第16話 おつかい


「そこでワシは咄嗟に皆に伝えたのじゃ。『くせ者、くせ者じゃ~』と。泥棒は大慌てで屋敷を逃げようとしたが、すぐさま使用人どもに捕らえられた。すると、その泥棒は押さえつけられたまま屁をこきやがったのよ」


「ほうほう」


「それが臭いのなんの。使用人が思わず鼻を押さえた隙をみて、泥棒はなんと逃げてしまったのじゃ。後から駆けつけてきた主人が、『一体、誰が侵入してきたのだ』と尋ねてきた。使用人頭はこう答えた。『くせ者らしく、くせえ者・・・でした』と」


「おお~。おみごとなだじゃれ」


 レクティタが副隊長ヴィースと和解した数日後。彼女は砦の中庭でフトゥから昔話を聞いていた。


 ヴィースと話し合った結果、レクティタの勉強時間は週に五日、朝食後の一時間のみと決まった。課題が早く終わればその分だけ遊ぶ時間が長くなる約束付き。勉強量が先日より少なくなったからか、レクティタは素直にヴィースの指示に従っていた。

 今日も読み書きの課題を終わらせ、昼食前、中庭でゴーイチと遊んでいた。武器庫からくすねてきた手頃な鉄製の棒で、ゴーイチにポーズを取らせ地面に絵を描いていると、フトゥが話しかけてきたのだ。


「隊長。今日の勉強は終わったのか?」


「よゆー。今はげいじゅつ力をきたえているのです」


「ほう。なんの絵を描いているのじゃ?」


「作り置きのおかずをわすれてまた同じおかずを作っちゃって落ちこむリタースお兄ちゃん、をさいげんしているゴーイチ」


「わはははは! 一昨日のあれか! 中々上手じゃのう! ワシも暇だし、隣にいてもいいか?」


「うん。またお話聞かせてー」


「嬉しいのう。ジジイの昔話を聞いてくれるのは隊長ぐらいじゃ。それじゃあ、ワシが外国の屋敷に勤めていた頃の話でも……」


 フトゥはレクティタの隣に腰を下ろし、彼女の描く絵を見ながら先ほどの話を語り聞かせた。オチに感心したレクティタが、鉄の棒を置いてぱちぱちと拍手をする。


「フトゥおじいちゃん、いっぱい話知ってる。すごい」


「だてに長生きしていないからのう。男の下品な笑い話から女人への口説き文句まで、色々経験しているのじゃ」


「くどきもんくってなに?」


「惚れた女に、ワシを好きになってもらうための決め台詞じゃ」


 「ま、効果はなかったがな」とフトゥがため息を吐く。外見は十五歳の少年にしか見えない彼だが、実年齢はその数倍以上も歳を取っている男だ。レクティタは顎に手を添え、したり顔で頷いた。ゴーイチも真似をする。


「ほほう。おじいちゃんの恋バナですか。レクティタ、きょうみあります」


「失恋話だからつまらんぞ。隊長が期待しているような甘酸っぱい展開はなしじゃ」


「いいからはくじょーするのです」


 レクティタがゴーイチと共にフトゥの袖を引っ張って催促すれば、彼は「横暴だのう」と暢気に笑った。


「大した話ではないのじゃが。大昔、美女だと有名な姫に冷やかしで会いに行ったら、まあ愉快な性格をしておってな」


 あぐらを掻いたフトゥが、膝の上にレクティタとゴーイチを乗せ、話し始める。


「そ奴はイケイケで男前だったワシに向かって『宝石やドレスよりも、あなたのお話を聞かせて』と、贈った金銀財宝を突っぱねて、あろうことかワシを城から追い払ったのじゃ。いやはや、美女に言い寄られることは数あれど、あんな雑に扱われたのは初めてだった。衝撃だったのう」


「おじいちゃん、イケイケでおとこまえだったの?」


「今もイケイケで男前なジジイじゃろ? 若い時はもっとモテモテだったぞ。だからあの姫を絶対に口説き落としてやると決めて、ワシが旅をしていた頃の話を披露し、何度も城に通ったのだが……」


「けっかは?」


「惨敗じゃ! 本気で惚れて『共に生きて欲しい』と求婚したにも関わらず、『いやだ』と盛大に振られちまったわ! わははははっ!」


 大口を開けて笑うフトゥを見て、レクティタは「やけくそだ」と呟く。フトゥはいやいやと首を横に振り、レクティタの発言を訂正した。


「あそこまできっぱり振られては、諦めがつくというものよ。この恋のせいで、結婚はできなくなったがな。後にも先にも、ワシが本気で惚れたのはあの姫だけじゃ」


「おお、じょーねつてき。これが、じゅん愛というものですか」


「よせよせ、恥ずかしい。照れちまうわい」


 フトゥがわざとらしく照れるふりをしていると、「何をサボっているのですか」とヴィースが声をかけてきた。いつの間に近づいてきたのやら、彼は脇に紙束を抱えたまま、ひょっこりと二人の後ろから顔を出す。


「ひとぎきわるい。レクティタ、おべんきょう終わった。今はお絵かき中」


「そうじゃそうじゃ。サボってなんかおらん。隊長の画力向上の手伝いをしているのじゃ」


 フトゥに同意するよう、ゴーイチもこくこくと頷いた。ヴィースが紙束をパタパタと動かす。


「レクティタ隊長をダシにしない。ゴーイチはリーベルに呼ばれていましたし、フトゥはフォルムまで送迎と買い出しをお願いするといったでしょう。これがその一覧です」


「そーなの? ゴーイチ、ろーどうの時間だ。お仕事、がんばれ」


「おお、そうじゃった。すまんすまん、最近物忘れが酷くてのう。歳はとりたくないものだ」


 主の少女には逆らえないのか、ゴーイチはレクティタに送り出され渋々と建物へと戻って行く。直後にフトゥはレクティタを膝から下ろし、ヴィースから書類を受け取った。頭上で小難しい話をする大人二人を、遊び相手がいなくなった幼女がじーと見上げていた。


「二人とも、どこかへ行くの?」


「ええ。午後から魔物に関して商人と話し合いがあるので……そういえば、レクティタ隊長はまだフォルムに行ったことがありませんか」


 ヴィースがふと気づいたあと、地面に描かれている絵と謎の鉄製の棒に目をやった。「街には画材屋がありましたね」とフトゥに問いかけるよう視線を投げれば、年寄りは軽く笑って肩を揺らした。


「ワシは構わんぞ。子守には慣れておる」


「……少々不安を覚えますが、そう言ってくださるのはありがたいです。レクティタ隊長、午後は何か予定がありますか?」


 レクティタは首を横に振る。まだお昼以降は何で遊ぶか決めていない。ゴーイチも駆り出されてしまったしと伝えれば、ヴィースは「丁度良い機会です」と微笑んだ。


「では、レクティタ隊長。お仕事を頼みたいのですが」


「レクティタにもろーどうの時間がやってきましたか。どんと来いです。どんなお仕事?」


「今日は遠出をしてもらいます。私達と一緒に、買い出しに行きましょう」


「かいだし?」


 きょとんと目を丸くするレクティタに、ヴィースは懐から財布を取り出す。


「私とは別行動になりますが、フトゥと一緒に街を回って、隊に必要な消耗品などを買ってきてください」


「買うって、どうやるの?」


「お店に行って、欲しい物とお金を交換してくるんです。それで、買い物の仕方を教わりましょう」


 ヴィースがレクティタの手を取って数枚の銅貨を渡すと、フトゥが「つまり」と引き継ぐように言った。



「おつかいじゃ」



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