魔女と聖女のワルツ

秋月大河

第1話 ふたりの魔法使い


「セシリア・ダンバース! このあたしと勝負をしなさい!」


 国立ディアナ魔法学院の中庭に、凜とした声が響き渡った。

 学院の石柱の上にひとりの少女がふんぞり返りながら魔法の杖を突き出している。


 彼女の名前はアリス・フォークト。


 黒魔法の名家フォークト家の跡取り娘である。今年十五歳になるのだが、かなり小柄な体格だ。胸も小さく、くびれもまったくない。黒い制服もぶかぶかで裾で手が隠れている。


 そのアリスの視線の先には、ひとりの大人びた少女がいた。


「…………」


 彼女の名前はセシリア・ダンバース。

 聖魔法の名家ダンバース家の跡取り娘である。アリスと同じ十五歳なのだが、アリスとは違ってかなり大人びた容姿をしている。胸も大きく、体つきも大人そのものである。よく年上に間違えられるが、アリスと同じ魔法学院の一年生であった。


 アリスは石柱の上から、セシリアに魔法の杖を突きつける。


「今日という今日こそは、あんたに勝ってみせるわ!」


 アリスの実家のフォークト家とセシリアのダンバース家は、この国でも古くから魔法の名家でもあり、魔法界の担い手として互いにしのぎを削る家柄であった。


 アリスとセシリアもまた、ふたつの名家の名を背負って国立ディアナ魔法学院に来ていた。けれども、成績ではいつもセシリアがトップであり、アリスは万年二位に甘んじていた。


 セシリアはため息をこぼして見上げる。


「これまで五十戦してきましたが、全て私が勝ったことをお忘れですか?」

「だから、今日こそあたしが勝って全部チャラにするのよ!」

「一勝しただけで全部チャラになるとは思えないのですが」


 ううっとアリスはうなってから魔法の杖に力を込める。


「うるさい! これでも喰らいなさい! 〝闇の炎ヘルフレイム〟!」


 杖の先端に黒い炎が巻き付くと、一気に放射された。

 だが、セシリアは避けようともせずに魔法の杖を十字に切る。


「〝聖なる守護盾アイアース〟」


 セシリアの前に光の盾が生み出されて、黒い炎を全て弾き飛ばす。炎があちこちに飛び火してしまい、周りにいた生徒たちが悲鳴を上げて逃げる。

 これを見てセシリアが魔法を唱えた。


「〝浄化の水アクエリアス〟」


 セシリアの周囲から水が噴水のように放たれて、黒い炎が消える。

 これを見て、生徒たちがほっと息を吐いた。


「周りに迷惑がかかるから、他の場所で勝負しましょうと言ったでしょう?」

「魔法使いなら、いついかなる時でも魔法勝負に備えるべきよ」


 アリスは再び魔法の杖に力を込めて魔法を唱える。


「〝黒き蛇ダークサーペント〟!」


 魔法の杖から無数の黒い影が蛇となって襲いかかる。


「仕方ありませんね」


 セシリアはふうと息を吐いてから、魔法の杖をアリスに突きつけた。


「〝聖なる矢セイクリッドアロー〟!」


 無数の光の矢が魔法の杖から放たれて、黒い蛇に襲いかかった。黒い蛇は全て消滅してしまい、さらに光の矢はアリスが立っていた石柱に当たった。

 石柱がぐらぐらと揺れて倒れてきてしまう。


「ちょっ、わわっ!」


 石柱が崩れ落ちると同時に、アリスの体が宙に投げ出される。


「わーっ!」


 アリスが悲鳴を上げながら地面に落下する。


「〝精霊の風ウンディーネ〟!」


 セシリアが魔法で突風を生み出す。半透明の女の姿をした光の風がアリスの体を包み込み、ゆっくりと地上に降ろした。

 そして、セシリアはアリスの前に立って、魔法の杖を突きつける。


「どうやら今回も私の勝ちのようですね」

「くっ……」


 アリスはうめいてセシリアを見上げる。


「覚えてなさい。次こそはあんたに勝ってみせるから」

「はい。でも、もっと腕を磨いてからきてくださいね」


 セシリアは淡々と告げてから、アリスから背を向けて去って行く。

 魔法科の女生徒たちが歓声を上げながら、セシリアを迎える。

 アリスはその背中を憎々しげに見ていることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る