イルマタル、アマド・ディアスとの馴れ初めを書き留める。

 私が竜提督と出会ったのは、一か月前。つまり結婚する一週間前。氷の国でパーティーと親善試合が開催された時だった。

 氷の国の春は遅い。火の国では夏のはじまりでも、氷の国では短くも美しい春がやってくる。青い山の雪が溶け、アップルグリーン色の草が萌える。それがフィヨルドを美しく見せるのだ。気候も過ごしやすいため、外での試合には持ってこいだ。


 親善試合とは、異能力を競い合うためのものだ。火の国には火の異能力者、氷の国には氷の異能力者が生まれやすい――と言っても、その異能や強度は少しずつ違う。だから欲しい人材を知りたいなら、この親善試合を見に行く人が多い。

 異能力者も自国にいるよりは他国に行く方が優遇されるので、積極的にこの親善試合とパーティーに出る。かく言う私は、そのパーティーと親善試合の警備員として駆り出されていたわけだけど。


 そこに、具合の悪そうに彼がしゃがみこんでいたので、声を掛けた。


『どうされましたか?』


 私は赤いカーペットに膝をつき、彼の顔を覗いた。

 近づくと、潮の匂いがした。氷の国の海は塩分濃度が高いため、潮の匂いはしない。火の国の海の人なのだろう、とその時わかった。

 毛先に向かっていくにつれて、茶色になる黒い髪。袖から伸びる鍛えられた腕は、褐色よりも黒い肌をしていた。肌も髪も、日焼けしていることがわかった。

 彼が少しだけ顔を上げる。

 赤く火照った頬に、炎のように真っ赤な瞳が、印象的だった。


『いや、大丈夫。……近づかないで欲しい』


 彼にそう言われたので、私はそれ以上は何も言わず、その場を後にしたのだけど。



 まさかその数日後、結婚が申し込まれるとか思いもしなかった。

 ほとんど会話してなかった相手から申し込まれるのか、そんなことある? とか前に、うっかりうんって言っちゃったんだよね。その日は結婚の話を上司から持ちかけられた時、タイミング悪く、「パンケーキ山盛り食べたいなー」とか考えていたから、上の空でうっかりね。気づいたら「すみませんやっぱお断りします」とか言える空気じゃなかった。

 でも私も一度ぐらい結婚はしてみたかったし、親にもなったみたいと思っていたから、むしろチャンス! と思うことにした。色々考えてしり込みするぐらいなら、なんも考えずにノリと勢いに任せてしまえ。――現実逃避とも言える。

 その『なんも考えていない』代償として、結婚式までとんでもなく忙しかった。そもそも一週間で結婚is無謀。急すぎる上、スケジュールもパンパンで、今まで受けたアニバーサリーな警備の仕事なんかよりずっと忙しかった。結婚って最低半年の期間は必要だと思った。その上慣れない土地、慣れない気候もあって、一週間は死んでた。それは置いといて。







「よく考えなくても、『近づかないで欲しい』って、拒絶の言葉だよねぇ……」

 あの時は、「強力な異能力者なら、他者との接触が怖いだろうな~」と思ったぐらいだったけど。


 私は今、彼の経歴を紙に書いている。

 彼――アマド・ディアスは、トリドを拠点にする海軍の総督だ。熱波や嵐が襲う海を制する、『炎』の異能力者。世界的に見ても、トップクラスの破壊力を持つだろう。先の大戦なら、氷の国なんてあっという間に溶かされたにちがいない。

 けれど今は戦争が禁止されているから、海軍は海の治安維持と自然災害の時に出動している。


 火の異能力者である彼は、主に山火事が広がらないように、火そのものを制御する役目を担っている。もちろん、トリドを襲う海賊と戦う時にも使っているみたいだけど。海賊に恐れられ、ついた二つ名が『竜提督』。

 けれど、彼の人生はかなり過酷なものだったらしい。

 まず、彼はご両親を知らずに育った。まだ赤子だった時、人攫いにあってしまったのだ。ディアス夫妻は全ての港を封鎖し、街から山まで捜索にあたったが、五歳になるまで見つからなかったという。

 彼がどこで暮らし、どんな生活をしていたのか、今もわからない。彼は沈黙を通している。ただ、ディアス家に戻った彼は、異能力が制御できず、周囲の人間を発火させてしまった。

 その時から十の頃まで、彼は人との距離を置いていたという。


 異能力を持つ子どもは、総じて他者との関係に悩みやすい。それは火の異能力者だけじゃなく、全ての異能力者に言えることだ。自分の力を制御できず、周囲の人間を傷つけ、『化け物』扱いを受けて育つ。その結果、誰かを傷つけ傷つけられるぐらいならと、人との接触を拒むのだ。

 だから親善試合とパーティーの場でその言葉が出てくるのは、特に何とも思わなかったんだけど。


「結婚したら、さすがにそういうわけにはいかないぞ。アマド・ディアス」

 うーん、と背伸びする。机に向かって書き物をすると、最近肩がこりがちだ。

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