第2話
それから半年、いや一年経ったのか日付間隔が分からなくなるほど
朝起きて彼女の手料理を食べ「今日のお小遣いです」と毎日五万円を貰いパチスロに溶かす日々、しかも足りなくなったら嫌な顔をせず追加で五万円くれる。それも何度も。ダメだとわかっていながらも彼女に甘え続け完璧なまでにダメな男が出来上がっている。
これが暴力や理不尽な言いがかりを付ける犯罪者まがいの男だったら罪悪感など微塵も感じないのだろう、自分がどれほど落ちぶれているのか身に染みて分かってしまい毎夜毎夜頭の中で自分を殺す想像をし、自分を罰した気分に浸る日々。
だがこんな無意味なことをしても結局は罪悪感を感じない連中と一緒なのは変わらない。
ヒモだ完全なるダメなヒモだ。
「いっそ死んだほうがいいのかもしれない」
「もう、怖いこと言わないでください」
寝起き一発目、高級ベッドに仰向けになりながら発した言葉がこれ。僕の女神が、もとい飼い主が愛らしい困り顔で僕の顏を覗きに来る。それでも嘘に保身を重ねた自虐の口が止まらない。
「やさしくしないでください…僕なんて消えてしまった方がいいんです。こんな、こんな…元教え子に養われるゴミ以下の僕なんてごみ処理場で焼却されてしまえばいいんです。」
「よしよし、今日は一段とナイーブですねぇ、しゅー君は生きているだけでえらいんですよー」
退職した数日後に精神科の医者にうつ病を言い渡され数回通院したが結局通わなくなってしまった。
卑屈、臆病、無気力、そのくせ自分に甘い。所謂真面目系クズそれが
「はい、体起こしてー、ぎゅーっ」
彼女が僕の体にまたがり顔に甘やかな弾力が押し当てられた、自暴自棄になっている愚者を優しく撫で上げ慈悲深い言葉をくれる。聖母、まさしくマリアの名にふさわしい彼女にされるがままになる。
「よしよーし、私はしゅー君のことだーい好きですからねーずぅっと傍にいてあげますからねー」
「う、うぅぅぅぅぅぅ…ぐすっ」
頭を撫でられ、子供を慰めるように背中を優しく叩かれ涙が止まらなくなってしまう
「よしよし、しゅー君」
「うぅ、ぐすっ・・・はい・・・」
「朝ごはん食べましょう!」
顔を洗い髭を剃り鏡を見る、今日も隈が濃く陰気な顔をした冴えない男が立っている。
(大倉さんは僕のどこがいいのだろう…)
彼女の慈愛で脩平のうつ病は大分改善している、だが時々背中をナニカがへばりついて来るこの言い知れない罪悪感と恐怖は何なのだろうか・・・
歯を磨いてキッチンへ向かうとパンの焼けた匂いとコーヒーの香りが鼻をくすぐって来る、彼女の料理の腕前は中々のもので一人で暮らしていた時より体重が増えた気がする。
椅子に座りテーブルを見る。
スクランブルエッグとコーンが具のホットサンドが二切れとコンソメスープ、今日は洋風の朝食らしい。コーヒーを口に運び向かいの窓を見る、朝日がダイニングに差し込み今日も快晴である。ホットサンドを口に頬張ると彼女が向かいに座る、朝日が後光のようだ。
やはりマリア。僕の飼い主は聖母マリアだ。
「美味しいですか?」
「ワン」
「?」
僕は犬になる。
「ふふっ、わんちゃんになっちゃったんですか?」
「はい、今なら僕は犬になれそうです」
「このマンションペット禁止ですよ」
「…人間のままでいます」
くすくすといたずらな笑みを浮かべながら彼女はスープを口に含む
「お味はいかがですか?」
「美味しいです。」
良かったぁと笑う顔が眩しくて心が軽くなる。
「マヨネーズに練り胡麻を入れてみたんですよ、いいアクセントになるかなぁって」
「たしかに胡麻の香りがする・・・」
一見洋風の食事だが胡麻が出す和風の隠し味が食欲をそそる。一緒に暮らし始めた時はそれはひどい物だった。何を食べても吐き出してしまい食べられるものといえばおかゆぐらいでよく彼女に食べさせてもらっていた。
それに比べたら彼女の手料理を難なく食べている今は大分回復している。
「そういえば今日清水さんの所に行っていきますね。」
清水と聞いて肩がビクッとあがる。「
そんなあの人を見ていると自分のダメさ加減がよく分かる。
後ろめたい
そう後ろめたいのだあの女性を見ていると。
「夕方までには帰ってこれそうなので、今日のお小遣いは十万円で足りますか?もっと欲しい?」
「……………………十万で」
「おまけで五万円プラスしちゃいますね♡」
もうだめかもしれない
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