第4話

そんなただれた関係いつまでも続かないわよと、裕子の忠告を背に有沙はビルを出た。すると待ち構えていたかのように有沙の前に一人の男が立ちはだかった。にやついた顔にくたびれたスーツの無作法で胡散臭そうな男がしゃべりかけて来る。

「すいません。どうも初めまして私こういう者です」

事前に用意していたのか胸元のポケットから一枚の名刺を差し出して来た。


『〇〇新聞社 加藤昭雄かとうあきお


どうやら記者らしい。いつか嗅ぎつかれるとは思っていたがまさかこんなハイエナのような男が出て来るとは。


「どうして記者の方が?」

「まあまあ、こんな所じゃ何ですしそこのファミレスでお話ししましょうよ、ねえ大倉有沙さん?」

「私からはありませんので失礼します」


今は記者と話をしても意味がない、そしてこの加藤という男は金を欲しがっている。このべっとりとへばりついて来るにやついた顔はよく知っている、嫌いだ吐き気がする。それに利用価値も感じない、そんな不快な男と話して得ることなど今の有沙に何一つとして意味がないのだ。

加藤の横を通り過ぎようとしたら逃がさないと言わんばかりに阻止された。


「お前に無くても俺にはあるんだよ、セントロージス女学校、卒業校だろ元生徒会長様」

口調が乱暴になった、元々の口調だろう。だが威圧感を出して来ても何も感じない余計小物に見える事に気付かない人間にこれ以上邪魔をされても煩わしいだけだ。

「…はぁ、しつこいわね」

「あ?」

有沙は一歩詰め寄りだらしなく垂れ下がったネクタイを乱暴につかみ無理やり加藤の頭を下げさせた。

「いい事を教えてあげる。お前が何を調べた所で甘い汁は吸えない、ハイエナ如きがしゃしゃり出ても無かったことにされるだけよ。」

「ぐっ…」

顔を上げようとするのは許さないとネクタイを握る手に力が入る。

「お金が欲しいなら慎ましく働いて謙虚に生きることね」


有沙は掴んでいたネクタイを離し、用はないと加藤に目もくれず去って行った。加藤は一回りも年下であろう女に見透かされたと歯を食いしばり去っていく後姿を睨み付けた。

「…あのクソアマぁ、あれは知ってんな?」

あいつは知っている、被害者なんて物じゃない、おそらくあの女学校にまつわる全てを知っている、そう思わせるには十分すぎる言葉だった。

口を歪ませ有沙が屈辱に顔を歪ませた姿を妄想した。下卑た笑いがこみ上げてくる、必ず暴き出して屈服させて無様な姿で懇願させてお願いしますやめて下さいと俺の下で辱めてやる。


「搾り取ってやろうじゃねえか」



パチンコで大当たりした脩平は手に握られた景品を眺めてため息をついて脳内で自問自答を繰り広げていた。

(つい目に入ってしまったから勢いで交換してしまった…だけどプレゼントとして、いやだから大倉さんはそもそもブランド物なんていつでも買えるわけで…うぅぅぅぅ…何故いつものように換金しなかったんだこんなの貰っても困るだけだろう!?)

両手で顔を覆い悶える三十二歳無職、時刻は夕方五時子供たちがそろそろお家に帰る時間。母親に連れられた子供が「ままーあのおじさんなにしてるのー」「しっ見ちゃいけません!」完全に不審者となっている。

「………………」

「しゅー君」

「…………………………………………………………………………」


「お口が開いてますよーえいっ」

間抜けに開いた口が閉じられた、覗き込んで来た有沙にびっくりして思考回路が止まる、なんて声をかけていいか分からなくなった。

「しゅー君おーい帰りますよー?おーい?」

「………………はっ!」

ぼーっとしている場合ではない、有沙が迎えに来てくれたのだ。

「あ、いえ大丈夫です…帰りましょう、はい」

「はい帰りましょう…どうしたんですかそれ?パチンコの景品?」

「あっ…えっとその…はい、勝ちました…」

三十過ぎた男が年下の女の子に動揺している、情けないと自分自身そう思う。そんな事は気にも留めず脩平の顔を見つめながら彼女は話を聞いてくれている。


「良かったですね、勝てたご褒美に晩御飯はしゅー君の好きなものにしましょう!何が食べたいですか?」

「えっと…あなたの料理ならなんでも…」

「む、何でもが一番困るんですよ?」

むっと可愛らしく頬を膨らませている。本気で怒っているわけではない、好きな食べ物と言われてもう一度考え一つだけ思いついた。

「じゃあ、玉子焼き…」

玉子焼き、彼女に出会って最初に食べれるようになった固形物の料理が玉子焼きだった。吐かずに咀嚼そしゃくできた時の彼女の嬉しそうな顔は今も覚えている。

「玉子焼きでいいんですか?」

ぽかんと呆気にとられたようだがすぐに目を細めてくすくすと有沙は微笑んだ。

「はい、後これを」

「いいの?」


持っていた景品を有沙に渡す、開けてもいいですかと聞かれもちろんと頷いた。

「…うれしい」

有沙が箱を開けて取り出したネックレスを目を輝かせながら見つめて声を漏らした。よかったと安心した、安物のアクセサリーを渡して失望されたら絶対に立ち直れない自信があった。

「ありがとう!しゅー君つけてつけて」

早く早くと有沙が背中を向けネックレスを付ける、彼女の胸元にシルバーのアクセサリーがきらめいた。

「どう?似合う?」

子供の様にはしゃぐ彼女に「はい、とっても」と答え手をつないで歩き出す、二人の仲睦まじい光景をずっと見ていた人物にも気付かずに。

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