこちらで歓声や悲鳴が上がる。誠也も手元のタブレットでメンバーを確認した。選出されたメンバーは3年生全員と2年生の大半。残り2年生の一部と1年生全員はメンバーに選出されなかった。誠也たちが予想していた通りである。トランペットパートは2・3年生の全員、6名がメンバーに選出されていた。これも予想通りであった。


 暫しの時間をおいて、友梨先輩が再び話し始める。

「そろそろいいかな?」

 決して大声を出さずともよく通る友梨先輩の凛とした声で、音楽室は再び静まる。


「いよいよ、私たちの夏が始まります。3年生は言わずもがな高校生活最後の夏です。そして、残念ながらコンクールメンバーに選ばれなかった1・2年生も、来年・再来年はコンクールの舞台に立つことになります。ここにいる部員一人一人にとって、有意義な夏になるよう、しっかりと部活動に励んでいきましょう」


「はい!」


 およそ90名の返事が音楽室に響いた。その後、今日の流れなどのアナウンスがあり、この日はパート練習のため一旦解散となる。音楽室を出る際、誠也は奏夏かなと目が合った。奏夏は黙って肩をすくめた。


「さかな、大丈夫かなぁ」

 穂乃香が呟く。

「うーん、何事も無いといいんだけど」

 誠也が答える横で、えり子が神妙な顔つきで奏夏を目で追っていた。


 移動が終わり、パート練習が始まる。誠也たちトランペットパートはいつも通りの練習が進められた。コンクールメンバーに選出された6名の先輩たちはもちろん、選ばれなかった1年生の5名からも誰一人不満の声は上がらなかった。しかし、途中の休憩時間、咲良さくら先輩から思わぬ声をかけられた。


「やっぱり、コンクールメンバーに選ばれなかったの、気にしてる?」

「え?」

 全く自覚のなかったえり子が、驚いて顔をあげる。

「だって1年生、みんな表情暗いからさ」

 そういう咲良先輩に、颯真そうまが答えた。

「いや、ぶっちゃけ俺たち5人は全く気にしてないんですけどね。なんて言うか、1年生の一部に不穏な空気が漂っているって言うか……」

 そう言って、颯真は困り顔をする。


「そんな、周りなんて気にすることないって」

 そう言ってまりん先輩がうんざりした顔をする。そして、更にこう続けた。

「それで嫌な奴は辞めていくしね」


 2・3年生の先輩方は皆、苦笑する。半分はまりん先輩のぶっきらぼうな言い方に対してと、もう半分は、それが毎年起こっているという事実に対してだろう。


「まぁ、面倒くさいことは色々ありますよ。幸い我がトランペットパートは今年も平和なので、練習を再開しますか」

 直樹なおき先輩の笑顔で、練習が再開となった。

 

 パート練習の時間が終わり、部員一同は再び音楽室に集まった。誠也は奏夏や夏鈴かりんの様子が気になっていた。2人とも暗い表情でうつむいていた。


 部活が終わると、えり子はすぐに奏夏に声をかける。

「一緒に帰ろ♪」

 奏夏はふと顔をあげ、「うん」とだけ呟く。誠也、えり子、奏夏の3人は片づけを終えるとそろって音楽室を出た。


 バスを降りるまでは無言の時間が続く。誠也は、やつれた奏夏の横顔を見ながら、ホルンパートでは相当大きなもめごとになったんだろうと、おもんばかった。


 駅に着き、ホームに降りた。ホームには既に始発電車が出発時刻を待っており、誠也たちはその電車には乗った。


「話聞くよ」

 誠也とえり子が奏夏を挟むように3人並んで座席に座ると、誠也が早速本題を促した。

「やっぱ、殴り合いとかになった?」

 えり子が笑顔でそう言うと、奏夏は少し笑って答えた。

「いや。結論から言うと、夏鈴、ほとんど何も言わずにうつむいてた」

「え? そうなんだ」

 誠也は意外な返答に戸惑った。電車のドアが閉まり、静かに走り出す。誠也は話を続けた。

「てっきり夏鈴、怒り心頭で先輩たちに食って掛かるのかと思ってたのに」

 えり子も横で「うん、うん」と頷く。奏夏が答える。

「私も覚悟はしてたんだけど。でもあまりにも何も言わないから、私からもその話題に触れられないし、先輩も気にしてるし、ホント空気が重くて嫌だった」

 そういって、奏夏は大きくため息をつく。


「何か言ってくれれば反論のしようがあるのにな」

 誠也も困り顔で策をめぐらす。

「でも、言い合いになったらなったで、大変よね?」

 えり子がそう言うと、奏夏も同意する。

「でもこのまま収束するとは思えないんだけどね」

 誠也の意見に、これまた二人とも同意する。


「いやー、もう私どうしたらいいかな~」

 そう言って奏夏は頭を抱える。

「さかな! こういう時は泣いてもいいんだよ。ほら、私の胸で思いっきり泣いてごらん!」

 えり子が大げさに両手を広げる。奏夏はそんなえり子を一瞬チラ見した後、誠也の腕にしがみ付き、「誠也ー!」と泣きまねをした。


「なんでよ!」

 えり子がふくれっ面をしてそう言うと、奏夏は誠也から離れ、3人で笑った。ひとしきり笑った後、誠也は言った。


「そもそも、さかなが責任を感じる必要はない問題だからね。なるようになるし、もしそれでトラブルになるなら、それは夏鈴が責任をとるべきだよな」


 奏夏は優しい笑顔で答える。

「うん、そうだね。ありがとう」

「私たちはいつでも、さかなの味方だぞ!」

 そう言って、えり子は笑顔で奏夏の背中をバシッと叩いた。

「痛っ! リコ! あんたって子はー!」

 奏夏はえり子の両頬をつねって反撃する。

「うじ~!!」

 奏夏に両頬を引っ張られ泣き顔になるえり子。


「コラコラ、2人とも! 電車の中だぞ!」

 誠也はそう言って止めに入りながら、奏夏に笑顔が戻って少しだけホッとしてた。もちろん、このままでは済まないだろうなというのは、3人の共通の見解ではあったが。


 ♪  ♪  ♪

 

 翌日からコンクールメンバーだけの合奏が始まった。部活開始時の挨拶以降は、メンバー外の1年生及び2年生の一部はパート練習となるが、この日はパート練習に先立って、1年生のみ音楽室隣の教室に集められた。1年生全員が着席すると、友梨先輩が教壇に立った。


「昨日も話をしましたが、いよいよ私たち村上光陽高校吹奏楽部の夏が始まりました。コンクールメンバーが発表され、皆さんの中には悔しい思いをしている人もいるかと思うんだけど、私たち吹奏楽部の活動はコンクールだけではないです。早速来月には定期演奏会があります。そして、コンクール後も文化祭、養護学校の訪問コンサートなど、たくさんの演奏の機会があります。そして、みんなはまた来年も、再来年もコンクールがあります。みんなの将来のために、この夏、1日1日を無駄にしないでほしいです。今年の夏の努力が、皆さんの3年間の高校生活を左右すると言っても過言ではありません。しっかり頑張っていきましょう!」


「はい!」

 1年生の元気な声が教室に響いた後、一人の生徒から声が上がる。


「友梨先輩、ちょっといいでしょうか?」

 その凛とした声の持ち主は真梨愛まりあだった。


「真梨愛、どうした?」

 友梨先輩が優しい笑顔で答えると真梨愛が続ける。


「私はやっぱり、この部活のコンクールメンバーの選出方法に納得ができません。コンクールに出るからには勝ちに行くべきだと思うし、そのためには学年に関係なく、実力で勝負するべきではないでしょうか? 個人の努力が認められない今のやり方は、賛成できません!」


 誠也は真梨愛が握りしめていた拳が小さく震えていることに気付いた。真梨愛の突然の意見に対し、友梨先輩は相変わらずの優しい笑顔で冷静に答える。


「私個人としては、真梨愛の意見は理解できるわ。それに、こういう場でもきちんと自分の意見を主張できることは、とても大事なことだと思う。だから、私は真梨愛の意見を尊重する。だけどね。いくら私が部長とはいっても、吹奏楽部という組織の人間なの。一人の大きな声に、簡単に左右されるわけにはいかない。それは分かる?」


「はい。でも……」


 なおも食い下がろうとする真梨愛に友梨先輩は言う。


「真梨愛が話してくれたことは、組織としても貴重な意見として尊重されるべきだ思うし、実際にうちの部はそういう意見を無下にすることはしない。私たち部長・副部長も、ヤマセンも、そこは信じてもらっていいと思う。でも、もしあなたがうちの部の方針を変えたいと思うのなら、感情に任せるのではなく、理路整然と提案するべきだと思う。それは分かるかしら?」


「……はい。わかります」


 真梨愛は友梨先輩から指摘された点については納得ができたようだ。再び友梨先輩が全員に向けて話す。


「繰り返しになるけど、今年の夏はみんなにとって、本当にこの3年間の高校生活を左右する夏になると思うの。みんなが入部届を出した日、ヤマセンが何て言ったか覚えてる? 先生は、『高校生の本分は勉強だけじゃない』って言ってたじゃない。ここから飛躍するのも、ここで腐るのもみんな次第だよ。真梨愛が話してくれたことも、真梨愛だけの問題じゃないと思う。他にも同じ考えの人がいてもおかしくないでしょ? それに真梨愛だけじゃない、ここにいる1人1人、みんなこの部活のメンバーだからね。個人の問題は組織の問題でもあるの。私は期待してる。それじゃ、あとは頑張って!」


 そう言って、友梨先輩は音楽室に戻っていった。


 暫しの沈黙が訪れる。




「さーて、どうしようか?」

 沈黙に耐えかねて口火を切ったのは誠也だった。


「私はコンクールの選抜方法についてみんなの意見も聞きたいんだけど」

 そう真梨愛が答える。


「まぁ、さっき友梨先輩が言ってたのって、結局は俺たちでしっかりディスカッションして意見まとめろって話だよな」

 誠也がそう言うと、えり子も続けた。

「ディスカッションって言うより、むしろディベートかもね」


 誠也とえり子のやり取りで友梨先輩の真意を理解できた者もいるようだ。にわかにざわめき始める。


「ただし、これはゲームじゃない。どちらかと言うと、俺たち試されてるね」


 誠也がそう言うと、真梨愛も同意する。


「そうね。私もきちんと話しておきたいし、みんなの意見も聞きたい」


「私、仕切ってもいい?」

 奏夏が声をあげる。


「もちろん! よろしく」

 誠也はそう言って、進行をバトンタッチした。


 改めて誠也がメンバーを見渡すと、早くも闘魂を見せている者や、何が起こるのか興味津々に目を輝かせている者、逆に成り行きを不安そうに見つめる者など、三者三様であったが、幸い冷めた目で見ている者はいないように思えた。


「では、大塚さんから改めて主張したい意見を述べてもらえるかしら」

 奏夏が真梨愛に立論を促す。真梨愛はその場に立って、意見を述べ始めた。


「改めて私はこの部の、メンバーの実力を無視して3年生から順にコンクールメンバーを選出するやり方に反対です。コンクールは単なる演奏会じゃないです。私たちの実力を試す場なんです。それにも関わらず、まぁ、先輩には申し訳ないけど、この学校の真の実力を発揮できないメンバーで出場しても意味がないと思うんです」


 えり子が自主的に真梨愛の主張の要点をホワイトボードに書き始めた。


「他に、大塚さんと同様の意見の人、いますか?」

 奏夏が問いかけると、オーボエの松本多希たきが手を挙げた。

「はい、松本さん。どうぞ」


 多希が意見を述べる。


「私も真梨愛の意見に賛成。この部活にも明らかに精一杯の努力をしている人と、そうでない人がいると思う。でも、今の体制だったら、練習とか適当にやってても3年生になれば自動的にコンクールに出られちゃうし、逆に1年生はどんなに努力したってコンクールに出してもらえない。努力が正当に評価されないって、すごく理不尽じゃない? それであなたの高校は『銀ね』とか『ダメ金ね』とか言われたって、納得できないです」


 そう言って、多希は席に着いた。


「他に賛同意見あります?」

 奏夏の問いかけに応える者はいなかった。誠也は夏鈴に目を向けると、夏鈴はうつむいたままであった。


「では続いて、今のやり方でも良いのではないかという人は意見をお願いします」


 すぐに意見を出す者はいなかった。暫しの時間をおいて、奏夏がもう一度促す。


「どなたか、意見ある人」

 そう言って、奏夏は誠也に視線を送ってきたため、誠也は渋々手を挙げる。


「片岡くん」

 奏夏に指名されて、誠也は席を立つ。


「まぁ、ぶっちゃけ俺はどっちでもいいって思ってるんだけど……」

 そう言うと、多希の強烈な視線とぶつかった。彼女の目は明らかに怒りをたたえていた。誠也は多希の視線をさらっとかわして続けた。


「確かに大塚さんの言うとおり、コンクールは自分たちの実力を試す場であるというのは間違いないと思うんだけど、それであれば、3年間の実力を試す場という見方もできるんじゃないかな? 俺たち1年生がこれから3年生になるまで、まぁコンクールまで実質2年間。その成長を図るという意味では今の方法も理にかなってるんじゃない?」


 そう言うと、誠也は席に着いた。それに対し、真梨愛がすぐに反論する。


「それはあり得ないでしょ。片岡くんの考え方にはいくつか問題があるわ。まず一つ目に、多くの生徒が実力を試す機会が1度きりになってしまうこと。もう一つが、この学校の最高のポテンシャルでコンクールに挑めないこと。これって、結局、この学校の真の実力が分からないんだから、コンクールに出る意味無くない?って話」


 しかし誠也は、真梨愛の意見に新たな疑問を抱くことになる。


「多くの生徒がコンクールで実力を試す機会が1度きりになってしまうことが問題だというけど、大塚さんの理論で行くと、そのチャンスが3年間で1度も得られない生徒も出てくるんじゃないの?」


 しかし、真梨愛は更に反論する。


「毎年部内でオーディションをすれば、少なくとも全員にそのチャンスは与えられるじゃない。そのチャンスをものにできるかできないかはその人の努力次第でしょ? オーディションの結果、3年間一度もコンクールに出られなかったとしても、それはその人の努力不足で、自己責任でしょ」


 加えて、多希も挙手をし、発言する。


「逆に3年間努力し続けた人も、そうでない人も、コンクールに出られるチャンスは平等に1回で良いって、片岡くんは言いたいの?」


 誠也はえり子がまとめているホワイトボードを見ながら、2人が努力の評価こだわっていることに気付いた。


「努力を正当に評価されたいっていう気持ちは分かるよ。でも、必ずしも努力と楽器のスキルがイコールとは限らないじゃない。努力しても中々上達しない人もいるし、逆に対して努力しなくてもうまい人はいるし」


 真梨愛が答える。


「それは良いんじゃない? 結局実力が全てよ」


 誠也は更に主張する。


「じゃあ、高校から始めた初心者の人はどうするの? ここには小学校からやってる人、中学校から始めた人、高校に入ってから始めた人。出身中学校がたまたま強豪校だった人やそうじゃない人。いろんなレディネスを持った生徒がいるんだよ。大塚さんの主張だと、高校から初心者で始めた人は相当不利になっちゃうんじゃないのかな?」


 誠也がそう言うと、今度は多希が語気を強めて言った。


「片岡くんは、人の努力に対しての考えが甘いのよ。私だって中学校時代、周りのみんなが小学校からの経験者で自分は初心者だったから、ものすごく劣等感を覚えた。だから私はそれこそ、血反吐が出るくらい練習したのよ! 確かにこのメンバーの中にもこの4月から楽器を始めたばかりの人がいるのは分かる。でもね、その人たちが中学校時代に他の事に費やしていた時間を、私はずっと練習に充ててた。だから、その分も評価されて当然だと思うわ!」


 双方の意見は平行線だった。どちらの主張も間違ったことは言っていないのだから、当然だ。しかも誠也自身、去年の今頃までは真梨愛や多希と同じ考えだったから、彼女らの主張はよく理解できる。しかし、今は違う。それをどのように伝えたらいいのか、誠也は答えを出せずにいた。


「どうやら言い返せないようね」


 多希が鋭い眼光で誠也を挑発する。


「そうじゃない!」


 誠也はつい、熱くなってしまった。


「片岡、落ち着いて」


 えり子が咄嗟に声をかける。えり子は「熱くなってはダメ」と言うように、首を横に振る仕草を見せた。誠也は右手の掌を軽くえり子の方に向けて、「わかった」とサインを送りながら続ける。


「さっき友梨先輩も言ってた通り、俺たち吹奏楽部の活動って、コンクールだけじゃないだろ? 定演をはじめ各種演奏会だって当然重要な活動だ。それには、大塚さんたちがバカにしているような係活動だって必要じゃないか。単に楽器を吹いていれば良いだけじゃない。部として運営していくにはいろんな人の力が必要だ。楽器が上手い人もいれば、事務作業が得意な人もいる。工作が得意な人もいる。いろんな人がいて、いろんな人のそれぞれの努力で演奏できる場が与えられるし、コンクールにだって出ることができる。だから、俺はやっぱり、みんなでコンクールに出たい。それがこの学校の評価なんだと思う」


 誠也は不十分ではあったが、言いたいことが言語化できたような気がして、少しスッキリした。


 しかし、そんな誠也の意見を多希は一蹴する。


「演奏以外の作業に価値を見出すなんて、負け犬の遠吠えよ」


 予想外の返答に誠也は眼を見開き、ついカッとなった。


「なんだと?」


「にゃっ! それはちょっと言い過ぎじゃないかな?」


 えり子も驚いて、ホワイトボードに書く手を止めてそう言った。先ほどの多希の一撃で理性の大部分を失った誠也は、更に彼女の挑発に乗る。


「さっき部長は、意見があるなら理路整然と提案しろと言ってただろ? 論理的に説明して俺一人納得させられないんだったら、結局組織は変えられない。お前こそ負け犬のじゃないか!」


「何ですってっ!」


 多希は怒りに震えた。


「ほげー、こっちの方が酷過ぎた」


 そう言ってえり子がこめかみに手を当てる。


 誠也と多希は、自らの感情にまかせてレベルの低い罵り合いに落ちてしまった――

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