第32話 宴のあと


「だいの大人がそろいもそろって、食堂で寝たままなんて。やれやれ、部下のかんりも楽ではありません。ねえ、おじーちゃん」


「そうじゃそうじゃ。全く、最近の若者は軟弱じゃのう。ワシを見習え、ワシを」


 翌日の食堂は死屍累々であった。

 多少夜更かししたもののいつも通りの時間に目覚めたレクティタに対し、宴に参加した男達は、フトゥを除いて全員二日酔いである。机に突っ伏したり、二つ並べた椅子の上で横になったりと様々だ。

 持ち込まれた酒瓶をほとんど空にしたフトゥが元気であることに、椅子に凭れかかっているアールが驚愕した。


「なぜフトゥ殿はあれだけ飲んでケロッとしているのですか……?」


「ひひ……あのお爺さんは特別だから……はぁ、きもちわる……」


「うう……ソルテラでは負けなしだったのに……寝違えて首が痛い……」


 エールがぼさぼさの頭のまま首を摩った。アルカナは机に突っ伏し、その長い黒髪を地面へと垂らしている。酒焼けしたのか、彼らの声は枯れていた。

 三人の向かいの席では、ヴィースとアヴェンチュラが青い顔をして脱力しており、リタースが椅子の上で横たわっている。

 レクティタは腰に手を当て、頬を膨らませる。


「ヴィースとヴェンお兄さんも、皆をベッドに運ぶっていったのに。飲み直してどーするの。もう」


「…………違うんです。ちゃんと運ぼうとしたんですが、起きたフトゥが残りも飲み干すといったから……じゃあ私達もと付き合ったら……いつの間にか朝になっていて。…………全部クソジジイのせいです……」


「あー……身体が怠い、頭痛い。もう一泊していこうかな……」


『頼む、皆……もっと、静かに……声が、頭に、響く……』


 ぶつぶつと文句を垂れるヴィースとヴェンの隣で、リタースが耳を塞ぎながら弱々しく嘆願する。

 情けない大人達に、レクティタはやれやれと首を横に振れば、美味しそうな匂いが厨房から漂ってきた。フトゥと一緒にひょっこりと覗けば、ゴーイチが大きな盆に人数分のスープを載せて配ろうとしていた。


「さすが、ゴーイチ。気が利くのう。持っていくのはワシがやろう。その小さな背で配膳するのは大変じゃろう?」


「レクティタも手伝うー。スプーン配るー」


 レクティタは棚からスプーンを束で取り、フトゥ、ゴーイチと共に朝食を配っていった。

 ゴーイチが作ったのはトマトスープであった。ざく切りにしたトマトを調味料を入れて煮たせあと、溶き卵を混ぜ塩で味を調えた料理だ。湯気の立つそれを一口飲めば、二日酔いの男達の身体に沁みていった。


「ありがたい……頭痛が和らぐ……美味しい……」


『三人ともありがとう……ありがとう……』


 方々からの感謝の言葉をひとしきり受け取ったあと、レクティタは一仕事終えたと言わんばかりに額を腕で拭った。


「ふぅ。今日は朝から大忙しですね。このあとレクティタから、じゅーだいはっぴょーもあるというのに」


 食卓に座って隣のゴーイチに嬉しそうに伝えれば、向かい側にいたフトゥが反応した。


「なんじゃ、隊長。機嫌が良いが、何か良いことでもあったのか?」


「よくぞ聞いてくれましたおじーちゃん。実はきのう、すごい大発見があったのです! が、それはこうろー者のリーベルお姉ちゃんと一緒にはっぴょうを――て、うわさをすれば、お姉ちゃん!」


「おはよーございまーす。ちょっと寝坊しちゃいましたー」


 リーベルが欠伸をしながら食堂へ入ってきた。眠たげに目を擦って、食堂の面々を眺める。


「顔色が悲惨ですね、皆さん。二日酔い用の薬を持ってきて正解でした。汚れていないので掃除もしなくて済みそうですねー」


「ひひ……リーベルちゃん、ありがとう。助かる……」


 リーベルが机の真ん中に禍々しい色を放つ調合薬の瓶を置き、席に座れば、レクティタが「ちゅうーもーく!」とその場に立った。突然の大声に皆は顔を向け、リタースは『うっ!?』と頭を抑えた。


「役者もそろいましたので! レクティタからとても大事なお話があります!」


『た、隊長……もう少し声を抑えて……』


 リタースの懇願に気づかないまま、レクティタはふふんと鼻を鳴らして得意気に告げた。


「なんと! レクティタ! 魔法がつかえるようになったのです!! いえーい!!」


 「ぱちぱちぱちー!!」と手を叩いて喜びを表現するレクティタ

 だが、盛り上げようとする彼女に対し、男達はピシリと固まった。

 万全ではない状態でも、彼らはいい年をした大人達。幼き隊長は魔力を持たないが魔法に憧れているのを知っているため、無神経な発言で傷つけないよう注意をしてきた。それは二日酔いで隊長が悪い今でも変わらない。

 レクティタの告白は本当なのか、それとも冗談なのか。真実ならばなぜ今はなしたのか、嘘ならばどこまで茶化していいのか。色々な思惑が混じり合い微妙な空気になる中、科学者ゆえ好奇心に負けたのか、アールが眼鏡をかけ直しながらレクティタに尋ねた。


「その、申し上げにくいのですが。たしか、レクティタ隊長は魔力をお持ちでないはずでは……?」


「その通りです、アールさん。レクティタには、魔力ない。でも魔法が使えるようになったんですー!! ね、お姉ちゃん!!」


「そうですねー、隊長さん。魔力がなくても魔法は使えるって大発見でしたねー」


「いやいやいや、待ちなさい。二人で完結させないで、私達にもわかるよう説明してください」


 ヴィースが額を抑えて女二人のやり取りに口を挟んだ。レクティタが不服気に唇を尖らせる。


「むー。ヴィース、信じてない。レクティタ、魔法つかえたの本当なのに」


「隊長の話を疑っているのではありません。突然のことで混乱しているので、頭を整理できるよう説明してほしいのです」


「せつめい……うーん、むずかしいです。ゴーイチ、レクティタの代わりに皆にせつめいできる?」


 レクティタは困った顔でゴーイチに話を振った。リーベルが「流石に無茶ぶりですよ隊長さん」と笑って代わりに自分が説明しようとした、その時。



『ワカッタ。ヤッテミル』



 くぐもった声が、レクティタの隣から発せられた。


『ボク、ゴーイチ。ゴーレム、ダケド、ナガイキ。レクティタ、ノ、オカゲ』


 レクティタ以外の全員の目が丸くなる。その視線は、音の発生源である、机の上へと向かれていた。


『レクティタ、ズット、マホウ、ツカッテタ。レクティタ、マホウ、テイチャク、サセル。マリョク、フヤス、トクイ。オリジナル、ヨリ、ツヨク、デキル。ダカラ、イマ、ボク、ハナセル。スゴイ』


 ゴーイチは机に立ったまま、両手を広げてレクティタを示した。


『ダカラ、レクティタ、マホウ、ツカエル。セツメイ、オワリ』


 ぺこりと皆に頭を下げるゴーイチに、レクティタが拍手を送った。


「おおー! 完璧です、ゴーイチ! これならヴィースも、なっとくできるでしょう」


 レクティタが他の面々に同意を促すが、思った反応は得られなかった。しーんと静まる食堂で、「あれ?」と首を傾げる。

 不安になってヴィースの顔を見れば、彼は口を開けたまま持っていたスプーンを机に落とし――


「――ゴーイチが喋った!?」


 と、大声を出して勢いよく立ち上がった。リタースが無言の悲鳴を上げた。

 ヴィースの叫びを皮切りに、他の面々も次々と衝撃の出来事に驚きの声を上げる。


「ゴーレムが喋った!? 喋れるのゴーレムって!? レクティタちゃんがやったの!? そもそも魔力無しで魔法ってなに!? どういうこと!?」


「わははは! 隊長はいつもジジイの度肝を抜くのう!! 今回ばかしはワシも心臓が止まりそうだったわ!! わははは!!」


「ひーひひひひっ!? 魔法の定着!? 魔力を増やす!? その話もっと詳しく!! ひゃははははははっ!!」


「魔力がないレクティタ隊長が魔法を使えた……ということは、原理がわかれば我々も使えるのか!?」


「研究が捗るなあ、エル!! レクティタ隊長!! 是非今から魔法の実験をしましょう!! これに科学と融合できれば世紀の発見になりますぞ!!」


『おあああああーー!! 頭がーー!! 頭がぁーーーー!!!!』


 一瞬にして食堂は騒がしくなり、混沌と化した。

 アヴェンチュラはひたすら困惑し、フトゥは笑い、研究職の三人は立ち上がって歓喜する。先ほどから騒音による頭痛を訴えていたリタースは痛みを嘆き、ヴィースは呆然とした様子で口を押えていた。


「レクティタ隊長が、魔法を……」


 レクティタが第七特殊部隊の隊長に就任したのは、魔力がなく、魔法が使えず、隊の力を削げると判断されたからだ。

 言わずもがな、王国内で魔法の功績は重要視される。王族は特に、その強さを国民から求めらている状況だ。

 例えレクティタが手柄を上げたとしても、ただ魔法が使えないという理由だけで、彼女の地位向上は難しいものだったが――


(前提条件が覆った。このまま魔法と科学の融合が上手くいけば、隊長の功績は外野から認められるのに十分だ。そしたら、あとは国王さえどうにかできれば、私は――!)


「出世できる!!」


 ヴィースの背後でわずかに火が燃え、二日酔いを忘れるほど興奮した。浮かれた気分のまま、研究肌の三人に囲まれていたレクティタを抱き上げ、くるくると回る。


「レクティタ隊長!! 私、出世できます!! 隊長のおかげで!! 夢に近づけます!! ありがとう、隊長!!」


 最初こそ驚いていたレクティタだが、はしゃぐヴィースにつられて、彼女も笑顔になった。


「えへへへ! 良かったね、ヴィース! レクティタも、嬉しい! 出世ばらい、楽しみにしてるね!」


「もちろんですとも!! 出世したら何でもしてあげますよー!! ハハハハハ!!」


「……ふふ」


 彼らのやり取りを、リーベルは食卓に座ったまま眺めていた。

 スープに浮かんでいる溶き卵をスプーンで掬って、口へと運ぶ。トマトの酸味と卵のなめらかな舌触りを堪能しながら、質問責めから避難してきたゴーイチを横目で見た。


「いつから話せるようになったんですか? 昨日はそんな気配ありませんでしたけど」


『ケサ。レクティタニ、アイサツ、カエシタラ、デキタ』


「あっはっはっはっ!! 隊長さんは驚かなかったんですか?」


『ビックリシタ。ケド、スグニ、ナレタ』


「子供は柔軟ですね~。セイディスあの子にも見習ってほしかったです~」


 愚痴を漏らすリーベルへ、ゴーイチは窺うように尋ねた。


ご主人マスター。ボク、ショブン、スル?』


「しませんよ~。故郷ならともかく、ここは違いますから」


 魔女の谷では、生み出した魔法生物は一定期間で処分するべきだと教わった。

 だが、リーベルがいる場所は故郷ではない。全ての教えを軽視するわけではないが、選択の自由はリーベルにある。


「害はありませんし、謎も全部解けた。ゴーイチを処分する理由なんてありません。むしろ、これからどんどん働いてもらうので、今後とも末永くよろしくお願いします~」


『……ゴカンベンヲ』


 リーベルの言葉に恐れをなして、ゴーイチはそそくさと逃げてしまった。

 リーベルは大して気分を害さず、腹が空いていたので食事を続けた。スプーンが入って波打つ赤い水面に、彼女は「あ」と呟いた。


「空って、茜色もあったな……」


 空の色は気候や時間帯によって変化することを思い出したが、リーベルはまあいいやとスープを飲んだ。

 あの問いへの答えは一つでなくていいし、変えてもいいのだ。

 『当たり前』が、土地や時代、人によって違うように。

 気まぐれな空のように、リーベルは自由でありたいのだから。


「今度は『茜色もあります』って、答えよっと」


 宴のあとだというのに騒々しい食堂で、リーベルは温かいスープをゆっくりと味わった。


*****


この章はここでおしまいです。

次回から新章になります。

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