第27話 ゴーイチの謎
オルクス砦は今日も晴天であった。
爛々と輝く太陽に澄んだ青空。日差しは暖かく風は穏やかだ。レクティタは一つに結んだ金髪と、お気に入りのワンピースを揺らし、点々と空を飛ぶ、鳥を模した紙細工を眺めていた。
「おおー、すごい。本物みたいにとんでる」
「魔法を当てるのが目的ですからね~。動きが悪いと訓練になりませんし」
砦の訓練所にて。ソルテラの科学者を出迎えるため、色々と準備している最中であった。
ゴーイチに鍋を運ばせ、リーベルがレクティタの隣に座った。少女の手には、撹拌用の長い棒が握られている。
「お姉ちゃんも、的当てするの?」
「いえいえ、射的は予定通りヴィースさんとアルカナの二人が行います。私の役目はその後、このお鍋です」
器用に棒をくるくると回した後、リーベルは鍋を叩いた。
「ソルテラの人達は魔法道具も気になるようで。魔力の代わりに魔石を使用して、自分達でもゴーレムを作れるか実験してみたいんですって」
「成功すれば、ゴーイチのきょーだいが増えるの?」
「そういうことになりますね。ゴーイチ、今日から家族が増えますよ~。長男? 長女? どちらにせよ、一番上としてもっと働いてくださいね~」
リーベルが小さなゴーレムに話を振れば、ゴーイチは腕でばってんを作り、これ以上の労働を拒否した。てくてくと走り、レクティタへの元へと避難する。
「どうした、ゴーイチ。レクティタ王国にぼうめいをきぼーするのか」
ゴーイチがこくこくと小さな頭で頷けば、レクティタは「そうか」とニヤリと笑い、両手で彼の身体を掴んだ。
「では、今日からゴーイチはレクティタのろうどうしゃだー! 二十四時間はたらいてもらうぞー! 無給でー!!」
「!? ~~~!!」
ゴーイチはバタバタと手足を動かしリーベルに助けを求めるが、主人は「出稼ぎ頑張ってくださ~い」と無情にも拒否した。レクティタはゴーイチを掴んだまま、「鳥ごっこー」と言いながら腕を上下させ周囲を走り回る。
早速幼い隊長に遊ばれているゴーレムを、リーベルは膝に肘を付き、じっと見つめる。
(なーんでもう一か月も経つのに、元気なのかなあ。ゴーイチは)
通常、リーベルが作るゴーレムは、一日しか形を保てない。彼女が注いだ分の魔力が切れてしまえば、元の岩に戻ってしまう。
一か月前、レクティタに魔法を披露する際、リーベルはゴーイチには魔力を注ぎすぎてしまった。だから、彼が一週間も動いていた時は、まだ魔力が残っているんだなと納得した。二週間目は、想像より注ぎすぎたのかと考えた。だが、一か月も経てば、流石にリーベルもおかしいだろうと疑念を抱いた。
(私の魔力を全部注いでも一か月持つかどうかなのに。普通なら。でも、ゴーイチを作ったときは、いつもとは状況が違った)
リーベルはゴーイチを握っている、レクティタに視線を移した。
(隊長さんと一緒だった。彼女に魔力はないけど、考えられる原因は隊長さんしかありえない。でも、どうして……)
リーベルが堂々巡りに陥りそうになったとき、レクティタの「おわー!」という奇声で現実に引き戻された。見れば、いつの間にか魔法の準備を終えたヴィースが、レクティタからゴーイチを取り上げ、彼の肩へと逃がしていた。
「ああー! ゴーイチが! 魔王ヴィースのほりょとなったーー!!」
「誰が魔王ですか! ゴーイチをこんな風に扱ったら可哀想でしょう。リーベルも、無視してないで止めてあげてください。あなた、ゴーイチの主人でしょう」
「ゴーイチは出稼ぎ中だってんですよ~。無視じゃなくて見守っていたんです~」
「この薄情者め……。まったく、ゴーイチは私が預かります。隊長もしばらく彼と遊ぶのは禁止です。反省してください」
「ええー! おうぼーだー! ゴーイチはレクティタのろーどうしゃなのにーー!!」
「じゃあ尚更です。こんな悪辣な雇用主にゴーイチは任せられません。労働環境を改善してから出直してきてください」
「ぶー!!」
「むくれてもダメです。ほら、そろそろ科学者の皆さんがいらっしゃるのだから、髪を整えて。襟のリボンも直して。ちゃんとご挨拶するんでしょう? レクティタ隊長」
ヴィースがしゃがんでレクティタのリボンを結び直してやれば、彼女は腰に手を当て、むくれ顔のまま頷いた。
「とーぜんです。レクティタは、第七とくしゅ部隊の隊長なので」
「ええ、期待していますよ。私達の自慢の隊長ですから」
そこまで言われてしまえば、レクティタも機嫌を直さざるをえない。「口がうまい副隊長です」と、気恥ずかしそうに腕を組んだ。
「レクティタは非をみとめる隊長なので、さっきのことはあやまります。ゴーイチ、ごめんなさい。これからは、二十四時間労働で、お給料、おやつのクッキー一枚でどう?」
「謝れたのは偉いですが労働条件については要相談ですね」
「むー! ちゅうもんが多い。だいたい、今日も、おじーちゃんだけお出かけしてずるい。レクティタも、ヴェンお兄ちゃんの家、遊びいきたい!」
「それは……」
「最近ゴタゴタしてましたからね~。最初の実験が成功したら、ひと段落つきますし、そしたら報告もかねてヴェンさんのところに遊びに行けますよ」
暗殺の件があったあの日以降、安全のためレクティタを砦外に出していない。最初は忙しいことを理由に外出を避けていたが、最近はフトゥが連絡係としてアヴェンチュラの元へ通っているのが不満なようだ。
言い淀むヴィースにリーベルが助け船を出してやれば、レクティタは簡単に食いついた。「ほんと?」と訝し気な幼子に、リーベルは何度も頷いた。
「ほんと、ほんとです。その時は一緒に遊びに行きましょうね~」
「うー、お姉ちゃんが言うならがまんします。その時はいっしょね。やくそく!」
「はい! 約束です!」
そうして少女二人が指切りしている最中に、科学者の部屋の準備をしていたリタースが訓練所に出てきて、三人に声をかけてきた。
『フトゥから連絡が入った。そろそろ来るぞ』
「わかった! レクティタ、おでむかえする!」
リタースの呼びかけに応じて、レクティタが張り切って駆けつけた。彼女が離れた隙を窺って、ヴィースがリーベルに礼を言った。
「助かりました」
「いえいえ。私達も行きましょうか。あ、ゴーイチは返してくださいね」
「それとこれとは話が別です。隊長にああ言った手前、ゴーイチへの扱いを決めてからあなたに返します。それまでは私が預かりますから」
「えー」
「魔法生物といえど可哀想でしょう。ゴーイチだって生きているんですから……多分」
「そこは自信持ってくださいよー。ま、わかりました。ゴーイチについてはしばらくお願いします。さ、行きましょうか」
リーベルはそう言ってヴィースより先に歩き始める。彼の前に出る際、ちらりと彼の首にしがみついているゴーイチを一瞥した。
(ここ一か月使役しても害は無かったし、預けてみても大丈夫かな。良い機会だし、私ももうちょっと一族の魔法について、調べてみるかー)
長い棒を肩に回し、リーベルは訓練所を後にした。
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