【閑話】カテーキョ夫人の優雅なる一日 (※三人称視点)

 カテーキョ夫人の一日は、一杯の紅茶から始まる。といっても、別に彼女は決して紅茶が好きではない。むしろ、嫌いだ。では何故彼女は紅茶を飲むか。


 それは、そこに紅茶があるからだ。


 嗚呼待ってくれページを閉じないで。彼女が紅茶を飲む理由は至極単純なものだ。目を覚ますためである。カフェインをとり、目を覚ますためである。では何故コーヒーではないのか。単にこの国にはあまり流通していないからだ。


 彼女はカフェイン摂取かつ、朝から苦手なものを飲むことによりはっきりと目を覚ますのだ。貴族の嗜みとしても、紅茶には精通していなければならない。どうせ茶会でも飲むのだ。味に慣れねばならぬ。それに、この苦行を乗り越えたら達成感も得られる。だからカテーキョ夫人は今日も紅茶を飲むのだ。


 そして彼女は身支度を済ませ、軽食もとる。そうすればもう準備万端。あとは仕事先に向かうだけである。


「今日は……例の伯爵家ね」


 彼女は家庭教師歴の長い大ベテランである。良い意味でも悪い意味でも噂の多い件の伯爵家の悪童だって、彼女の手にかかれば朝飯前である。


「確か、双子だったはず。それにしても、どういう心境の変化かしら。かの家から家庭教師を頼まれるなんて」


 まあ心境の変化なんて彼女には関係ない。ただ、己の職務を遂行するだけである。


 馬車に揺られながら、彼女は考える。今日行う予定の学習のカリキュラムを。そうこうしている内に、馬車の揺れは収まった。どうやら伯爵邸についたようである。


 屋敷に通され、ある扉の前まで案内される。


「とにかく、真面目に授業を受けなさい」


 扉の向こうから叱るような声が聞こえたが、たぶん気のせいだろう。部屋に入る許可がでたので、扉を開き、前へ進む。


「「ごきげんよう……?」」


 挨拶は、まあ及第点というところだろうか。今まで教育を受けてないにしては上出来である。


「ごきげんよう。これからよろしくお願いしますね?」


 そう言って彼女は微笑む。完璧な作り笑いは貴族の標準装備である。もちろん彼女も例にもれず、作り笑いを装備している。貴族はいかなるときでも隙を見せてはならない。笑顔で腹の内を隠し、表面上はあくまでも優雅に過ごす。


 だが、そんな彼女の笑顔も長くは続かなかった。


「夫人!何でここはこうなるんですか?」

「夫人!この言葉って何ですか?」

「夫人!」「夫人!」「「夫人!!!!!」」


 双子は夫人の予想に反して、意欲的ではあった。意欲的ではあったのだ。ただ、その意欲に実力がついていけないだけで。要するに双子は、意欲だけはある阿呆だったのだ。下手したらその辺の勉強嫌いの馬鹿よりもタチが悪い。


「貴女たちのような子を教えるのは初めてですわ」


 夫人は青筋をたてるのを抑え、だがピクつく口角を抑えることはできていなかった。そのときの夫人はまだ知らなかった。双子たちは想像を絶するクソガキであることに。そして「貴女たちのような子は初めて」という言葉に作戦成功だと喜んでいたことに。


 そんなこんなで、カテーキョ夫人は一年間とてつもなく苦労しましたとさ。

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