悲しみは、ハイカロリー

@tryk

一、感情を食べる少女




 感情を食べる少女がいる。名前は川村葵。

 この噂は学校中に知られていた。

 お菓子を持って依頼に行くと、どんな感情でも食べてもらえるらしい。「悲しい」とか「苦しい」とか、そういう感情を食べてもらって楽になった、なんて話は、入学して一年ちょっとの間に何度も耳に入ってきた。

 一人の人間から一回しか食べられないとか、依頼料は甘いお菓子がいいとか。

 初めてそれらの噂を聞いた時、私は「ふーん?」という感じだった。

(感情を食べる、かぁ……本当だとしても、私には縁のない話だな……)

 ぼんやりそう思っていた。




 そんな私が、ちまたでは「感情食」なんて呼ばれているそれに興味を持ったのは、隣の席の友人がきっかけだった。彼女は、失恋したばかりだった。

 告白して、あっさり玉砕。軽く話していたけれど、伏せた瞳は暗かった。それからの彼女は、梅雨の空模様をそのまま制服の上にまっとっているような、ずっとそういう感じだった。

 ところが、玉砕からまだ一週間くらいのある日。挨拶を交わした彼女の顔は、すこぶる明るかった。

 友人はこともなげに、

「食べてもらったんだ。辛いのと悲しいのを」

 そう言った。

「食べ……それって隣のクラスの?」

「そうそう。川村さんね。バウムクーヘンの詰め合わせ持ってってさ、あっさり食べてもらえちゃった」

 外はまだじっとり湿って暗い。けれど、彼女の表情には陽の光が差しているようだった。




 失恋しても、辛い気持ちを食べてもらえる。引きずらないで済む。それなら、実ることのない恋心も救われるかもしれない。

 友人の変わり様を見てから、私はそんなことばかり考えていた。

 私は、絶対に叶わない恋をしていた。

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