あの夜のできごとと今夜の私におきたこと
優たろう
第1話
その日は、日食だか月食だかで、やたらと赤みをおびた月がのぼっていた。
コンビニを出ると正面に見とれてしまうほどに大きく、そして、美しい月があった。それをスマホのカメラで写し、くるりと月に背を向けて帰路へ向かう。さっきの写真を確認してスマホをポケットに戻すと、右手がびっしょり濡れていたことに気づき、Tシャツで拭う。
夏のように暑く、蒸している。梅雨明けを待てずに、蝉が鳴きだしている。
やがて、横断歩道を曲がり大通りを外れた。そこから、800メートルいったところに私の住むアパートがある。まっすぐに続くその道は数年前に舗装されたばかりで、LEDの青白い明かりが等間隔に続いている。白く明るいのに人影はなく、薄気味悪かった。アイスの入ったチェック柄のエコバッグを握りしめる。
不意に、今朝、同僚の麻衣香が言っていた話を思い出してしまう。
「ねえ、知ってる? あんたの家に近くに横断歩道あるじゃない? 昔、タバコ屋があった交差点の。あそこで先週、交通事故があってさ。夜の9時ころって言ってたかな。横断歩道を渡っていた小学生が塾の帰りにトラックにひかれて死んじゃったんだって」
「でも、1週間経つのにまだお葬式してないの。なんでか、わかる?」
「なんで?」
「頭が見つからないんだって。子どもの身体がトラックの下敷きになって、トラックを動かした時には頭のあるべきところが血の海になっていて。トラックの裏も調べたけど見つからなかったんだって」
「うそでしょ?」
「噂だからね。でも、あの辺の家でお葬式あったの見てないでしょ」
「あー、嫌なこと思い出した」
大きめの声を出したが、見渡す限りに人影はなく、不快な空気に霧散されてしまう。いつもより赤めな月が後ろから照らしてるだけだ。
あ。
ちょうどそこの自動販売機の角から例の信号が見えるはずだ。自販機の影に隠れて、そちらの方を向く。歩行者側の信号がちょうど青にかわったところだった。少しして緑色が点滅し、赤に替わる。
ほっと息を吐く。速く鼓動する心臓を鎮めようと、その自販機でサイダーを購入する。緑がかった自販機のライトすら今夜は気味悪く感じた。取り出し口に落ちた衝撃で泡立たないよう、取り出してから開けるのを少し待つ。そういえば、さっき――。思い出すと、不思議な光景だった。交差点には人の姿も車も何もなかった。押しボタンを押したなら誰か人の姿があるはず。そもそも大通りではないにしてもまだこんな時間なのに、車が通っていないはずは無い。まだ9時なのに。
「9時――っ」
寒気が走って、もう一度信号の方を見る。
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