つまんない世界を壊した、この夏。

@natuki_kei

つまんない世界を壊した、この夏。

『つまんないな』

 え?と振り返るときには、その子はもう既に別の顔をしていた。さぁ、お茶を飲んで一息をつこうとした時に聞こえた、そんな悲鳴のようなか細い声。

 昼下がりの学校、お弁当の時間。大体が自分のクラスで食べているけれど、私だけは何だか馴染めず、別のクラスにいた。クラスが一緒だった素華に混ざれるから、こちらの方が安心するのだ。

聞こえてしまったか細い声の先にいたのは、快活に喋る小麦色の肌のギャル。聞こえた声とあまりにもマッチしない。どうしても気になったので素華に聞いてみることにした。

「ねぇ、あの子」

「えー?気になるの?私ら陰キャには関係ない人たちだよ」

「そ、そう…?」

 素華はそう言うと、個包装のチョコクッキーをはい、と渡してくる。ありがたく頂いて、お茶うけにすることにした。

 幼馴染の三島素華。ふわっとした長い髪が特徴で、男子女子問わず人気者ではあるが、何故か人とあまり接したがらず、軽い愛想を振る巻いて非常にうまくやっている。のらりくらりという言葉がよくお似合いの、つかみどころのない可愛さを持つ人だ。本人曰く陰キャだというが、それはかなりの間違いで、私といるとき以外は普通におしゃべりしていることも知っている。なんでいつもそうしないのかは私の中の七不思議のひとつである。

 ひとしきりクッキーを堪能して、素華に向き直る。

「あの子ってさ」

「人に興味むくの珍しいね。誰の事だろ、窓によっかかってる人?」

「そう」

 私たちの位置とはほぼ対角線上にいるグループ。いわゆる陽キャグループの中で楽しそうにお喋りしている子の一人。少し黒い肌のTHE・テニス部みたいなギャル。一見して悩みなんかこれっぽっちもないような、有り体に言えばすごく元気な子。なんにでも楽しみを見いだせて、つまらないなんて言葉が似合わない、そんな印象の子だった。

「松島怜さんか…。あんま付き合わないほうがいいと思うよ。良くない噂聞くし」

「良くない噂とかはよくわかんないけど…。あんまりあのグループ、仲良くないの?」

「そんなことないない!なんかカラオケとか行ってたみたいだよ」

「あれ、あーそう?そうなんだ」

「どうしたの?そんなにカラオケ行きたかった?一緒に行っても…」

「あ、いや、そうじゃないんだ。それに、私カラオケ下手だし!!そういうことじゃなくて、なんか…」

 しどろもどろにさっきまであった違和感を説明しようとする。散っていく言葉を何とかひとまとめにしようとするが、逆にちぐはぐになって素華の頭にはてなマークを浮かべさせてしまう。

 キーンコーンカーンコーン。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴った。慌てて広げていた弁当をしまいにかかる。

「きゃっ」

 人はなぜこういう時だけ盛大に失敗するのか。箸をしまうケースが落下して、箸がバラバラと散らばっていった。

「箸、落ちたよー」

 それをひょいっと拾い上げてこちらに渡してくる。聞き覚えがありそうで、遠くでしか聞いていなかった気さくな声がこちらに向けられる。

「あっ、ありがとう…」

 小麦色の肌。すとんと落ちた長い黒髪に少しウェーブがかかったセンター分けの美女がそこにいた。松島怜。先ほど噂をしていたからか内心少し気まずかったが、お礼を言って受取る。どうしようか反応に困っているところで素華が割って入ってきた。

はじめ、次移動教室だっけ、ほら、早くいかなきゃ。ごめんなさいね怜さん」

「いや、謝ることなんて何にもないけど…。よくわかんないけど、どんくさいねあんた。気をつけなよ」

「どんくさいなんて、もっと言い方あるでしょ?もうー。あんまりそういうこと言うと、嫌われちゃいますよ」

 なんだか絶妙な空気を察し、はてなと思う。とりあえず気まずい感じを何とかするために自己主張してみた。

「私、移動教室じゃないけど…」

「いいからほら、いっておいで」

 素華にてきぱきと、元の通りに包まれたお弁当を渡され、教室の外まで送られる。

「私だけでいいんだから、もう」

「え?」

 背中をぐいぐい押してくる素華が何か言った気がした。振り向いて聞こうとするも、廊下に向かってニコニコと手を振る素華の姿が見えて、何も言う事が出来なかった。それより授業が始まる。頭を切り替えて勉強モードに入らなければ。そうは思いつつも、

「『つまんないな』って何なんだろう」

 それだけが頭の隅にずっと引っかかって離れなかった。


(大体できてる。当てられるまで、寝てていっか)

 午後の授業。あくびが出るほどつまらない英語の時間。見かけによらず、とはよく言われるが、頭はそこまで悪くはない。適当に塾なりでやったことをまた復習するだけだし、テニスのほうがよっぽど難しい。

(なんかなぁ、面白くない)

 白馬の王子様ではないが、そういう非日常感はあたりまえだけど味わえるものではない。趣味といえるほどの趣味はないし、テニスも…小学校から惰性で続けているところもなくはない。元々すごく好きだったはずなのに、何故か色あせてしまうのは中学校に入って強い人をいっぱい見てしまったからだろうか。そこからあきらめるという感情がだんだんと育ってきて高校に入ろうとする今、何もかもどうでもよくなってしまった。

 もちろん、周りにはそんなこと見せるはずもない。今は少しでも人生を面白く生きようとしてギャルっぽくキメている。

(こう振る舞うのも楽しい気がするんだけどね…)

 はぁ、とため息をついて窓から外を眺める。空はいつもと同じ何も知らないような顔をして雲を浮かばせていた。

「怜、怜!132ページだぞ」

 テニス部の顧問、五十倉の声のボルテージが上がったのに気づいたのは声をかけられてから三回目くらいの事だったらしい。寝てはいないのに反応をしていなかったせいか、なかなかにお冠である。

「はい、すいませんー」

 部活の時はこんなことないのにな。だけど名前で呼ぶところは、いっぱしの先生のような顔をしていてもやたら馴れ馴れしいのが健在だった。また怒鳴られてもかなわないから仕方なく答える。

 ここは、こうで、活用形はこうで。

 高校になったらもっと難しいのかな。そこで私は挫折をするのかな。好きなことですらやり切れないと感じたのに、出来るのかな、なんて、機械的に答えながら考えていた。

(問題には正解があるのに…)

 自分の人生みちの何が問題文で、どれが正解なのか。おおよそ見た目では考えていなさそうなことを考えているな、と私は思う。きっと、誰も知らないだろう。誰も知らなくて、いいんだろう。誰にも、知られたくないんだろう。

「……、つまんないな。それなら、いっそ」

 ポツリと、教室の床に言葉を落とした。



「ねぇ、はじめ。今日はどこ行こっか?」

「あんまり動くのはやだよ、暑いし…」

「でもでも最近かき氷屋さんオープンしてたって知ってる?私の家の方の駅なんだけど…」

「あー、うん、そうだね…」

 暑くて考えがまとまらない。外はやたら眩しくて、対照的に教室内は静かにしていなければいけないような暗さがあった。もっとも、喋る元気が出なくて黙りがちであるのは否定できないのだが。

「…素華は元気だね……。」

 帰り支度をするのもおっくうで、ともすればそのまま体が溶けてしまいそうな感覚に陥る。そんな私とは違って、こちらの元気系お嬢様ははつらつとしていてやたら生き生きしていそうだ。

「何となく、元気でいようって思うの。だって、元気でいなかったら夏に負けてる気がして、何となく癪なんだー」

「んあー…、それは分かるんだけど……」

 教科書をカバンに入れる手が、緩慢になってくるのが分かる。このまま本当に止まってしまうかもしれない。何もかもを諦めて机に突っ伏しそうになるのを素華が止めてくれた。目の前であっという間に荷物がまとまっていく。

「これでいい?荷物、私が持つから帰ろう?」

 机と同化していても、家に着くわけではない。ここは無理やりにでも帰るという意思を固めなければ。素華の元気に励まされ、ゆるゆると立ち上がる。授業が終わり部活動に精を出す時間だからか、教室は閑散としていた。

 かぶりをふり、暑さにやられ気味だった気を取り直すと、色々なところで部活動の活発な音とこんな温度でも元気な蝉の声を感じることが出来た。詩人だったら世界に色が付いたとか表現するのかな、なんて。

「そういや素華は生徒会のお仕事とかないの?」

 なんだかんだ言って一緒に帰ってくれる事が多い素華は、部活動はしていないものの、確か生徒会には所属していたはずだ。生徒会と言うと毎日なにかしら会議とか開いて、適当に喋ってすごく仲良くて、もしかしたらロマンスとか生まれたり…みたいなところだと勝手に思っている。そうであればそこそこ忙しいはずだし、人間関係もそこで構築されるはず…、だろう。だとしたら私のような、本がそこそこ好きで、部活動は帰宅部以外ありえないよな、なんて考えている陰キャ女子なんて構っている暇なんてないんだと思うんだけど。

「もう、はじめったらー。私は生徒会じゃなくて、生徒会の選挙管理委員って言ってるじゃない。正直なところ、選挙の時しか忙しくないんだよね。うちの選挙はまだまだだから、私もやることがないってこと。もうちょっと私の事覚えててくれてもいいと思うなー。ちょっと寂しいよ?」

「うっ…、ごめん」

「平気平気、一緒に帰ってくれるならそれでいいから。じゃっ、帰ろっか」

「日陰多いとこ選んで帰ろうね…」

 立っただけでもなんとなくグロッキーな気分になって、下を向きつつ素華に引きずられていった。


「廊下も暑い……」

「暑いんだねぇー。少しは涼しくてもいいのに」

 進んではいるが、まるで歩みはナメクジのようで1歩1歩が重い。

「私が扇いだら速くなるかなぁ?」

 かき混ぜられた暑い空気が私の顔にヒットするも、汗をかいているせいか気化熱で少し涼しくなる。プラスマイナスちょっとプラス位で自分の気力が回復していく。

(でも外はもっとやばいんだよね……?)

 怖いもの見たさで渡り廊下から旧校舎近くの中庭を見下ろしてみる。

「素華!あれ……!」

 昼に見たばかりの女の子と、英語担当の五十倉が中庭から旧校舎方面へ向かっていた。蝉の音と自分の心音がリンクし始める。

「んー?そだね。怜さんと五十倉先生だ。何やってんだろうねぇ、逢い引き?」

 ドクン、と心臓の音が嫌な確信とともにさらに高まる。

「でも、付き合ってるようには見えないし…」

 遠目にはなるが手を引っ張っている五十倉と、伏し目がちで嫌がっているようにも見える怜さん。ぐるぐると頭をめぐらせる。あれはだめなんじゃ?合意だったとしてもそういうのは、なんて嫌な気持ちが体を舐めるように巡っていく。

「大丈夫だよぉ、なんかあったとしても、私達は見てないし、五十倉に変な噂があったとしてもそれはあいつがいけないんだもの。後ろ指さされればいいんじゃない」

 変な、噂。

「ごめん、なんか、それは、無理。鞄、ありがとうね。ちょっと行ってくる」

「は、え?どうして?」

 はてなマークを浮かべている素華を置いて、半ば鞄をひったくるようにしながら、衝動的に走った。

 何も知らない、それこそ、縁なんてさっきの箸ケースを落としたぐらいしか、結ばれてないようなもん。でも、それと、もしかしたら犯罪になるような悲しいことを見過ごすのは別だと思う。だから、走らなきゃ。


 誰もいない廊下。手に残ったはじめの温もり。それを頬に当て堪能してから、

「なんで帰ってくれないのかな…」

 目に冷たい炎を宿しながら、素華はポツリと呟いた。


 旧校舎はたまに自分でも行って1人で本を読んでることがある。だからわかる。きっと間に合う。

 夏の暑さが、逆に行動的にさせることもあるんだな、なんて自分を俯瞰して思った。何故なんだろう、頭がオーバーヒートしているようにガンガン空回りしている。相手は大人、何をされるか分からない。それでも走らざるを得なかった。

(あそこを曲がれば、ギリ旧校舎に入るまで多分…、間に合う。……いた!!)

「怜さ、怜!!」

 きっと五十倉は嫌な顔をしているのだろう。それとも、バレて焦っているのだろうか。そんなことを考えてる余裕もなく。左手で怜さんのと、自分のとで二つ、鞄を掴んで。

「私の彼女なんです!!触んないでください!」

 肩に手を置かれているだけだったから、右手をスッと引っ張るのは容易かった。少し震える手をしっかり握って、そしてそのまま、走り出す。

「あっ……」

「ごめんね、遅くなって」

 怜の顔も見ずに、走る、走る。

「それじゃあ」

「へ?」

「遅いって」

 グンッと私の体が怜に近づく。あれっと、はてなマークを浮かべる前に私の体が浮かんだ。

「多分あいつ追ってこないから。女生徒追っかけるなんてヤバすぎでしょ。あ、一応私まだ靴とってないから下駄箱行くね」

「え、いやそれより今この状態」

「は?あんたが私を彼女って言ったんでしょ?ちょっとクサイけど、大人しくお姫様抱っこされてなよ。あ、王子様抱っこなんだっけ、私が彼女だから」

 体が近い。体温が伝わる。 顔を見上げると心持ち晴れやかな顔をしていて。なんでだろうという気持ちと、それでも、それは彼女にとってきっと凄い喜ばしいことなんだろうな、となんだか嬉しくなる。というか、私、彼女って言っちゃったんだっけ。

「あ、あの、それは言葉の綾というか……」

「綾でもよく言おうと思ったよね。今日絡んだばっかっしょ?まぁ、箸ケース拾ってあげたぐらいだからあんま覚えてないか」

「お、覚えてるよ!!」

「まぁどっちでもいいや。鞄持ってくれてんのね、ありがと」

「ま、まぁ……」

 ブラブラしていた鞄を両方抱き抱える。鞄の移動があっても重心がブレることはなく、運動部の体幹の強さに舌を巻いた。

「何処見てんの。着いたよー」

 主に、体力の差と、こんなにも軽やかに楽しく走る怜を見て、構造はほぼ同じなのに何故こうも人は違うのだろうと自分を振り返る。…、少し気分がどんよりしてしまった。

「はい、お疲れ。よく分かんないけど帰っていーよ。なんで私についてきたのか分かんないけど。あいつ人払いは入念っぽかったのによく気づいたよね。あの先生マジ陰湿」

 私を降ろした彼女は、苦笑いを浮かべ、ポリポリと頬をかく。すごく気まずそうで、それでいてなんだか厭世感を伴っているようで。

「たまたまですよ。たまたま、2階から見えただけで…」

「ほっといても良かったのに」

「ほっとけるわけないでしょ」

「なんで」

「怜さんは、あいつの噂、知ってるんですか」

「あはっ。知ってるよ。けっこー誰でも手を出して遊んでるって噂。まさか私が手を出されるとは思ってなかったけどねー」

 走っている時とは真逆と言っていいほど、どんどん顔が曇り、代わりに諦めが顔をのぞかせる。その顔は、私の嫌いな顔だった。あんなに爽やかで、楽しそうで、世界にバーカって言いながら可愛くべーってして、私は生きてるんだって言えるぐらい強そうな、そんな顔が、彼女には似合うのに。

「……つまんない教師に弄ばれて、それが私にお似合いなんだとでも思ってるの?」

「は?今なんつって」

「教室でも見てたけどね!貴女は!!なんでそういう顔をするの!?そういう顔がしたいの!?走ってた時、あんなにいい顔してたじゃん。どうでもいいことなんて、ぜんぶどうでもいいって投げ打って。余計なこと事考えないでやってる貴女が1番素敵だよ!?」

 ついに、キレてしまった。私だって、今を謳歌してるわけじゃない。帰宅部の癖に結構勉強難しいし、その勉強もなんのためにやってるんだか分からない。そんな状態なんだから、つまんない世界って決めつけるのも分かる。でも、それでも、本を見れば辛くても最後に笑ったり、楽しい瞬間を過ごしたりする人物キャラクターはいた。私たちだってそうなったっていいじゃないか。つまんない世界にベロ出して、楽しいことをするってのも悪くは無いって。

「は、あははは。私の顔がなんだって言うの。素敵って言われてもさ、じゃあ本当に私の彼氏になってくれるっての?無理で」

「なる」

「え、は?」

「なるよ、だって言ったじゃん。それに」

「?」

「『つまんない』って言ってたでしょ。そのつまんない、分けてよ。どうやればいいかわかんないけど、なんとか思いつく方法で、面白いにしてみるからさ」

 ほんとに方法は、分かんないんだけど…とごにょごにょと付け足そうとした時、少し汗でベトベトで嫌だけど嫌じゃない熱気がグッと近寄ってきて…。頭が胸にうずまるようなハグをされた。

「ぶっ、あはははっ」

 おかしくて仕方ないような声が頭上から降り注ぐ。なんならさっき走ったのとで過呼吸になるんじゃ、と心配になった。

「んっ、なんなっ…ぷはっ」

 肩を捕まれ少し身体を離された。今度はじっと目を見つめられる。夏の暑さにプラスした何かが心拍数を高めていく。

「ギャルだったら彼ピッピとか言うんだっけ。あんま知らないし言いたくないからそれ使わないけど、いいよ、彼氏でいて?」

「は」

 返事をしようとしたその瞬間だった。

はじめ!!」

 素華の声がした。

はじめ、なんでその女といるの?ねぇ、私と帰るって、約束したじゃん、なんで」

 いつも出さない、悲痛な声。いや、嫌なんだ。なんでそんな声を出すの。どうしたら、いいの。

「素華、これはさ、違うの」

「違うって何!!なんで、なんでその女なの!?」

 グルグルと、思考がうねり、回る。気持ち悪く、その場から逃げ出したくもなる。何も悪いことをしていないのに、素華に向き合うのが怖い。

「素華って、あの素華?」

「え?」

「……」

 素華からの視線を遮ったのは、怜の体だった。

「へー、大きくなったねぇ」

「私は貴女のこと知らないですから。馴れ馴れしくしないでくれない?」

「んーそう?宮田公園で、多分あんたは私と会ってる。多分、そうだと思う」

「っ……。なんで覚えてて…」

「なんでって、あんたが一番最初に私に告白してくれた人じゃん」

「えぇ!?素華、そうなの?」

「……っばかっ!!」

「あの時さー、男の子に絡まれてたからなんかマズイかなーって助けたんだけどその後に、急に告られたんだよね。びっくりしたけど、あん時そういうのわかんないじゃん?」

「無効、無効ですから」

 素華が何時にも見ない顔をしているんだろう。それだけは分かった。

「素華、怜さんのこと好きなの?」

「怜でいいって。分かんないけど、好きじゃなきゃ告白しないんじゃない?」

「きっと、あの時は、すごくかっこよく見えて、王子様なんだ!って思って、それで、その……」

 しどろもどろに説明する素華。多分素華自身も感情のやり場に困っているに違いない。

「怜さ…怜の事が今も好きなのかな、素華は。んー…、分かんないけど、それでもいいんじゃない?」

「は?」

「え?」

 少し時間を貰ったから、自分の感情がまとまった。少し自信を持って喋ってみる。

「私は怜の彼氏だけど、他の人の感情が怜に向くのは仕方ないよ。怜はかっこいいし、素敵だもん。だから、怜がどう答えるかわかんないけど、怜のことが好きなら、それで仕方ないんじゃない?でも多分怜の1番は私になる。そうじゃない?怜」

「あーーー!!!もうそういう所だよ!ばかっ。私はあんたに救ってもらった。それで恩もあるしね。よろしく、彼氏さん」

 機嫌が良くなった怜を他所に、素華は少しイライラしているらしい。おかしい、これでまとまってないのかな。

はじめさ……、意味わかってる…?」

「うん。だから、怜が好きならアタックしたらいいじゃん。今度はちゃんと話し合えるし、きっと誤解もないよ。あ、でもストーカーとかはダメだよ?今暑いし、熱中症にもなるから」

 まともに、真っ直ぐに素華に意見を投げた。素華が納得出来るような多分笑顔になれるような答え。恋に邁進する女性は、それはそれは綺麗だから。

「あぁぁぁぁ!!はじめの!!!ばか!!!」

 バチーン。

 なるべく傷つけないように、これからが楽しくなるようにと思った提案に、張り手が飛んで来た。

「なんでぇ!!」

「もう、帰る!はじめなんか、知らない!!」

「あーありゃ、はじめが悪いわ」

「どこが………」

「「全部!!」」

 怜のからかうような声と、素華の本気で怒ってるような声がシンクロして下駄箱に響いた。


 一と怜と素華の暑い夏は、まだ始まったばかりだった。

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