婚約破棄されたい悪役令嬢(仮)の話

戯 一樹

プロローグ



「ほら、こっちこっち!」

「ま、待って! そんなに早く走れない!」



 二人の子供が手を繋ぎながら一緒に走っていた。

 どこまでも広がる林道の中を、七歳ほどの少年と少女がふたりきりで。

「もうすぐやエル! あともうちょっとで、ぼくの秘密場所に着くで!」

「待ってってばロディ! わたし、こんなにたくさん走ったことないから、い、息がくるしい……!」

「あ、ごめんごめん」

 言って、ロディと呼ばれた少年は一度歩調を緩めてから立ち止まった。

 それから、胸に手を置いて息を整える少女──エルと向き直って、

「だいじょぶエル? ぼく、急ぎすぎたやろか……」

「ほんとよ。わたしに早く秘密場所を見せたいっていう気持ちはわかるけれど、こっちは女の子なんだからもっと気遣ってほしいわ。そんなのじゃあ、女の子に嫌われちゃうわよ?」

「えっ。じゃあ、エルも……?」

「さあ、どうかしらね?」

「ほ、ほんまにごめん! ぼく、エルにとっておきの秘密場所に案内したかっただけなんや……エルは一番大事な友達やから……」

「……ふふ」

「? エル?」

「ふふっ──ごめんなさい。ウソよウソ。ちょっとロディをからかってみただけ!」

「ええ!? ひどいやんか、エルぅ……」

 と、ふくれっ面になるロディ。

 そんなロディを見て、エルはさらに「あははっ」と笑声を飛ばした。

「んも〜。ほんま、エルはイタズラ好きやなあ……」

「いいじゃない。一番大事な友達の笑顔が見られるのなら安いものでしょう?」

「それはそうかもしれへんけど、でもなんか、しゃくぜんとせえへんなあ……」

「ほらほら! わたしにとっておきの秘密場所を見せてくれるんでしょ? わたしならもうだいじょぶだから、早く案内してよ!」

「エルはほんま気まぐれやなあ……」

 エルに背中を押され、苦笑混じりに言葉を返すロディ。

 そうして再び手を繋ぎ直して、ロディの先導の元、エルは林道を進んでいく。

 やがて林道を抜け、木々に隠れるようにあった獣道を二人で少し歩いた先──



 そこには一面の花々が……視界を埋め尽くすほどの花畑が雄大に広がっていた。



「わあ! キレイ……!」

 風に吹かれて揺れる彩り豊かな花々を見て、喜色満面に瞳を輝かせるエル。

「ロディが見せたかったものって、これの事だったのね!」

「うん。エルは一番の友達やから、いつかこの花畑を見せてあげたかったんや。気に入ってくれた?」

「もちろん! 最高にステキよロディ!」

 言いながら、エルは花畑の中に入っていく。風に舞う花弁はなびらの中で、クルクルと踊るように回りながら。

「見てロディ! お花がいっぱい! わたし、こんなにたくさんのお花を見るのは初めて!」

「すごいやろ? ここを教えてくれたん、ぼくのオトンとオカンなんや。二人しか知らんとっておきの秘密場所なんやって。だからここを知っとるのは、ぼくとオトンとオカンの三人だけなんや」

 その言葉に「えっ」とエルは動きを止めた。

「そんな大切な場所、わたしが来てよかったの? わたし、ロディの家族でもないのに……」

「ええねん。言うたやろ? 一番の友達にここを見せたかったって。オトンとオカンも大切な人ができた時に連れてあげなって言われててん」

「ロディ……」

 感激に瞳を潤ませるエル。

 その言葉の本当の意味を知るのは、もう少しばかり成長したあとの事になるが、この時のエルはロディに一番の友達として扱われた事が純粋に嬉しかった。

「ありがとうロディ。わたしにとっても、ロディは一番の友達よ。でも……」

「でも?」

「でもわたし、なにもお返しできないわ。こんなにステキな場所に連れて来てくれたのに……」

 先ほどまでのハシャギようが嘘のように表情を曇らせるエルに「なんや。そんなことか」とロディは一笑した。

「そんなん気にせんでええよ。ぼくが連れて行きたかっただけなんやから」

「けどロディ……」

「うーん。あ、じゃあこういうのはどう?」

 と、未だ沈んだ顔を見せるにエルに、ロディは少しの間腕を組んで逡巡して見せたあと、何かを思い付いたように手を叩いて言葉を紡いだ。

「エルがどうしても言うんなら、ぼくと約束して。ここへ連れてきたお返しに」

「約束? どんな?」

 パチクリと虚を衝かれたように瞬きを繰り返すエルに対し、ロディは弾けんばかりの笑顔を浮かべて言った。



「それはな────……」


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