みぃちゃん

K

みぃちゃん

 夏休みに入ってすぐ、土曜日の昼下がり。


 学校のプール開きの初日で、朝からめいっぱい泳いで、お昼にそうめんを食べてから近くの公園に行ったの。セミがやかましいくらい鳴いていて、陽射しが強くて、でもジメジメしてない、なんなら乾いた暑さが心地よいくらい。


 わたしは去年と同じ麦わら帽子を被っていて、新品のワンピースを着て行ったの。自分でも可愛いと思ったから、誰かに見せたくて、でもいつものアスレチックにもすべり台にも砂場にも誰もいなくて。


 そう、公園を一回りしたかな。


 この公園には赤ちゃんから幼稚園まで入れる小さなプールがあって、わたしはもう小学五年生だから入れないんだけど、ちょっと寄ってみたの。そしたらフェンス越しに、わたしと同い年くらいの女の子がちっちゃい子に混じって遊んでたの、スクール水着で。


 髪が長い、というか髪の量が多くて、でも天使の輪っかが出来るくらいツヤツヤの黒髪で、「綺麗な子だな」ってすぐ分かるくらい、顔も良かったし、笑うと白い八重歯が可愛くて、胸も谷間ができるくらい大きいの。


 でも──ちっちゃい子と一緒になって、縄跳びで電車ごっこしてさ、船のおもちゃを本気で取り合いして、勝つなら分かるんだけど、負けちゃうの。「あぁんっ、おがぁざぁあん!」なんて、聞いてられなかったわ。


 綺麗だけど、変な子。もう帰ろう。


 そう思ってたらその子、パッと泣きやんで、わたしを見たの。フェンスのところまで寄ってきて、


「そのワンピース、かわいいね!」

「でしょ! 買ってもらったの!」

「あそぼ! なんていうの?」

「梓あずき」

「あずあずだ!」


 クラスの男子にもそう呼ばれるから慣れっこだったし、その子は「みぃちゃん」って呼んでほしいのか、ちゃんとした名前を訊いても、


「みぃちゃんはみぃちゃんなの!」


 本当に変な子。


 わたしもまだ小五なのに変だけど子供に戻れた感じがして、たまにはいいかなって思ったりして。


 スクール水着の上に白いパーカーを羽織ったみぃちゃんは、下はサンダルなのにさっさとアスレチックの上まで登っていって、わたしを引っ張り上げると、


「つかまえた! こちょこちょこちょ!」

「くすぐったい! もう、こら、やったな!」


 みぃちゃんの汗とプールの匂いは、なんとなく幼い気がした。


 なんか、小一の教室みたいな匂い。


 ちっちゃい子ってすぐ給食の牛乳とかデザートのゼリーとかこぼすからかな、なんか甘ったるい、そんな匂いがみぃちゃんからもするようで、わたしがしっかりと面倒見てあげないとって思った。


 セミの死骸を突っついたり、抜け殻をお互いの服にくっつけ合ったりして笑って、花壇で鳩の死骸を見つけた時には二人して悲鳴を上げて逃げ出したけど、走り回る内に楽しくなってきてまた笑ってたの。


「何よアレ、骨! 骨が剥き出し!」

「ハハハハハ! むき出しぃ〜!」


 こんなに楽しいのって久しぶり。


 その足で駄菓子屋さんまで競争だってなって、でもみぃちゃんの格好、ちょっとセクシーだから駄菓子屋さんに入る前にパーカーの前のチャックを閉じてあげたの。


「ごめんくださーい」

「ハイよ。あれっ、可愛らしいお嬢さんね。ひとり?」


 店長のおばあちゃんが言うから、わたしはもちろん、「二人よ」って言うんだけど、おばあちゃんはみぃちゃんの方を見ないで、


「そうかい。でも、くじは一人一回だけね」

「あ、はい……」


 おばあちゃん、前から目が悪いもんな。それに人見知りするし、恥ずかしいのかもしれない。みぃちゃんは綺麗だし。


 アイスクリームを二つ、レジに置くと、おばあちゃんはビニール袋の用意をしながら、


「二つも食べて、お腹冷えないでよぉ」

「みぃちゃんの分です」

「はいよ。くじね、一回よ」


 わたしはみぃちゃんに引かせて、番号を言うと、おばあちゃんは紙風船を持ってきた。みぃちゃんはそれを受け取って、その場で膨らませてぽんぽんと上手に手のひらで打つ。


 買ったアイスクリームは、すべり台の上で食べて、美味しかったねと言ってるとみぃちゃんがトイレに行きたいと言い出した。


「お腹痛いの?」

「ううん、オシッコ」


 それで公園のトイレに連れて行ったんだけど、みぃちゃんが入ろうとしてるのに、プールの方から来た誰かのお母さんが割り込んできたの。目の前でバタンと扉が閉まっちゃった。


 でもみぃちゃんは怒らなくて、黙って隣の個室に入って行く。そうして一人残されて、わたしは「あれ?」と口に出していた。


「ねえ、みぃちゃん?」

「なあに?」


 扉越しに水着を脱いでる音も聞こえたし、ちゃんと呼吸の音も、そこに人がいるっていう気配だって感じる。


 でも、よくよく思い出すと、こんな大きな子があんなちっちゃい子向けのプールで大泣きしても、大人たちは誰も何も言わなかった。


 ……おかしくない?


 駄菓子屋のおばあちゃん、さっきの誰かのお母さんも……


「ぅん? どうしたの、あずあず」

「呼んでみただけ!」


 水の流れる音がして、水着の肩紐が通らないとぐずりながらみぃちゃんが出て来た。


「やったげる」

「ありがとぉ」


 わたしは、大人がおかしいんだと思う事にした。


 みぃちゃんがトイレから出て来るまで、ものすごく怖い事を考えちゃったから。


 わたしが遊んでるこの子、“何”なんだろうって。


〈了〉

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みぃちゃん K @superK

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