2章 再びの空へ6

「わかった。今からでも隊列考えようよ」


「危ないぞ」


「だからって恥かくために飛ぶわけには行かないでしょ。各々でアクロバティック飛行して最後に上スパイラル。十分な距離をあければそれくらいどうにかならない?」


「終端はどうする?」


「そのまま空まで行っちゃおうよ」


 クローネは親指を立てて上を指す。悪い提案に、ソクラティスは顎に指を当てて考え、そしてぎこちなく口の端を上にあげた。


「話してくる。乗るかどうかは本人次第だが」


「構わないって。絶対安全とはいかないんだし」


 へらへらと笑いながら、クローネは彼を送り出す。その後ろ姿を見つめながら、自分は何をしようかと思案していた。




『いくぞ』


 無線から声がする。張りのない低い音はソクラティスのものだ。

 空を飛んでいたつばめたちは既に地上に戻ってきている。今度は自分たちの番だった。

 ……燃料、よし。計器、よし。

 機内にある無数のスイッチ、計器をひとつひとつ指さして確認する。どれも安全に関わるものだ、気を抜いている余裕はない。

 十二分の時間をかけて最終チェックを終えたクローネは小さくよし、とつぶやく。いつも通り、予定通りで間違いない。

 そうしている間に先頭の機体から空へと羽ばたいていた。雪の上を滑り、安全に飛び立てる速度になると機首を上げ、危なげなく浮く。初めて飛び立つひなを見守る親のような心境で前を見つめていたクローネは、一機、また一機と小さくなる様子を見て、緊張を解いていた。

 さて、と。

 自分の番だと、スターターボタンを押す。初期の荒い振動は連鎖反応により安定していくと、見えないひもに引かれるように機体が進み出す。

 それが宙に浮くまではたいした時間はかからなかった。元々ドロッパーとして使われていた機体だ、加速には自信がある。柔らかな新雪を巻き上げて空を裂く音が響く。尾を引く光が赤から青に変わる頃には機体はほぼ直角に上を向いていた。


『ついてきているか?』


「もちろん」


 先を行く小さな鳥から無線が飛んでくる。クローネは喜びに口をゆがめながら答えていた。

 蓋する雲の下、のびのびと羽を伸ばす。これに勝る快楽をクローネは知らなかった。

 右に左に、喜びの舞を踊る。障害物を気にせず飛ぶのは初めてで、機体もそれに応えるように空気を縫って進む。


『おい、みっともないぞ』


「あ、ごめん」


 その姿を見られ、注言が飛んでくる。浮かれていることを見られ、クローネは苦笑しながら誰にも見られない赤面を手で押さえていた。

 いびつな縦隊はある程度進んだところで反転する。大きく旋回すると、元いた山を正面に捉えていた。

 ……おぉ。

 上空から見た山は荘厳な雰囲気を漂わせていた。前回、クローネは周りを見る余裕がなかったが、だいぶ高い所を飛んでいるはずなのに山頂はまだ上にあった。

 先頭の一機が急加速する。演出用のスモークをたくと今度は急上昇。その勢いは収まらず、上空で反転したまま大きく一周円を描いて、また元の軌道上に乗っていた。

 続く機体は三機が横に並ぶ。お互いが身の危険を感じるほど近いまま観客の方に真っ直ぐと進むと、スモークを出すと同時に左右の機体が離れていく。残ったのは花開いたように見える煙の線だけだった。


「やるねぇ」


『歴が違うからな。世界中を回っているのは何も冬燕達だけじゃないってことだ』


「あー、羨ましい」


 自慢げな口調が無線から流れてくる。下層に生まれていればもっと早くからこうしていられたのではないかと思うとハンドルを握る手に力がこもる。

 その後もアクロバティック飛行は続いていた。急停止、旋回、スモークで簡単な図形を描いたりと。どれも拙さが見え隠れしているが、即興にしては上手くやれている方だった。


『次だな』


「だね。ちょっと視界が悪いけど、いけそう?」


『これくらいなら。着いてこい』


 その言葉を言い切るや否や、横に並んでいたソクラティスの機体が前に出る。

 風が少ない日だった。地上からは薄く見えるスモークも、同じ高さにいると障害物のように濃く映る。気まぐれな突風を待つ余裕はなく、不安の残る環境の中で、演技をしなければならなかった。

 前の機体が小石ほどに小さくなると、左へ旋回を開始する。それに合わせてクローネも右に進路を取りながらハンドルを左にきっていた。

 二匹の鳥が円を描いて飛ぶ。外周に腹を向けて身体を真横に倒しながら、その円は徐々に小さくなっていた。


『ハンドルきりすぎだ』


「師匠がきらなすぎ! 追いついちゃうよ」


 スモークをきながら、歪なとんがり帽が空に出来上がる。乗っている二人は罵詈雑言ばりぞうごんを投げ合いながら細かくハンドルを動かしていた。

 目が回るほどの回転を越えて、地上から見た円の直径が針の穴ほどに狭まる。それ以上は旋回能力の限界だ。


『そろそろか?』


「だねぇ」


 問いに、クローネが頷く。

 ハンドルを切り、進路を変える。回転力をそのままに、引き延ばすように上へ。

 二機の鳥は螺旋らせんを描きながら、細く雲の中へと消えていった。

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