ポチのお散歩権利

仲仁へび(旧:離久)

第1話




 アイスが半分とけるまでの時間で十分だ!


 と、炎天下の通学路を歩いて学校から帰ってきた人物、ーー私の弟がいってきた。


 どうやら喧嘩を売っているらしい。


 年上である私相手にその時間で十分とは。


 ほう? いい度胸じゃない。


 こてんぱんにしてやるわ。





 私はことの始まりを思い返す。


 といっても、さほど過去ではないけど。


 それは。


 最近飼い始めたポチの散歩を、今日はどっちがしようーーという話題が発生したのが始まりだ。


 それなら僕がやると弟が立候補し。


 だけど私だって譲れないからと意見し。


 喧嘩が発生。


 何分かは、散歩のリードを二分割しそうな勢いで互いに引っ張り合った。







 途中で、お母さんが「やれやれ、少しは落ち着いたら?」という顔でおやつにアイスを出してくれたけど、弟は決着がつくまで食べないという顔をしている。


 私は「はぁ」とため息。


「あんたはそれでいいでしょうけど、私はとけかけたアイスなんて食べたくないの」


 だから、私は気合を入れてガンつけながら、弟を見下ろす。


「一分で十分よ」


 それだけの時間で、ポチの散歩の権利を奪い取ってやる。






 勝負は簡単だ。


 兄弟間でもめごとが起きたときの我が家では、この勝負で決着をつける事にしている。


 それは、「じゃあ今日は野菜の千切りをお願いね」というお母さんの家事のお願いだ。


 私と弟はよくケンカするので、すっかり家事マスターになってしまっている。


 いいように親に操られているような気がするが、弟に下に見られるよりはだいぶまし。


 という事で、私は毎回弟を叩きのめす事に全神経を注ぐのだった。


 お母さんがキッチンタイマーをもって、「用意スタート」と言って、ボタンをぽちっとする。


 私と弟は隣り合いながら、達人も驚くような包丁さばきでキャベツの千切りを開始。


 きっちり一分たったころ、今夜のメニューが一つ完成していた。


 勝敗はーー。


「お姉ちゃんのほうが多いから、お姉ちゃんの勝ちね」


 私の勝ちだった。


 弟が悔しさに顔をゆがませながら地団駄。お母さんにだきついて泣いている。


 私は勝ち誇りながら、ちょっとだけとけたアイスを手にして、ポチを迎えに行った。


 リードを手にして、ポチと玄関を出たところで、ちょうどアイスが半分とけるくらいの時間になった。


 単純な弟は今頃はもう立ち直って、ちょうど食べごろになったアイスを口に入れているころ合いだろう。






 家の外に出て歩くと、夏の暑さが一気に襲い掛かってくる。


 夕方の時間といっても、昼間の熱気が残っていて、汗が次々にでてきた。


 普通なら出たくないし、クーラーのある部屋にいたい。


 それでもポチの散歩を私も弟もやりたがるのはーー。


『ねえねえお姉ちゃん、あそこに犬が捨てられてるよ』

『マチが死んだばかりなのに、拾って飼うつもりじゃないでしょうね』

『でも、ほかに拾ってくれる人がいるかどうかわかんないし、それにあの犬マチにそっくりだよ』


 ポチが、前に飼っていた犬とよく似ていたからだ。


 だから、ちゃんと世話をしてやりたい。


 私も弟も、学校があったから、マチの最期を看取れなかった。


 それが心のこりになっているからだろう。


 前の犬ーーマチは控えめな性格で、おもちゃで遊んでいても、それを自分だけで楽しもうとはしない子だった。


 楽しい事は私たちとなんでも分け合っていきたい。


 そんなことを考えている優しい犬だった。


 私は「はあ」、とため息をついて家にもどった。


 家にいると、ちょうど半分のアイスを食べ終えた弟が「どうしたの?」と目を丸くしていた。


「一緒にいけば勝負する必要なかったでしょ」


 生意気な弟だし、すぐ勝負だとか言ってくるけど、マチのことを思い出したら不思議とちょっとだけ優しくなれた。


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ポチのお散歩権利 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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