1章 配管工のおしごと9

 噴火というイベントが終わると、何事も無かったかのように隔壁は閉じていた。

 三の鐘は噴火の最中に時間を迎えていたようだ。不満の残る休憩を取りながらクローネは床の上に転がる石を蹴り飛ばしていた。


 今日はこれで店じまいとはいかない。むしろこれからの方が忙しくなる。大小様々な火成岩がパイプを傷つけている可能性があるからだ。

 班長、テンカの姿はここには無い。この後に何をするかの相談を班長同士で、アグを交えて行う為に下の広場へと向かっていた。

 テンカが戻ってくるまでの間、先ほどの作業の続きをするわけにはいかなかった。班長が不在ではパイプに触ることは基本禁止されていて、それでなくとも中途半端な仕事はできない。仕方なく総出で床の掃除をすることとなっていた。


 小石は体重を掛ければ簡単に砕けてしまうものから鋭利な突起を持つものまでさまざまだ。下手に踏んでしまっては転倒し、大怪我をすることだろう。そういう厄介な一面の他に、大事な資源という面も兼ね備えていた。

 目的は溶岩に溶けた多様な金属だ。普段はなかなかお目にかかれない、地中深くにしか生成されないものもこの時ばかりは多く手に入る。鍛冶場で精製すれば貴重で生活に不可欠な部品に生まれ変わることもあって、火成岩を集めることは半ば義務となっていた。


 どこに集めるかと言えばちょうどいいところが一つある。下の広場だ。

 人々は欄干から容赦なく下に向けて石を落とす。日中に落とされた石は夜勤の作業員が集めて鍛冶場に持っていく。

 草木のない街でそれは久々の収穫祭だった。


 しばらくして、戻ってきたテンカに人が集っていた。


「親の十一から二十のチェックだ」


 テンカはぬるま湯のような瞳で見た後、告げる。

 ……ちょっと、マジ?

 話を聞いて作業員たちは一斉にざわめき出す。

 無理もなかった。クローネも喉まででかかった言葉をどうにか飲み込むことを苦労するほどに。

 親管は二十本。その半分を今日中にチェックしろ。それは到底不可能だ。

 必要なのは皆理解していた。だが無理、時間が足りない。しかしあのテンカがそれをわかっていないとも思えず、明確な質問をすることがはばかられていた。


「無理じゃん。手が足んねえよ」


 そんな中で空気を読まずに発言したのはグスクだった。

 それに合わせて何人かが同調するように小さく頷く。

 班長の決定は基本絶対だ。ましてや今回は一人の判断では無い。それに異を唱えることはありえないことだった。

 流石に怒るかと思ったが、テンカは理解し難い難解な生物を前にしたように首を傾げると、あぁと声を上げる。


「全部じゃねぇよ。後ろ十節だけに決まってるだろ。六等分だよ」


 そりゃそうかと皆思う。

 班分けはAからHまでの八班。A版とB班は親管の取り換えという、延期のできない作業に注力しなければならない。残り六班で点検をするならばそこは等分するのが当然だ。


 それでも点検する範囲は気が遠くなるほど膨大だった。直径四百メートルもあるボール型の六分の一を見て回るだけでも気が滅入る。

 だから行われるのは簡易的なチェックだ。支線の末端まで行き、減圧弁から圧力計を刺して測る。

 異常がなければその支線は問題なし。逆に圧力が不安定などの異常があれば逆止弁を閉めて、近くの住人に声をかける。そして親管の方へとさかのぼって点検をしていき、だいたいの不調の場所を突き詰めていく。この段階ではメモ取りだけで後日本格的に修理を行うのだ。


 作業が明確になり、振り分けが終われば作業員は蜘蛛の子を散らすように動き出す。

 問題がなければ一箇所当たり数分で終わってしまう作業なのだが、上下の移動も含めて現場にたどり着くまでにかなりの時間を要していた。こういう時だけは街を大きく作った先人達が恨めしく思う。


 単純な反復作業は苦痛だ。特に噴火によって気温が跳ね上がった街ではいつもの作業着では辛く、身体を冷やすための雪も近くには無い。

 クローネは自分でも嫌気がさすほどむせかえる汗の臭いに辟易へきえきしながら、手元の作業に注力していた。

 それでもなお業務が終わりを告げたのは五の鐘の音が寂しく響き渡ってからの事だった。

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